小野伸二ラスト・インタビュー


取材・文=植松久隆(フリーライター/本紙特約記者) 写真=馬場一哉

5月12日、暦の上では秋も深まっているはずだが、快晴で汗ばむような陽気のウエスタン・シドニー。その抜けるような青空の下で、久しぶりに小野伸二に会った。

ベスト16進出には「2−0」以上で勝たねばならない、しかも小野にとってはオーストラリアでの最後となるACL広島戦を直前に控えたタイミング。緊張感がみなぎる空間をイメージして練習場に赴いた。

しかし、その予想は良い意味で裏切られた。WSWの練習での光景は、今まで何度か見てきた光景と大差はない。ピッチ上の小野も、大事な試合を控えての張り詰めるような緊迫感というよりは、むしろ充実感に満ちたリラックスした表情。経験豊富な小野は、どんな試合でも変わらず万全な準備をして臨むという基本的な姿勢は変わらない。

インタビューは、当日の1週間前に行われ、残念な結果に終わったグランド・ファイナルについて聞くところから始まった。


青山、水本、高萩ら広島の日本代表クラスの選手と対等に渡り合う小野。自分の現クラブ初のマーキーの来豪に多くのファン、メディアが注目した 在の立ち位置を測るような意図もあったのか

試合の行われたサンコープ・スタジアムのプレス席から見た小野は、試合終了直後、交代で退いていたベンチで天空を仰ぎ、自らに言い聞かせるようにゆっくり立ち上がった姿が印象的だった。その瞬間に脳裏によぎった思いは何だったのか。

「まあ、自分が出ていた時間までは1—0で勝っていて、(試合を退いた後は)出ている選手に託すしかない。交代後に失点して、その後も(ピッチにいる選手は)よく頑張っていたけど、結果が付いてこなかった。そのことがとても悔しかった」と、試合直後の心境を包み隠さず語ってくれた。その夜、小野は、試合途中に負傷退場をしたゲーム・キャプテンのDFトポー=スタンリーにキャプテン・マークを託され、攻守にこの日のWSWで一番の働きを見せていた。しかし、試合時間を10分残したところで意外にも交代を告げられる。

「(意外な交代だった?)そうですね。まだやりたかったし、最後までやるつもりだったので『まさか』と思った。でも、それは監督が決めることだから。(監督の決断に関して)僕が言うことはないし、僕が出ていても同じ結果になったかも分からないし、そればっかりは、もう時の運というしかない」

小野自身、2年連続であと一歩で逃した悲願に悔しさは大きい。「レギュラー・シーズンは2季とも結果(優勝、2位)は出したけど、この国ではグランド・ファイナルの勝利の方が価値がある。2季目の今年は、グランド・ファイナルで負けた記憶を持って戦っていたし、その雪辱の思いで臨んだ試合が逆転負けに終ったのは、とても残念」

実は、この日の試合後のセレモニーで興味深いシーンが見られた。この日のスタンドは、多くのブリスベン・サポーターで埋まっていた。しかし、セレモニーで「Shinji Ono」の名前が読み上げられた時に、アウェーの観衆からWSW選手の中では際立って大きな歓声が上がった。会場の誰もが、WSWで一番の働きを見せていた小野の奮闘を称えた瞬間だった。

「(拍手は)もちろん気付いたし、すごく嬉しかった。本当に2シーズン、ここでやってきたことが皆に認められたというのが嬉しかった。(アウェーの観衆からの)拍手の持つ意味はよく分かっていた。それが優勝という結果の後だったら、さらに良かったのだけど、そうはうまくいかなかった」と語る小野の顔に、一瞬だけ悔しさがよみがえった。


クラブ初のマーキーの来豪に多くのファン、メディアが注目した

来豪前、小野は自らの地元(静岡県沼津市出身。清水市立商業高卒)のJリーグ・クラブである清水エスパルスに所属していた。移籍直前は監督の構想から外れてなかなか試合に出られない日々を送っていた。それでも腐らずにチャンスを待ち続けていた小野に、思わぬ形でのオファーが太平洋の南の彼方からやってくる。

請われてやって来たシドニーの地で、小野のサッカー人生の潮目が大きく変わった。

監督との軋轢で苦しんだ小野を、WSWで温かく迎え入れたのが知日派として知られるトニー・ポポヴィッチ監督。「(ポポヴィッチ監督の下で)戦う姿勢やプロフェッショナリズムなど新たに学ぶことも多く、自分のサッカー人生でも『キー』になるとても有意義な時間だった」と自身が語るように、ポポヴィッチ監督の下でのプレーは、小野のサッカー人生を正しい軌道へと引き戻した。

「シドニーに来てから、色んなもやもやが吹っ切れた。また、サッカーを楽しむということを思い出せた」と本人が振り返る日々で、生まれ変わった小野はWSWを牽引する大活躍でファンのハートをがっちりとつかむ。それがゆえに、移籍が決まった時も嘆くファンは多かった。そんなファンの思いは小野にも届いていた。

「このクラブでは、本当にサポーターをはじめ皆に愛されたという実感がある。こんなにサポーターが自分のことを応援してくれるチームはなかったなという気がするし、本当に嬉しかった」

熱心なサポーターは、小野の移籍という事実をひとたび消化すると、次はどうやって盛大に小野を送り出すかに腐心した。そんなサポーターが仕込んだサプライズの演出は、試合中の小野に思わぬ感動を与えた。

「(本拠地最終戦で自らの背番号にちなんで上がった)21分の花火とか、自分の似顔絵と『ありがとう』の言葉が入った大きな横断幕とか、なかなか海外のクラブでそういう経験はできないから、とても嬉しかった」

 

そんな熱いWSWのサポーターやファンとの別れは辛くないのだろうか。「寂しいけど、自分にとってこれが最後ではない。まだまだサッカー人生は続くから。こういうもの(移籍とそれに伴う別れ)はサッカー選手には、いつもついて回ること」と答える小野、その次なる挑戦の舞台は北の大地・札幌だ。

その札幌で待つ新たな使命への心構えを尋ねると、何度も自分の中で咀嚼してきたのだろう、小野はよどみなく強い意志が込められたトーンで語った。「自分が託された(Jリーグのシーズンの)残りの半分で、チームをいかに良い方向に持っていき、J1に上がるために力になれるかというのが重要。ここ(WSW)で得た強いメンタリティーやプロフェッショナリズムをしっかりと持ち帰って札幌に良い影響を与えたい」

さらには、「ここ(WSW)で残してきた良い結果を無駄にはしたくないので、札幌に行ってからも良い結果を残したい。そうすれば、この2年が素晴らしい価値を持ってくる。ここで学んだものはすべて自分の体に染みついているので、残りのサッカー人生で大事にしていきたい」と、WSWでの1年7カ月の経験を踏まえた上での決意を披歴した。

WSWでの濃密な時間は、小野という選手のサッカー人生に相当な影響を与えた。そんな快適な環境を飛び出してまで、小野を北の大地へと駆り立たせるものは「やりがい」だった。「WSWに来る前にポパ(ポポビッチ監督)が話してくれたような明確なプランを(札幌が)示して、熱心に誘ってくれた。そこに大きなやりがいを感じた」と札幌移籍を決めた過程を振り返った。

今回のインタビューは、冒頭にも書いたように“5月12日”に行われた。6月のW杯に向かう日本代表メンバーの発表の当日だ。現役選手である以上は、やはり、代表発表は気になるものだろうか。

「期待はしてないけど、サプライズで入ったら嬉しいなって感じはありますね(笑)」と98年の高校生でサプライズ選出された当の本人は笑う。さらにW杯に臨む代表選手へのメッセージを求めると、一転して締まった表情で「日本の誇りを持って戦ってほしい。岡崎とか一緒にやってきた選手もいるから、彼らが頑張ってくれれば僕にも刺激になる」と激励した。

最後に「オーストラリアを離れて、サッカー以外で恋しくなるものは?」との問いを投げると、頭上に広がる抜けるような青空をちらりと見上げてから答えた。

「気候かな。何だろう、雰囲気、空気。本当にすごく合ってたから」

気候が合う、合わない—これは人間の営みに非常に大きく作用する。そのあたりが、移籍決定会見時の「いつかまたウェスタン・シドニーに戻ってきたい」という発言につながっているのかもしれない。

寂しいけれど、自分にとってこれが最後ではない。
まだまだサッカー人生は続くから

小野はこの日も、はっきりと「今後も何かしらの形でWSWとは関わっていければ、自分の人生としてもプラスになる。本当に(豪州は)素晴らしい国だなっていうのは、住んでみてよく分かる。ここで出会ったハンブルで刺激的な仲間たちとは、キープ・イン・タッチでいたい」とシドニーとの今後の付き合いのスタンスを語った。

今回改めて感じたのは、小野が持つWSWへの深い「クラブ愛」。小野にその思いがある限り、いつの日かこの地に戻って来る可能性はゼロではない。

また、いつかこの抜けるような青い空の下で、小野伸二の雄姿を見られるだろうか。そんなことを考えながらの帰路、小野が去るという現実が胸に迫ってきた。

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