【インタビュー】想田和弘監督(映画『牡蠣工場』)


台本やナレーション、説明テロップなどを一切排除した独自スタイルの「観察映画」を撮り続けてきた映画作家・想田和弘監督。その第6弾となる映画『牡蠣工場』(今年2月・日本公開)が先月、シドニー・フィルム・フェスティバルで2回にわたり上映された。「観察映画」とは? なぜ岡山県牛窓の牡蠣工場を題材に選んだのか? 来豪した想田監督に話を伺った。 (文・写真=小副川晴香)

あるがままに現実を観察する

――まずは「観察映画」について教えてください。監督はこれまで「観察映画」という独自のドキュメンタリー映画を発表してきましたね。

観察という言葉には2つの意味を込めています。1つは自分自身が観察者として目の前の現実をよく見聞きして、そこで得られた発見をベースに映画を作るということ。もう1つは、観客の皆さんにも映画をよく観てもらい、自分の頭で考え、自分なりの解釈をしてもらうことです。

――目の前の現実をじっと見据えるということでしょうか。

先にテーマを決めるのではなく、目の前に広がる現実をじっくり観察する。観察というのは、自分に見えたままということですから、先入観を排除し、良い悪いなどの価値判断は入れない。そのために映画製作に入る前にリサーチは一切行わないし、台本も書きません。行き当たりばったりで現場に行き、カメラを回すことで予定調和を避けるのです。

――「観察映画」の第6弾となる新作『牡蠣工場』ですが、なぜ岡山県牛窓の牡蠣工場を題材に選んだのですか。

妻の母の故郷が牛窓だったんです。だから、牛窓には過去にも何度も行って、家を借りて夏休みを過ごしていました。目の前には海が広がっているのですが、妻は毎朝そこで太極拳をやっていて、当然目立つわけですよ(笑)。それで、だんだんと地元の漁師さんたちと仲良くなっていったのですが、皆さん70代、80代だったんですね。

話を聞けば後継者もほとんどいない。そうなったら、今当たり前だと思っている「漁師」という職業も、いずれなくなってしまうかもしれない。そしてそれは、牛窓のみならず「日本全体で起こり得る」と考えたら衝撃的で、漁師の生活に密着したドキュメンタリー映画を撮ることにしたんです。しかし、いざ撮影と意気込んで11月に牛窓へ行ってみたら、「今は牡蠣のシーズンだよ」と言われて……。

――つまり、牡蠣工場との出合いも偶然だったのですね。

そうなんです。仲良くなった漁師さんは、普段は魚を獲っているのですが、11月から5月までは牡蠣工場で仕事をする。ならば牡蠣工場を題材に映画を作ろうと思いました。

移住者がキーワード

――作品中には中国からやって来た言葉の通じない研修生や、東日本大震災で家業が破綻し、牛窓に引っ越してきた一家などが出てきます。いずれも牛窓とはこれまで縁のなかったいわば「移住者」ですよね。

そうですね。「移住」というテーマは必然的に映画のキーワードになっていきました。牛窓は過疎化で少子高齢化が進み、牡蠣工場でも働き手がいない。そんな状況の中、苦肉の策で中国から人を呼ぼう、ということになった。その時、たまたま僕が現場に居合わせたんです。また、牡蠣工場をこれから継ぐという方は、東日本大震災が起こった時に宮城県で被災し、職を求めて牛窓に移ってきた。そういったことから、二重の意味で「移住」というのは映画の中の1つのテーマになっていきました。

柏木規与子プロデューサー(左)は実生活のパートナーでもある
柏木規与子プロデューサー(左)は実生活のパートナーでもある
作品中にたびたび登場する猫の「シロ」(Photo: Sydney Film Festival)
作品中にたびたび登場する猫の「シロ」(Photo: Sydney Film Festival)

――どこの牡蠣工場でも中国人研修生の受け入れは行っているんですか。

現在、牛窓には牡蠣工場が6つあって、数年前から中国人研修生を受け入れている工場もありました。僕たちが撮影に行った工場は、ずっと地元の人たちだけでやっていましたが、今回初めて中国人を受け入れることになったんです。

――言葉が全く通じない外国人を受け入れるのは、彼らにとってある意味「脅威」なのでは?

それはあると思います。未知の世界ですよね。楽しみでもあるでしょうし、不安でもある。それは自然なことです。実際、コミュニケーションは非常に難しい。中国人は日本語が分からず、日本人は中国語が分からない。ジェスチャーや筆談を交えながら、何とか意思疎通を図っているようでした。

――作品中には、近所で飼われている猫の「シロ」が何度も登場しますが、何か特別な意味が込められているのですか。シロは監督自身のメタファー(隠喩)的な存在にも見えるのですが。

そうとも解釈できますね。ただ、最初にシロを撮り始めたのは、単純に僕が猫好きだから(笑)。彼は飼い猫なんですけど、僕らが借りている家に入りたがるんですね。僕たちは猫が好きだから、家に来てくれるのはうれしい。しかし、彼は「よその子」だからうちの子にはできない。そうやって彼を撮り続けていくうちに、だんだんとシロの存在がいろいろなもののメタファーに見えてきました。そのうち、シロが牡蠣工場で働く中国人研修生の姿とも重なっていったんです。

――監督はニューヨーク在住ですね。外の世界から見た日本というのは、どんな風に映っているのでしょうか。

ずっと日本に住んでいる人と比べると、やはり違う視点で見てしまうことはありますね。日本を離れてもう23年も経つので、自分の生まれ故郷にも関わらず、外国みたいに見てしまう。日本人の歩き方からあいさつの仕方など、当たり前だと思っていたことが当たり前ではなくなる。日本という国の本質が見えやすいのかな、とは感じます。そういった面も踏まえ、僕の作品は「日本の文化や生活を文化人類学的に見つめる映画」と自分なりに解釈しています。

オーストラリアを訪れて

――今回オーストラリアを訪れるのは初めてですか?

僕は以前、ゴールドコーストに行ったことはありますが、妻も僕もシドニーは今回が初めてです。

――シドニーの街全体の印象はいかがですか。

まず思ったのは、人が元気ということですね。自然豊かで、社会も健全に機能しているというイメージ。ストレスも少なく、「クオリティー・オブ・ライフ」が高いという印象を受けました。

――本作品のテーマでもある牡蠣。オーストラリアでは牡蠣はまさに旬ですが、シドニー滞在中に牡蠣を食べる予定は?

まだ時間がなくて食べてないんですが、必ず食べて帰りますよ(笑)。

(6月16日、シドニー市内にて)

■『牡蠣工場』
監督・製作・撮影・編集:想田和弘
製作:柏木規与子
2015/日本・米国/145分

瀬戸内海に面した岡山県牛窓。過疎化が進み、かつて20軒近くあった牡蠣工場も今では6軒しかない。東日本大震災で家業の牡蠣工場が壊滅的被害を受け、宮城県から移住してきた一家は、牛窓で工場を継ぐことになった。だが、人手不足のため中国人労働者を雇うも、言葉や文化の違いに直面する。グローバリズムや少子高齢化問題など、田舎町の牡蠣工場で働く人びとの日常から、現代の日本が抱えるさまざまな問題が浮かび上がってきた。想田監督が見た日本の「現在(いま)」と「未来」とは。


プロフィル◎想田和弘(そうだかずひろ)
1970年栃木県生まれ。東京大学文学部卒業後、スクール・オブ・ビジュアル・アーツ映画学科卒。93年からニューヨーク在住。台本やナレーション、BGMなどを排し自ら名付けた「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーを提唱・実践。これまでに『選挙』『精神』『演劇』など7本を発表。国内外の映画祭で多数受賞している。

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