「シドニー・ビエンナーレ2018」芸術監督・片岡真実氏インタビュー

独占インタビュー
歴史への新たな一石を投じる
新時代のビエンナーレに

第21回ビエンナーレ・オブ・シドニー 芸術監督
片岡真実

Photo: Anna Kucera

2年に一度の現代アートの祭典「第21回ビエンナーレ・オブ・シドニー」が3月16日から6月11日にかけて開催される。アジア太平洋地域初のビエンナーレとして1973年に始まった長い歴史を誇る同芸術展の芸術監督(アーティスティック・ディレクター)にこの度、片岡真実氏がアジア出身者として初めて選ばれた。ビエンナーレ・オブ・シドニーの新たな歴史を作ろうとする同氏に、芸術監督決定後のこれまでの挑戦、同芸術展に込めた思い、そしてシドニーのアート・シーンについて話を伺った。(インタビュー=山内亮治)

歴史への一石と敬意

――第21回ビエンナーレ・オブ・シドニーの芸術監督にアジア出身者として初めて選ばれた時の心境を振り返って頂けますか。

 芸術監督決定の発表があったのが2016年7月5日で、前年の秋ごろには企画の指名コンペ参加への打診があり、シドニーのビエンナーレ・オフィスでのコンペを経て16年5月ごろには芸術監督の内諾を頂きました。内諾を受けた時は、翌年に東京・森美術館で大規模な展覧会を控えていたので、自分自身、少し無理をする必要があるといった状況でした。

 ビエンナーレ・オブ・シドニーにおける芸術監督のポストは、初期にはオーストラリア人もいましたが、世界に開かれたビエンナーレにするという目的から長きにわたりほとんどがヨーロッパ出身者、特にイギリス人が招へいされてきた歴史があります。アジア人の視点からシドニーを見た時、ここ20年の間で社会が西欧中心主義から脱却しつつあるという実感がありますが、ビエンナーレ・オブ・シドニーは古来の西洋中心主義を貫いている、旧態依然とした印象でした。

 特にQLD州では1990年代から始まったアジア・パシフィック・トリエンナーレ(APT)というアジア太平洋地域にフォーカスした3年に一度の芸術展覧会があり、これと比較してもビエンナーレ・オブ・シドニーは国際的に西洋中心主義から抜け出せていない印象を持たれていました。そのため、芸術監督の内諾を受けた時、その歴史を変えるための機会にできるのであれば任務を喜んで授かりたいと考えました。今回のビエンナーレ・オブ・シドニーが、これまでの歴史に新たな一石を投じる機会になるのではという予感があったのです。


Photo: Anna Kucera

――芸術監督に選任されて以降、具体的にどのような準備・活動をされてきたのでしょうか。

 まず最初に作家と作品を選定するためのリサーチから始めました。何のつてもない状態からはできませんから、自分が既に知っているアーティストから始め、知らなかったアーティストも含め約1年間はリサーチに費やしました。その後、シドニー・ビエンナーレ側との作品の展示場所の検討作業、各アーティストから具体的な展示プランが出てくるとそれに掛かるコストの試算をし、アーティスト側との調整を行ってきました。

――展示作品の選定だけでなく、ビエンナーレ全体の運営も任される立場にあるのですね。

 展示作品の選定とコストの関係は不可分で、自分が良いと思った作家を複数人同時に展示しようとしてもコストに適わなければ実現できず、与えられた予算の範囲内で何が実現できるかを考える必要があります。アーティストの意向通りの展示が難しければ、どこまで展示の企画意図を変えずに作品の展示方法を変えられるか、譲れる部分と譲れない部分の微妙な調整が求められます。

――ビエンナーレ全体の運営において、予算以外ではどのような制約に直面しましたか。

 やはり、展覧会制作予算の部分でのチャレンジが一番大きかったですね。オーストラリアは世界のどの地域からも離れているという地理的条件があり、作品の輸送費が高くなります。通関もオーストラリア独自の決まりから制約を受ける部分がありました。また、会場によっては必要な臨時人件費が別途発生します。例えばコカトゥー島も展覧会会場ですが、通常アート作品を展示する場所でないためビエンナーレの時だけのスタッフを雇う必要があり、他国と比べ割高になることも見込んで人件費を予算に組み込んでおく必要がありました。

 イベントを構成する上での1つひとつの要素と全体予算との調整で難しい部分は確かに多いのですが、それでも言えることは、ビエンナーレ・オブ・シドニーが持つ展覧会としての最低限のクオリティーは保たなければならないということ。2年に一度のアートの展覧会を言葉だけでも「ビエンナーレ」と呼ぶことはできます。しかし、ビエンナーレ・オブ・シドニーの歴史を振り返ると、オーストラリアのアート・シーンにおいて本当に重要な展覧会が幾つも行われてきました。国内及び近隣のアーティストだけを選定すれば苦労は少ないかもしれませんが、世界に開かれたビエンナーレ・オブ・シドニーの歴史に敬意を払う意味でも挑戦を選びました。

不確実性の中の多様な視点

――芸術監督に選ばれた際、ご自身に何を求められていると感じましたか。アジア人という事実に焦点が当たり、アジアの感性が持ち込まれることへの期待値が高かったのではないでしょうか。

 確かに「アジアのビエンナーレになるのですか?」と多くの人から質問を受けましたね。ただ、アジア人が芸術監督だからといってアジアのアーティストしか選ばないというわけでは決してありません。APTがアジア太平洋地域に限定した国際展であるため、シドニー・ビエンナーレがそうなる必要性はなく、国際的なビエンナーレの立ち位置を変えなくて良いと思います。

 ただ、芸術監督が誰かで選ばれるアーティストの地域的な割合の変化は生じます。前回は、芸術監督の下に国際アドバイザーを配置し、世界各国のアーティストに関する情報を収集するチーム編成になっていました。芸術監督が地域的な偏りがないか精査を重ねてスタッフを選んでチームを編成し、そこからバランス良くアーティストと作品を選定する方法が取られていました。しかし、私の場合、行ったこともない国の知らないアーティストの作品を選ぶことは自身のキュレーターとしての仕事の仕方になかなか合いませんでした。そこで、アーティストの作品が生まれた国まで足を運ぶことを1つの鉄則とし、そのアーティストが暮らす国の社会・文化的環境、自然について学びながら作品が生まれる背景の理解に努めました。オーストラリアではアリススプリングやアデレード、アルプスの山奥やメキシコなどにも足を運びました。結果的に、今回のアーティストの割合は、オーストラリアが20%、アジアが約40%、残りの40%がアメリカ大陸とヨーロッパとなっています。

――今回のビエンナーレ・オブ・シドニーで形にしようと考えたものは何でしょうか。

 今回のビエンナーレ・オブ・シドニーには、「スーパーポジション:均衡とエンゲージメント(SUPERPOSITION: Equilibrium and Engagement)」というタイトルを付けています。「スーパーポジション」とは、量子論における「重なり合い」の意味で、異なる状態が重なり合い、どちらか確定することができない「不確実性」を象徴する言葉として借用しています。

 オーストラリアはその点で非常に象徴的な国です。例えば先住民の土地の上に近代のルールが重なり合い、立ち位置によってどちらのルール・考え方を採用するかが異なってきます。そのような「いずれかの状況」の重なり合いが継続しています。しかし、そういう土地の所有権、文化・言語の違い、多様な価値観や解釈が重なり合い存在しているという現象は世界中で見られます。普通はそのような重なり合いは「拮抗」「対抗」という関係性で捉えられるかもしれません。一方で、サブタイトルの「均衡」という言葉は陰陽五行説に言及したもので、それは日本だけではなく東アジア全体に浸透している思想です。さまざまな要素がうまくバランスを取りながら同時に存在するという理論のため、アジア的な視点として副題及び今回のビエンナーレに取り入れました。「均衡」という言葉は作品選定の基準ともなり、1つのメッセージを強く発するタイプの作品よりは、1つの作品の中に多様な視点があり複数の解釈が可能な作品をあえて選んでいます。

NSW州立美術館ではビエンナーレ・オブ・シドニーのアーカイブ展示が開催
NSW州立美術館ではビエンナーレ・オブ・シドニーのアーカイブ展示が開催

 また、今回はNSW州立美術館で、ビエンナーレ・オブ・シドニーのアーカイブ展示を行います。45年分の大量の資料がナショナル・アーカイブの一部となっており、NSW州立美術館が管理しています。1970年代に行われていた「ビエンナーレはどうあるべきか」というシドニーのアート・コミュニティーとビエンナーレ事務局との議論に関する資料などは非常に刺激的だと思っています。ビエンナーレは現在世界中で行われ、ビエンナーレ・オブ・シドニーも2年に一度自動的にやってくるものだと思われているかもしれませんが、実はそんなに簡単なことではありません。第4回までは、3年に一度しか行われておらず「ビエンナーレ」という名のトリエンナーレだったんです。イベントして浮き沈みも経験し、開催自体がとても危うい事態に陥ったこともありました。そこで、私の立場としては何よりもこの偉大なアート・イベントが行われていることへの大きな敬意を払いたいという思いがあります。

 歴史という意味では、過去のビエンナーレに参加したアーティストも何人か選んでおり、73年の第1回に参加したシドニー・ボールや、80年代に参加したアーティストももう一度選んでいます。その中には既に亡くなられた方もいますが、82年に参加したリリー・ドゥジュリーは現在76歳、86年に参加したミリアム・カーンは60代後半で存命です。そういう世代のアーティストたちの作品を再度展示することで時間を越えた価値をどのように発見できるかを観る側に問うという考えです。そのため、選んだアーティストの世代には大きな幅があります。今回選んだ最年少のアーティストは1991年生まれ、最年長は既に亡くなった方ですが、オーストラリア人の「抽象絵画の始祖」と呼ばれているロイ・デ・マイストレというアーティストで1894年生まれです。歳の差に約1世紀の広がりがあることになり、作品が時を越えて対話することができるのか検証する試みでもあります。

第1回ビエンナーレ・オブ・シドニーに参加したシドニー・ボールなど時を超えた作品同士の対話が行われる(Sydney Ball, Black reveal, 1968– 69, From the ‘Modular’ series, synthetic polymer paint on canvas and enamel on gilder plywood ,157 x 289.3 x 4.4 cm, Collection of the Art Gallery of New South Wales, Sydney, Gift of the artist 2014. Donated through the Australian Government’s Cultural Gifts Program, Courtesy of the artist and Sullivan+Strumpf, Sydney, ©Sydney Ball, Photo: Christopher Snee, AGNSW)

第1回ビエンナーレ・オブ・シドニーに参加したシドニー・ボールなど時を超えた作品同士の対話が行われる(Sydney Ball, Black reveal, 1968– 69, From the ‘Modular’ series, synthetic polymer paint on canvas and enamel on gilder plywood ,157 x 289.3 x 4.4 cm, Collection of the Art Gallery of New South Wales, Sydney, Gift of the artist 2014. Donated through the Australian Government’s Cultural Gifts Program, Courtesy of the artist and Sullivan+Strumpf, Sydney, ©Sydney Ball, Photo: Christopher Snee, AGNSW)

コカトゥー島も非日常的な巨大なアート空間として作品が展示される(Yukinori Yanagi, Icarus Cell, 2016, steel, mirror, sanded glass, video, sound, approximately 16.50 m x 11.73 m, Courtesy the artist, Photograph: Tatsuhiko Nakagawa)

コカトゥー島も非日常的な巨大なアート空間として作品が展示される(Yukinori Yanagi, Icarus Cell, 2016, steel, mirror, sanded glass, video, sound, approximately 16.50 m x 11.73 m, Courtesy the artist, Photograph: Tatsuhiko Nakagawa)

アートを体感できる充実の環境

――ビエンナーレが開催されるシドニーのアート・シーンはどのように認識されていますか。

 オーストラリアのアートをめぐる面白い点は、イギリス領だったという過去もありヨーロッパ的なアートの制度が早期に導入されていることが挙げられます。例えば、NSW州立美術館は日本でいえば明治初期の1871年に開館しています。私の認識として、シドニーには都市の規模に対してアートを支えるインフラが十分すぎるほど整備されているという印象です。NSW州立美術館、オーストラリア博物館、91年にオープンしたオーストラリア現代美術館を始め、アートスペースや4Aといった場所は小規模ながらアート好きのための優れた施設、パフォーミング・アーツが展開されるキャリッジワークスとアートのあらゆる分野がカバーされています。

 アートの展示施設がこれだけ豊富で、現代アートだけでも恒常的にさまざまな展覧会が開催されています。その状況を考えると、ビエンナーレ・オブ・シドニーに求められる役割は、各美術館をつなぐ祝祭として、現代アートの総合的なフェスティバルを開催することではないかと思いました。その点で、「祝祭」というテーマを持ち上げています。

 祝祭ですし、普段は美術館に行かない人も無料のイベントなので足を運んで欲しいと思っています。特に、コカトゥー島は地元の人でも行ったことがない人が多いと聞いており、今回のビエンナーレをそうした場所に行くきっかけにもして欲しいと思います。オペラ・ハウスでもパフォーマンスの作品を2つ行います。ビエンナーレ・オブ・シドニーの開始とオペラ・ハウスのオープンは同じ1973年で、そのつながりに気付かれていない人も多いと伺っています。今回のビエンナーレには、地元の人たちにも自分たちの足元を見つめながらビエンナーレの役割を再検証し未来につなげていけるような機会にして欲しいと願っています。

――現代アートの鑑賞方法が分からないという人へ、どのように鑑賞して欲しいか考えはありますか。

 現代アートが難しいというのは、常に言われ続けていることかもしれませんね。確かに意味を感じ取ることが難しい作品もあるかもしれませんが、圧倒的なスケール感や圧倒的な美しさなど、頭で理解するのではなく身体的に、そして直観で解釈できる作品は多くあります。まずは、コカトゥー島のような非日常的な体験をできる空間で巨大なアートを観ることから始めてみたら良いのではないでしょうか。「難しそう」ではなく、まず現代アートに足を一歩踏み出してみることが重要ですね。そのためにも無料のイベントとして作品へのアクセスが簡単になっているわけですから。

――特にお薦めのプログラム・作品はありますか。

 各会場で幕の内弁当のようにさまざまな作品が展示されているので、特定の何かがお薦めというよりは、1つの会場における展示作品全体のバランスがどうであるのかということを感じて頂ければと思います。展示される作品の位置関係にも工夫をしているので、いろいろな作品のつながりを分かって頂けるのではないでしょうか。また、会場それぞれの歴史や性格に応じて各展示にも緩やかな特性を出しているので、その場所による違いも感じてもらえればうれしいですね。

――ビエンナーレ・オブ・シドニーの開幕を楽しみにしています。本日は、ありがとうございました。

(2月12日、ビエンナーレ・オブ・シドニー・オフィスで)

第21回ビエンナーレ・オブ・シドニー
会場:NSW州立美術館、オーストラリア現代美術館、コカトゥー島、キャリッジワークス他
日程:3月16日(金)~6月11日(月)
料金:無料
Web: www.biennaleofsydney.art


Profile
片岡真実(かたおかまみ)

1965年、愛知県出身。株式会社ニッセイ基礎研究所で文化政策・都市開発と芸術文化事業の調査研究を経て、東京オペラシティアートギャラリー・チーフキュレーターに。2003年から、森美術館・チーフ・キュレーター。07~09年はヘイワード・ギャラリー(ロンドン)国際キュレーターを兼務。第9回光州ビエンナーレ共同芸術監督(12年)。CIMAM(国際美術館会議)理事。日本及びアジアの現代ア-トを中心に企画・執筆・講演など多数。第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督(18年)

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