30th Anniversary Australia Tour 小野リサさんインタビュー

30th Anniversary Australia Tour 小野リサさんインタビュー Photos: ©Naoto Ijichi
Photos: ©Naoto Ijichi

5月17~20日、メルボルン、シドニー、ブリスベンの3都市で公演を行ったボサ・ノバ歌手の小野リサさん。今年でデビュー30周年を迎えた今の心境と、これまでの音楽活動、ツアーで世界各地を回る醍醐味や今後の展望などをシドニー・オペラ・ハウスでのコンサート前日、忙しいスケジュールの合間に話を伺わせて頂いた。インタビュー=石井ゆり子、写真=伊地知直緒人

――プロ・デビュー30周年を迎えられましたが、今の心境とこれまでの音楽活動を振り返り、どのような思いがありますか。

30年が一瞬で過ぎた感じです。アルバム制作もそうですし、毎年コンサート活動をずっと続けてきて、今回初めてオーストラリにツアーで来られたのも、これまでのご褒美みたいな感じがしています。ずっと音楽活動を楽しんでやってきたし、これからも楽しみながら皆さんと音楽を通していろいろな気持ちを共有していければうれしいと思います。オーストラリアには旅行でゴールドコーストとケアンズを訪れたことはありますが、ツアーで来たのは初めてです。

――ポルトガル語を始め、フランス語、中国語、英語などさまざな楽曲をボサ・ノバ風にアレンジして、カバーされていますが、異なった言語を自在に操る秘訣、また音楽活動そして生活をする中で、言語の違いをどのように感じますか。

やはり音楽をやっているので、耳がいろいろな音に敏感になっているというのはあると思います。また私自身もブラジルで生まれ、10歳までサンパウロで過ごしたので、小さいころは日本語とポルトガル語をずっと耳にしてきました。第3、第4の言語を歌うに当たって、自然に違和感なく受け入れてやることができているのかなと思います。

小さいころは、家庭では日本語、外ではポルトガル語で、それぞれほぼ同じ分量で両方話していました。中学校に上がるころには日本にいたので、他の学生のように普通に学校の授業で英語を学んでいましたが、ポルトガル語ができた分、おかげさまでというかすごく英語が学びやすく好きになりました。

――日本各地、そしてアジアを中心に海外公演を積極的に行っておられますが、開催地によって観客の反応の違いなどを感じることはありますか。また、ツアーで各地を回る醍醐味を教えてください。

アジアの国を回ることがとても多いのですが、例えば韓国での演奏で『イパネマの娘』を歌った時に最前列の青年が立ち上がって、「エイッ」と掛け声を上げてくれたのがとても印象的でうれしかったです。そういう風にさまざまな国でいろいろな方々と音楽を共有できてうれしく思っています。私の音楽は、みんなで踊ったり掛け声を掛け合ったりするタイプのものではないので、静かに一生懸命聞いて下さる姿が私の音楽を続けるモチベーションになっています。

ツアーの醍醐味は、いろいろな人に出会えることですね。さまざまな国の人に出会う中でよく思うのは、芯は皆同じということです。日本人でもブラジル人でもアメリカ人でも中国人でもみんないろいろなことに感動しますし、さまざまな毎日の葛藤もありますし喜びもあります。それは同じなのかなって思います。音楽は本当にボーダレスというか、みんなが共有できるものだと思います。私の場合はブラジルで生まれ育ったこともあり、ブラジル人独特の明るさ、たとえ苦しいことがあっても、その先に太陽の光が見えるようなそんな明るさを感じられるブラジルがすばらしいなと思ってきました。そして、そういった思いを音楽の演奏を通して他の方にも共有できたらと良いなと思って、デビューの時から歌ってきました。

他に海外公演で楽しみにしていることは食事です。今回のオーストラリアではオージー・ビーフもそうですしシー・フードもおいしいですし……。メルボルンでオリーブ・オイルとワインをたくさん頂いたのでそれも楽しみにしています。オリーブ・オイルもワインも大好きです。あと蜂蜜も!

――日本では多数ラジオ出演され、ご活躍されていますね。また、数々のCMに小野さんの作品が起用されていますね。

サッポロのワイン「ポレール」のCMで、『星の散歩』という曲を歌ってメディアに顔を出したのが最初でした。1989年でしたね。そのころ日本は多国籍の音楽の起用に幅を広げている時期で、そのころからCMでポルトガル語で歌って欲しいというお話を頂いて、たくさん歌わせてもらいました。

ラジオは「Bay FM」というラジオ局の開局時から始めました。最初は話すことがとても苦手だったのですが、当時いらっしゃった中野さんというディレクターの方にいろいろと手ほどき頂き、ラジオも好きになりました。「J-WAVE」で『サウージ・サウダージ』というブラジルの番組を担当させて頂いたこともあります。

ブラジルへは最近は全然行っていなくて、最後は5年くらい前かしら。J-WAVEの番組の関係でリオ五輪開催の1年くらい前に久しぶりに行きました。2000年くらいまではレコーデイングで頻繁に行っていましたが、その後は音楽の旅と題しいろいろな国を回ることになり、あまり行く機会がなくなりましたね。

――すてきな声を保つために日頃気を付けていることはありますか。

そうですね……。睡眠と運動ですね。それは、健康のためでもあるのですけど(笑)。あとは蜂蜜とか飲み物やボイトレです。でもあまり神経質になってはいないです。

――健康を保つたためには他に何かされていますか。

筋トレをずっとやっています。もう20年くらい。ジムでベンチプレスやスクワット、ダンベルを上げたりしています。ブラジルでは食事がすごくボリューミーで体重が増えてしまうということもあって始めました。また、腰痛に悩んだ時期があってその改善のために始めは水泳をしていたのですが、水泳よりも筋トレの方が良いというアドバイスを頂いたのもきっかけです。健康状態はバッチリです。

――小野さんにとってボサ・ノバ、そして音楽とはどのようなものですか。

私にとってボサ・ノバは、空気みたいな、あまり形のない透明なものです。多分、いろいろな現実の中で、いろいろ模索している時にパッと違う景色を見せてくれるようなもの。そういうオアシスのような新鮮な、それがボサ・ノバだと思います。

――メルボルン公演を終えての感想をお聞かせ願いますか。

すばらしかったです。一緒に参加してくださったプレイヤーたちにも癒され、私自身もすごく楽しめましたし、お客様からも楽しでもらえているオーラを感じることができました。とてもハートフルでした。私が想像するに、オーストラリアの方って内面がすごく情熱的で温かいと思うので、そういうところでも音楽を共有できたのかなって思います。

――バンド・メンバーは日本から一緒に来られた方たちですか。

パーカッションはオーストラリア在住のチリ人、サックスとフルートは日本在住のオーストラリア人で、今回はオーストラリアになじみのあるメンバーを連れて来ました。チェロの方も3歳から11歳までオーストラリアに住んでいて、20年ぶりに来たと言っていました。ピアニストはお父様がインドネシア人でお母様が日本人という国際色豊かなメンバーがそろっています。

――今後の展望、挑戦していきたいと考えていることはありますか。

今までのようにいろいろな所に行って、特にリクエストがある所にどんどん出向いて演奏しに行って、音楽を届けることと、CDも今はそんなにニーズがないのかもしれませんが、これからも1つの形として作品を作り続けていきたいです。

――最後に、オーストラリアのファンの方に向けてメッセージをお願いします。

デビューして30周年で、オーストラリアに来るのに30年掛かりました(笑)。今まで音楽を旅してスーツケースにお土産がたくさん入っているので、これからますます、そのお土産をみなさんと共有できたらと思います。また来年以降もこういった機会があることを願っていますので、その時はぜひまた聴きに来てください。

音楽は本当にボーダレス。みんなが共有できるものだと思います。

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小野リサ
ブラジル・サンパウロ生まれ。1989年デビュー。ナチュラルな歌声とリズミカルなギターで多くの人びとを魅了し、ボサ・ノバの神様と呼ばれるアントニオ・カルロス・ジョビンやジャズ・サンバの巨匠ジョアン・ドナートらと共演を行ってきた実績を持つ。1999年発売のアルバム『ドリーム』は20万枚以上を売り上げ、日本ゴールド・ディスク賞を4度受賞。映画・CMでも曲が起用されており、日本でボサ・ノバの第一人者として地位を確立している

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