新年インタビュー、美輪明宏さん


(撮影=御堂義乘)

新年特別インタビュー

美輪明宏さん

ネットで美輪さんの好きな花が赤い薔薇だと知り、赤い薔薇の花束を抱えて美輪さんの白亜の豪邸に1歩足を踏み入れて、息を呑んだ。

玄関から控え室そして応接間は、色とりどりの美しい薔薇や蘭で隙間なく埋め尽くされていたので。ここは花屋なのかと一瞬思ったほど。後で分かったのだが、77歳で紅白歌合戦の初出場が決まったため、友人知人から届いたお祝いの花々であった。

多忙なため、インタビューの日と決め、1日中数々のメディアのインタビューを受けるそうだ。その日は弊紙が最後のインタビュー。控え室で待っていると、テレビなどで聞き慣れた、ドスの利いた美輪さんの声が聞こえてきた。代表作の1つである名舞台『黒蜥蜴(くろとかげ)』について、インタビュアーに語っていた。

そして弊紙の番になった。応接間へ通されるとちょうど美輪さんが、「今日はお手伝いさんが休んだので」とテーブルの上のグラスや受け皿を片付けているところだった。思わず「美輪さんがそんなことをしてはいけません。私が後片付けをします」と口に出かかったのを、かろうじて我慢する。美輪さんのきらびやかな雰囲気には、後片付けなどの日常的なことは似合わない。

豪華なロココ調のソファに座わられて、美輪さんが1つの美しい絵になった。

 

元祖ビジュアル系

『紫の履歴書』という永遠のベストセラーになっている美輪さん自身による自伝の本がある。そこに10代のころからの写真が収められているが、特に学帽を被った高校生の時の写真には驚かされる。

大きな瞳、はっきりした眉、高い鼻梁、形のいいセクシーな唇。美少年なのだが、それ以上にねっとりしたフェロモンをまき散らしている感じで、こんな妖艶な高校生は、世界中どこを探してもいない。

そのことを言うと、「ああ、あの伝説になってるやつね」と軽く笑った。

純粋の日本人とはとても思えないので、西洋人の血が混じっているのですかと聞くと、「そんなことはないです。ただ噂ですが、母が天草系、父が島原系で、昔天草は当時ポルトガル人などの神父が多く住んでいたので、母の家系にポルトガル人の血が入っているのではというのは聞いたことがある。でも噂にしか過ぎないですよ」。

そして、「いつも可愛いとか綺麗とか言われていると、そういう言葉に何も感じなくなりますよ、麻痺してしまって。ちょうど、こんにちはとかさようならと同じ日常語になってしまいますね」とのこと。

美輪さんから見た美しい顔の人は誰かを挙げてもらった。

「原節子さんとか、若いころの長谷川一夫さんとか上原謙さん。大正時代の挿絵画家、高畠華宵が書いた美少年や美少女はとても綺麗だと思いましたね。

外国では、左右対称で黄金分割のグレタ・ガルボとかリズ・テイラー。リズとは日本で一緒に仕事をしましたよ。彼女がエイズ基金のディナー・パーティーで来日した時、ショーをやる予定だったライザ・ミネリが来られなくなり、頼まれたので、リズが挨拶をし、私がショーをやりました。

当時、彼女も年でしたけど、とても綺麗でした。リズは整形してる? そんなことないですよ。皆、ねたみ、そねみ、ひがみでそんな悪口を言うんですよ。彼女は小さいころからあんな顔をしてましたよ。それはそれは綺麗な顔でした」。

整形については、「せっかく親がくれた顔をいじるのは親不孝と言う人がいますが、親が粗末なものをくれたら、それを綺麗に直すのは親孝行じゃないですか(笑)。出来損ないのものをもらってそれを完成させるのは親孝行ですよ(笑)。

ただ私は、自分の中にメスやハサミや注射が入るのは許せませんから。無礼者という感じです(笑)。ですからなるようになるままって感じ(笑)。

それでも77歳にもなってもシワもないし、シミもないですよ。別に特別なお手入れもしていません。友人や知人がいろいろな化粧品をくれるので、何も考えずにそれを使ってるだけです」。

長崎生まれの美輪さんは、歌手を目指して国立音楽大学付属高校へ入るため上京。経済的な理由で中退することになるのだが、「長崎の中学が、フランス語が必須科目に入っていた不思議な学校でした。もしフランス語を読むことができなければシャンソンをやってなかったかもしれませんね」と興味深いコメント。美輪さんと言えばシャンソンというイメージがあるので意外な気がした。

さまざまな苦労をしながらも、チャンスを得て『メケメケ』を歌い、それが大ヒットして一躍スターとなる。

「歌のヒットというより、私が世界で最初のビジュアル系ということで、注目を浴びるようになったと思いますね。男が化粧をし、男か女か分からないような格好で出てきたんですから。

もし外国だったら私は成功してなかったと思います。当時の西洋社会は、宗教的な理由でこういうことはタブーでしたから。

日本には昔からお小姓文化というものがありましたからね。“ 神武以来の美少年”とか“シスターボーイ”とかのキャッチを付けられ、賛否両論でしたがスターにはなれました」

その後、ある炭坑町でのショーの舞台に立って、この人たちのために歌う歌がないことに気付き愕然とする。そこから反戦(美輪さん自身被爆者で、後遺症も出て大変な時期もあったが、今は完全に回復して健康だそうだ)や働く労働者の歌などを、自身で作詞作曲し歌って行く。だから、社会派歌手としてもシンガーソングライターとしても、その元祖と言える。そういう歌の時は、素顔のままワイシャツ1枚で歌っていたら、商品価値が下がったということで、業界からだんだん干されて行く。そして仕事のオファーが全くなくなり、たまにキャバレーでの仕事が入り歌っていると、「そんな歌は共産党の前で歌え」と罵倒されたそうだ。

「当時は私1人で仕送りをして家族を養っていましたから、一番ドン底に落ちたつらい時期でした。でも私は絶対に負けないと思ったし、このままで終わるわけがないと思ってましたよ。

今振り返ると、あの時期は必要だったということが分かります。世間が見えてきたし、ドン底に落ちた人の気持ちを身を持って実感しましたし、歌もたくさんできました。あのまま順調に来ていたら、まるでつまらない人生だった思います。感謝も比較することも知らないし…。だからあれは無駄ではなかった」

美輪さんの再ブレークとなったのは、社会派の歌『ヨイトマケの唄』が大ヒットしたことによって。これはテレビで1度歌っただけで空前のヒットとなり、社会現象にまでなった。以降、数々の舞台も大成功を納め、芸能界で揺るぎない地位を築いて行く。

 

赤木圭一郎との愛と三島由紀夫、寺山修司との交流

「赤木くんは、優しさの固まりのような人でした。21歳の若者でしたがカフカの『変身』などを愛読していて、すごいインテリで真面目。礼儀正しい正義感の強い人で、今の21歳の若者とは内容が全然違います。今は寿命が伸びたから、それだけ内容が薄まったんですよ(笑)。今思い返すと、感謝の気持ちしかありません」

美輪さんは、三島由紀夫と上京してすぐ知り合い、公私ともに彼が自決するまで18年間、付き合いが続く。最近ある雑誌で三島由紀夫の自決に関して特集が組まれていたが、ある女流作家が「あんな死に方をされると、残された家族がたまらない」や、ある評論家が「森田くんという若者を巻き添えにして…」というコメントを出していたことについて意見を聞いた。

「凡人は勝手なことを言うんですよ。皆何も知らないんです。分かってないんですよ。

森田くんに関して言えば、三島さんは『殉死しちゃいけない』って彼に言ってたんですよ。森田くんが逆に引きずったようなところがあった。森田くんには、『君は僕の意志を継いで、日本改造のため立派に働いてくれ』という遺言だったんですよ。だけど森田くんは後を追ったんです」

三島さんが亡くなることを薄々感じていたと聞き、「それを止めることはできなかったのですか」と質問してみた。

「三島さんに婉曲的に、『トルストイもヘミングェイも世界の文豪はそうですが、年を取って見えてくるものがあり、三島さんも年を取ってお書きになる作品が楽しみですね』と言ったら、『僕は床柱を背にして、ぞろっぺの着物を着てふんぞりかえってるのは大嫌いだ』とおっしゃり、ああこれはもう止めようがないな思いました。

自殺ということを考える時、まず宿命と運命は違うということ。宿命は生まれてくる前に決められている青写真。運命は本人の努力などで変えられる部分。自殺にはいろいろな原因があって一概には言えない。宿命の部分もあれば、運命の部分もある。予期せぬ出来事の部分も。だから、単にいけないとかかわいそうとかの情念でとられることはしません」

「寺山さんは天才です。知識の宝庫。同い年なんですよ。 最初の舞台『青森県のせむし男』をオファーされた時は、光栄でしたね。それが大成功し、次の『毛皮のマリー』も大ヒット。それから三島さんの『黒蜥蜴』と続く訳ですが…。

彼も若くして亡くなってしまいましたが、もともと昔から腎臓の病気を抱えていたのを知っていましたから、亡くなった時、ショックということはありませんでした」

美輪さんが天草四郎の生まれ代わりだということはよく知られている。それについて聞いてみた。「生まれ代わりと言うのは、地球があるのと同じように自然なこと。初めは信じていませんでしたよ。ただいろいろな人に言われるだけでなく、いろいろな事物事象が起きて、それらをクールに分析し全部つじつまが合ってくると受け入れざるを得なくなる。

実感すると、天草四郎のように人々を慰め、励まし、癒やすことをしなければならないですが、それはこれまでずっと私がやってきたことです。前世でやってきたことの延長なんですね」

それから、霊感や心霊術についても。「いいえ、そんなものは持ってませんよ(笑)。皆さん誤解して、あれを見てくれこれを見てくれとか、病気を治してくれとか言われるのですが、迷惑千万な話ですよ」

「でもテレビのスピリチュアルの番組でズバリ当てられていますよね」と食い下がると、「偶然ですよ」と一笑。

 


2013年4月より再演が決定している舞台『黒蜥蜴』の公演写真

そして、現在

今では、芸能界の大御所のような存在だが、美輪さんの活動はテレビ出演以外にも、毎年春は芝居、秋はコンサートをし、本を書き、講演をし、身の上相談をしと、とてもエネルギッシュ。携帯のサイトで『麗人便り』と称し、身の上相談からためになる話まで情報を発信している。アクセス数は個人ではトップ。

現在、テレビで大人気のオネエ系タレントたちついては、「私がスターになったころに比べると、受け入れる芸能界も社会も雲泥の差です。あのころは1人で闘っていましたからね。今はちょっと行き過ぎという気もしますが、ああ、開けた良い時代になったとも思いますね」

「誰か贔屓は」と聞くと、間髪を入れず「誰もいません」

77歳で紅白初出演が決まり話題になっているが、以前『ヨイトマケの唄』が大ヒットした時、オファーがあったそうだ。その時はスケジュールの都合でパス。「NHKの音楽番組に何度も出させていただいていますが、紅白に出るのもそれと同じスタンスですね」と淡々としたコメント。

「昔は、いろいろな国へ行きましたが、今はどこへ行くのも億劫。日本ほど便利でいい国はないですよ。 パリやニューヨークから来てほしいというオファーがありますが、悪いけどって全部断っています。日本は昨年の3・11以降、政治の混乱などいろいろと言われてますが、別に今に始まったことではないですよ。大震災も、原爆のことを考えてごらんなさい。日本人はそこから立ち上がってきたんですよ。だから驚きも慌てもしません」

1時間程度のインタビューだったが、美輪さんから華麗と豪気と包容を混ぜてできた金粉がまき散らされている雰囲気に圧倒された時間だった。

それと雑誌に掲載された写真で見た人もいると思うが、ロココ調の華美なインテリアの応接間。日本人でこういうインテリアに収まる人は少ないと思うが、美輪さんはその1人。ぴったりと決まっていました。

最後に、オーストラリアに在住する日本人への新年のメッセージをお願いすると、「ハッピー・ニュー・イヤー」と歌ってくださった。

(本紙発行人 坂井健二)

 

INFORMATION : 美輪明宏さん公演情報

パルコ劇場40周年企画

『黒蜥蜴(くろとかげ)』

【原作】江戸川乱歩 【脚本】三島由紀夫 【演出・美術・衣裳・主演】美輪明宏

2013年、ダイナミックでドラマチック、絢爛豪華なエンタテーメント作品『黒蜥蜴』 の5年ぶりとなる再演が決定! 三島由紀夫との交友も深く、彼の感性・文学の肌合いにも精通した美輪明宏さん。三島戯曲の行間を隈なく読み取る彼でしかなし得なかった演出、技巧により、江戸川乱歩の原作と三島戯曲の持つ日本語の美しさや美的頽廃を余すことなく表現。再演に再演を重ね、台詞の1つ1つがダイアモンドのような輝きを放つ、究極の美学が織り成す壮大な悲恋物語が描かれる。これまで以上に練り上げられ磨き上げられた、より完成度の高い舞台『黒蜥蜴』を、ぜひともじっくり堪能したい。

 
■パルコ劇場40周年企画『黒蜥蜴』
出演:美輪明宏、木村彰吾/中島歩、義達祐未/白川和子、若林哲行ほか
東京公演:ル テアトル銀座 by PARCO 《東京メトロ銀座線・京橋駅、または有楽町線・銀座一丁目駅》
公演日程:2013年4月5日(金)〜5月6日(月・祝)
入場料:S席11,000円、A席7,500円、BOX席20,000円(2名分)(全席指定・税込)
※未就学児の入場不可 ※営利目的の転売禁止 ※車イスでの来場の場合は、来場当日のスムーズな案内を可能とするために、前もって購入席番を前日までにパルコ劇場(Tel: 03-3477-5858)宛てに連絡する。
前売開始:2013年1月20日(日)(予定)

 
【公演スケジュール】
2013年4月

5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21
2:30PM




6:30PM

 

22 23 24 25 26 27 28 29 30
2:30PM



6:30PM

2013年5月

1 2 3 4 5 6
2:30PM
6:30PM

 
【チケット取扱い】
●電話:
チケットぴあ
発売初日特電 Tel: 0570-02-9950
1/21以降 Tel: 0570-02-9999(Pコード 425-694) 
 
ローソン・チケット
発売初日特電 Tel: 0570-08-4633(10AM〜6PM)
1/20 6PM時以降 Tel: 0570-08-4003(Lコード 33377)Tel: 0570-00-0407(オペレーター予約10AM〜8PM)
 
●インターネット:
※発売日初日からパソコン、携帯電話から申し込み可能。
パルコ劇場チケットレス・サービス Web: www.parco-ts.com
チケットぴあ Web: pia.jp/t/tubakihime
ローソン・チケット Web: l-tike.com/tsubakihime
e+(イープラス) Web: eplus.jp/tubakihime
 
【問い合わせ】
パルコ劇場 Tel: (03)3477-5858(東京)
パルコ劇場ホームページ Web: www.parco-play.com
※5〜6月には大阪、名古屋、広島、仙台、福岡、相模大野ほか全国公演あり

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