■特別インタビュー ろう者初のセブン・サミッター目指す
大窪康之さん
取材・文=本紙編集部、協力=黒沢亜都志(KIツアー http://abc2030.com)
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| 今年1月、南極最高峰ヴィンソン・マシフ登頂を達成した時 |
2月25日午前11時17分、キャンベラ郊外にあるコジオスコ山(2,228m)の頂上に1人の日本人の姿があった。金沢市の会社員、大窪康之さん38歳。大窪さんは3歳の時に病気で聴力を失って以来、全く耳が聞こえず、言葉も明確に口にすることができない。コジオスコ山挑戦のため来豪した大窪さんに筆談を中心に話を聞いた。
※ろうあ者とは聴覚および音声言語に障害を持つ人を指すが、現在では人工耳の発達などにより耳が聞こえなくとも話せる人が多いため、唖(音声言語で話せないの意)を取って、ろう者と呼ぶのが一般的。
世界初のろう者セブン・サミッターを目指して
登山家たちの憧れの1つに、世界7大大陸の最高峰(セブン・サミット)をすべて制覇し“セブン・サミッター”になることがある。今回の来豪の目的となったコジオスコ山はハイキングに利用されるなど比較的傾斜のゆるやかな山だが、オーストラリア大陸の最高峰としてセブン・サミットの1つに数えられている。大窪さんは、ろう者としては世界初となるセブン・サミッターを目指し、冒険を続けている。
昨年4月にもコジオスコ山登頂のため来豪したが、悪天候で断念せざるを得なかった。今回は天候にも恵まれ、風景や草花の写真を撮りながら通常1時間半ほどの登山道を、たっぷり往復4時間かけて登った。
子どものころから「海外に行ってみたい」という気持ちが強かった。ろう学校の小学部時代に読んだ野口英世やベートーベン、ヘレン・ケラーら偉人の伝記から前向きに生きる姿を学んだという。そして、南極大陸の美しい景色が収められた写真集を目にして以来、いつかその地に立ちたいと夢見るようになった。
20歳のころから手話の普及など、ろうあ者の権利拡大ための活動を国内外で積極的に続けてきた大窪さん。それと同時に、大好きな旅を続けたいと、休暇のたびに世界中を周り、ついに2005年に北極点、07年にはろう者として世界最年少で南極点到達を果たす。
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| コジオスコ山頂にて(2月25日、黒沢氏撮影) |
準備を重ね、聴覚障害者を受け入れてくれる英国の代理店を自ら探し当てるなどして夢にまで見た南極の地に足跡を残した大窪さんだが、両極点到達というあまりにも大きな目標を達成した後「次はどこへ行くか ? 自分にできることは何なのか ? 」と、自分に問いかけることになる。
「すごく考えました。でも自分にできることは、やはり山を登ること。ヘリコプターで山頂に行って写真を撮ることだってできますが、それじゃあ意味がない。子どもたちのために“頑張ればできる”ということを見せたかった」。
実は、旅は好きだが、元々山登りは好きではないという大窪さん。それでもあえて厳しい道を選び冒険を続けるのは、自分の生きがいである旅を続けたいという気持ち以上に、ハンデを背負った子どもたちに夢を見る力を与えたいという使命感にも似た思いからだ。
チョモランマ(エベレスト、8,844m)登頂を果たせば冒険家にとって名誉な「地球三極点到達」という記録も残る。しかし、残り1つと言っても世界最高峰を登るためには1つひとつのステップ、登山を積み重ねていかなければならない。そのことも次の目標をセブン・サミットに定めた理由の1つだった。そこから訓練は厳しさを増した。
ヴィンソン・マシフへの挑戦
耳が聞こえない状態での旅や登山には、多くの苦労や恐怖が伴う。旅行代理店探ししかり、耳からの情報が一切ない、即座に言葉で伝えられないということが未知の世界では大きな危険に繋がりかねない。まして登山となれば、その危険や恐怖感は日常生活の比ではない。だが大窪さんは「強風でテントが揺れる音でガイドさんが眠れなくても眠れるから体力が温存できます」と笑う。「私にとって耳が聞こえないのは、外国で言葉が通じないのと同じ。それでもコミュニケーションはとれます。キリマンジャロでも、英語が話せる友人より私の身振り手振りの方が話が早く通じました(笑)」とも。
そして今年1月には、南極最高峰ヴィンソン・マシフ(4,897m)の登頂に挑戦。息を吐くそばから凍っていくという氷点下25度以下の世界では、万全の装備で挑んだとしても凍傷を始めとして生命の危険が伴うため、制限時間内に登山を終えなければならない。いくつかのキャンプを経て、高度に慣れながら天候を待って頂上へのアタックを試みる。
1月2日の朝7時、いよいよ頂点を目指してキャンプを出発。順調に進むかに見えたが、頂上付近に近付くにつれ猛吹雪と向かい風が行く手をさえぎる。英国人ガイドとロープ1本のみでつながる大窪さんの体を猛吹雪と疲労が襲う。頂上までのリミットは約9時間。出発から8時間を過ぎたころ、ガイドが大窪さんに聞いた。「引き返すか ? 」。
だが、大窪さんは「ネバー・ギブ・アップ」と言って、足を止めようとはしなかった。子どもたちのために、自分のために、頂上まであとわずかと迫った地点で諦めることはできない――。応援してくれている子どもたちの寄せ書きを見ながら気持ちを奮い立たせたという。そして見事、同日午後4時、南極大陸最高峰のヴィンソン・マシフ登頂を成功させた。大窪さんは、南極を“世界で一番美しい大陸”と表現した。
「夢は必ず叶う」
今回の来豪には、もう1つ目的があった。それは、地元のろう学校の子どもたちとの交流だ。コジオスコ山登頂の翌々日、シドニー北部から車で40分ほどのところにある4~13歳までの耳の不自由な子どもたちが学ぶ学校を訪れた。オーストラリアでは人工内耳の技術が発達しているらしく、ほとんどの子どもが人工の内耳を装着し口話の練習をしているというその学校では、手話ではなく通訳を通して大窪さんの冒険の数々、そしてこれから成し遂げようとしていることが語られた。子どもたちは大いに興味を示し、多くの質問が飛び交う和気あいあいとした時間が過ぎた。大窪さんは子どもたちに「Make your dream come true」と書いた色紙をプレゼントし、校舎を後にした。
「希望を持ってほしい」「たとえ障害を持っていても夢は実現できる」。大窪さんが子どもたちに繰り返し語りかけた言葉だ。言葉にするのは簡単かもしれないが、それを体現してみせるのは、どれだけ困難で勇気のいることだろうか。
大窪さんは登頂後必ず、自作の横断幕を掲げて写真を撮る。誰が見ても一目でどの山に登ったのかが分かるようにするためだ。そして“I love you”のサイン(手話)をしてみせる。
現在訪れた国は36カ国。今まで危険な目に遭ったことも幾度となくある。7つの山のうちキリマンジャロ(5,895m)とヴィンソン・マシフ、そして今回のコジオスコで3つを達成し、また一歩、夢へと近付いた。今後の目標は、「今年中に五大陸最高峰を制覇」。マッキンリー(6,194m)とチョモランマを残し、8月にロシアのエルブルス(5,642m)、12月に南米のアコンカグア(6,959m)登頂を目指している。
メジャーなスポンサーを付けず、ほぼ自分の貯金と募金でまかなっているため資金面で難しさはある。しかし、より多くの場所へメッセージを伝えたいという大窪さんの挑戦は、まだ終わらない。
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| “I love you”のサインで子どもたちと記念撮影 |
大窪康之さんへの応援メッセージなどは下記のアドレスで受け付けています。
Email: nichigopress@gmail.com
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| 講演後、子どもたちにビデオカメラの映像を見せる大窪さん |
Profile
おおくぼやすゆき◎1970年富山県生まれ、石川県金沢市在住。3歳の時、病気で聴覚を失う。(財)全日本ろうあ連盟青年部長、連盟議長などを歴任。05年8月、塩野谷富彦氏とともに世界ろう者初となる北極点到達に成功。07年1月には単身で南極点到達を果たし、両極点制覇の世界ろう者最少年新記録を打ち立てる。09年1月に、南極大陸最高峰ヴィンソン・マシフ登頂(世界ろう者初)。趣味は読書、旅行、古い物集めなど。

