豪州の新鋭脚本家・監督マックス・マニックス氏

サーファーズ・パラダイスではリラックスしてインタビューに応じてくれたサーファーズ・パラダイスではリラックスしてインタビューに応じてくれた

日本の“日常にあふれる美”を純粋に、あるがままに描きたい

豪州の新鋭脚本家・監督マックス・マニックス氏



 インタビュー当日、待ち合わせ場所のサーファーズ・パラダイスに、まるでスポーツ選手のような大柄なオージー男性が現れた。優しく微笑む男性から、すっと握手の手が差し伸べられる。彼こそが、2008年カンヌ映画祭で「ある視点」部門審査員賞を受賞した『トウキョウソナタ』の脚本を手がけ、今年4月から日本で公開された、東京を舞台とする映画『レイン・フォール/雨の牙』の脚本・監督を務めたマックス・マニックス氏だ。8月某日、ゴールドコーストの自宅に戻っていた同氏に、彼が日本に興味を持ったきっかけ、そして彼の描きたい日本について訊いた。
取材・構成=本紙編集部

マニックス監督が語る椎名桔平のこと
『レインフォール/雨の牙』の主役、日系人暗殺者ジョン・レインを務め、英国のベテラン俳優ゲイリー・オールドマンと互角に渡り合った日本人俳優、椎名桔平について、マニックス氏が語る。
「実は最初にお会いした時、椎名さんの髪が少し長めだったんです。『髪を切ることは可能ですか ? 』と尋ねると『それは、ちょっと…』と言葉を詰まらせてね(笑)。でも彼に『暗殺者が長髪っていうのは現実性に欠けないかな ? 私はリアルを追及したい』と、ストレートに気持ちを伝えたんです。そしたら次に会った時、彼の髪はさっぱりと短髪になっていました。ほかにも、英語の台詞や、アクション・シーンの振りを短時間で覚えなければいけないなど、何かと難題が多かった中、彼は決してしてあきらめずに最後までやり遂げてくれました。実にプロフェッショナルな役者さんです」。

『レインフォール/雨の牙』のジャパン・プレミアで舞台挨拶をしたマックス・マニックス監督(左)と俳優の椎名桔平『レインフォール/雨の牙』のジャパン・プレミアで舞台挨拶をしたマックス・マニックス監督(左)と俳優の椎名桔平

ワーホリ・ビザで念願の日本に
「子どものころに、テレビで日本のドキュメンタリー番組を見ていたら、メロンが1つ200円くらいで売られているという市場リポートがされていました。まだ為替のことなど何も知らなかった僕は、200円を200豪ドルと勘違いして、“そんなに物価の高い国で、人々はどうやって暮らしているのだろう ? ”と、ものすごい衝撃を受けたんです(笑)」。
 これが、マニックス氏が日本に対して好奇心を抱いた最初の出来事だ。
 時は移り青年に成長した彼は、ラグビー・リーグ(NRL)のNSWチーム、ブルドックスで活躍するフットボール選手となった。
「ところがある時、首を痛めてしまいフットボールができなくなってしまったんです。その時、“そうだ、落ち着いたら日本へ行こう ! ”と思い付きました」。
 そして1991年、兼ねてより興味を持ち続けていた日本をついに訪れる。
「電車も遅れないし、日本ではすべてが正確に動いているなと感じました。人々も親切で、“ずっとここにいたい”と思うほど気に入ってしまったんです」。
 マニックス氏は観光を終え豪州に帰国すると、今度はワーキング・ホリデー・ビザを取得し、すぐに日本へ舞い戻った。
日本のラグビー界を活性化
 日本で新生活をスタートさせた豪州の元フットボーラーの下には、高等学校のラグビー部などから度々コーチ依頼が寄せられたという。
「最初は、泥の上でラグビーをしているのを見てびっくりしました。『芝生はどこだ ? 僕は絶対にここでプレーしたくないぞ』と(笑)。でもケガをして以来遠ざかっていたフットボールに再び携わることができ、楽しませてもらいました」。
 実は、ラグビー・リーグの国際大会に日本チームが初出場を果たした影には、彼の働きがある。
「日本のラグビー界を活性化するために何か協力したくて、アメリカやカナダ、英国、ロシアなどが参加する国際大会に日本チームが参戦できないかと考えたんです」。
 93年から選手探しに取り掛かり、並行して本格的なトレーニング指導などを開始。翌年には見事、日本チームを世界大会初出場に導いた。
 それにしても彼が後に、今度は日本の映画界で日豪の橋渡しをする日が来るなど、この時誰が予想できただろう ?
日比谷の図書館で突如 “シナリオを描きたい”
 英会話講師として働いた月日も含め、最終的にマニックス氏は、およそ11年を日本で過ごした。その間、日本人に対する好奇心は止むことがなかったという。
「例えば、日本人の“恥ずかしい”と感じた時のリアクションや、相手を気遣うがゆえにとる行動は、実に“スイート”ですね」と彼。
 ほかの人種には見られない日本人特有の行動が、彼にはとても新鮮で、また美しく映ったというのだ。そんな折、東京の日比谷にある図書館で、ある衝撃的な日本の実態を目にする。
「その図書館には、ビシッとスーツを着た、どこか大会社の社長とも思える風貌の日本人男性がたくさんいました。きっとこれから会議にでも出席するのだろうと思っていましたが、ある日、彼らが皆失職者だということが分かったのです。さらに、彼らの妻子はそれを知らないのだと聞きました」。
 日本のバブルが崩壊し、リストラが急増した90年代初頭。失職した父親が、家族には通常通り出勤しているように見せかけ、実はどこかで時間をつぶしていたというのは、当時よく耳にした話だ。その実態が鮮明に映し出された図書館で、マニックス氏は何を思ったのだろう ?
「なんて素晴らしいのかと思いました。辛いことをグッと自分1人の胸にしまい込むことができる日本人の強さ、タフさがうかがえたからです。その時、この素敵なストーリーを“描きたい”と思いました」。
 これが、何を隠そう後に映画化されることになった『トウキョウソナタ』のストーリーの源だ。
日の目を見るまで
 とはいえ、彼は元フットボーラーである。これまでに脚本を書いた経験などもちろんない。いったいどのように現在に至ったのか。
「まず、アカデミー賞受賞作品など、良さそうな映画のビデオと脚本を購入しました。ビデオを何度も観ながら自分なりに脚本を書き、最後にプロの脚本と照らし合わせるんです。もちろん最初は本当にひどい出来でした(笑)」。
 何と彼は、こうして脚本のノウハウを独学で身に着けていったのだ。ところが、彼が愛読していた中国の『孫子の兵法』を含め、合計7本の脚本を書き下ろしたころ、その脚本を映画関係者の手に届ける術がないことに気付く。映画雑誌に載っている各エージェントにコンタクトを試みても、まともに取り合ってくれるところなど1つもなかったのだ。とりあえず「誰かに読んでもらいたい」という一心で、家族や友人など、読んでくれそうな人を見つけては脚本を見せ続けたという。
 そんな彼に朗報が舞い込んだのは、それから18カ月後のことだった。彼が書いた『孫子の兵法』の脚本に、ある中国人映画監督が興味を抱いているというのだ。ここから事は急展開する。希望の光が見えて勇気を持った彼は、米国のエージェントとの契約に踏み切った。そしてその直後、彼の脚本に買い手がついた。
「結局脚本を買ってくれたのは中国人監督ではなかったのですが、彼がくれた勇気が、私に一歩を踏み出させてくれました。そこからトントン拍子に話が進み現在に至る…。人生はおもしろいですね」。

映画『レイン・フォール/雨の牙』の撮影現場。左からゲイリー・オールドマン、椎名桔平、演技指導するマニックス監督映画『レイン・フォール/雨の牙』の撮影現場。左からゲイリー・オールドマン、椎名桔平、演技指導するマニックス監督

日常にあふれる美を描きたい
 日比谷の図書館で遭遇した光景をアイデアに書き下ろした『トウキョウソナタ』の脚本が黒澤清監督により映画化されたのが2008年。その際に知り合ったプロデューサーから、今度はアクション映画の製作依頼が寄せられた。それが、今年4月25日より全国一斉公開となった、マニックス氏脚本・監督の話題作『レイン・フォール/雨の牙』だ。そして今、彼は次なる邦画制作に取り掛っているという。
「新作の詳細はまだ明かせませんが、脚本は書き終えています。私の描きたい日本の良さがいっぱいに詰まった映画です」とマニックス氏。もちろんメガホンを取るのも彼だ。
「縁あって日本を深く知る機会を得て、日本を好きになり、日常にあふれるたくさんの“美”を発見しました。日本の歴史、文化、そして日本人が持つ温かさや内に秘める強さは本当に美しいと思います。それを純粋に、あるがままに描き、人々に伝えたいのです」と語る。
 日本人の本質を深く理解し、それを美しいと感じてくれる豪州の新鋭脚本家・監督、マックス・マニックス氏。新作ではどのような日本が描かれているのだろう ? 「ストーリーのヒントは“結婚”にまつわることだよ」と、最後にこっそり教えてくれた。今から公開日の訪れが待ち遠しい。


マックス・マニックス●1964年11月4日、NSW州シドニー生まれ。83年から約8年間豪州のラグビー・リーグ(NRL)で活躍するが、ケガによる引退を機に91年、観光目的で初来日する。同年ワーホリ・ビザで再来日し、日本の美しい日常を描きたいと脚本家を目指し始める。2008年、『トウキョウソナタ』で脚本家デビューを果たし、今年4月に公開された『レイン・フォール/雨の牙』で脚本・監督を務めた。現在ゴールドコーストを拠点に、日本と豪州の映画界で活躍中。日本人の妻を持つ2児の父。

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