【新年インタビュー】笑福亭鶴瓶さん

新年特別インタビュー

その温かな笑顔でお茶の間に笑いを届けてくれる

笑福亭鶴瓶さん

本紙新年号で毎年掲載している恒例の新年・著名人特別インタビュー。
今年は日本の上方噺家でありタレント、俳優など、さまざまなフィールドでマルチに活躍する笑福亭鶴瓶さんに
お時間をいただいた。(聞き手=本紙発行人・アイク池口、構成=編集部)

2013年に大流行したドラマ『半沢直樹』(TBS系列)で主要人物の1人として味のあるキャラクターを熱演し、評価を高めたことが記憶に新しい笑福亭鶴瓶さん。2015年からは新たに関西テレビでレギュラー番組『桃色つるべ〜お次の方どうぞ〜』が決まり、ますますの活躍が期待されている。その温かな笑顔でいつもお茶の間に笑いを届けてくれる鶴瓶さんに本紙発行人、アイク池口が話を伺った。

 

——高校、大学時代から落語研究会を通じて活動されてらっしゃったんですよね。その際、童亭無学の名を名乗っていたと聞いています。

「友人と一緒に落語研究会を作って、近所の方を招いたりお寺などで披露したりしていました。その友人がすごかったんです。高校生なのに地味な落語をするんです。僕はそいつの影響で落語をやっていました」

 

——そのころはまだ落語の人気はそれほどではありませんでしたよね。

「そうですね、今の笑福亭仁鶴、桂三枝がブームになりかけたころでした。人気はなかったですが学校で落語をやると皆が静かになる。で、ある瞬間にドーンとウケたりするんです。『これおもろいなぁ』と思って。友人はちゃんとした古典をするんですけど、僕はもう少し古典を崩して、どうにかウケないかと考えながらいろいろやってました」

 

——その後、「あのねのね」で原田伸郎さんや清水国明さんらと音楽活動をされたとか。

「あれはうちの嫁が入っていたんです(編注:当時は未婚)。原田伸郎さん、清水国明さんの2人とうちの嫁でヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストに出て、僕はそこで踊っていました。それで何位かに入賞したもんだから、丸ビルのビア・ガーデンの屋上で営業などをするのですが、僕は嫁を飲み屋で酔っ払い相手に歌わすのはいやだったから、『やめ』って言ってやめさせたんです。僕はそのころはもう落語家になろうと思っていました」

 

——笑福亭鶴瓶の名前をもらってからは、超能力をうまく使った芸などで活躍されたようですね。

「あれもね、別にそれで活躍しようと思ってやったわけじゃないんです。ユリ・ゲラーが出てきた時代だったのですが、落語の大喜利の番組で、カレーのスプーンを持って『曲がるんちゃうん?』と思って試してみたら、指が強いからたまたま曲がってみんなが『曲がった、曲がった!』って騒いだ。スプーンを曲げるだけでこれほどみんながびっくりするのかと思いました。その後、産経新聞の取材が来ることになって、そのころには『超能力なんてない』と言っていたのですが、記者の方に『鶴瓶さん、茶色の封筒に入った数字を当ててみてください』と言われ『そんなん当たらへんですよ』って言いながら答えたら、本当に当たったんです」

 

——人生、運にも恵まれている感じですね!

「その後『超能力があったら当てられるだろう』って言われ、競馬の予想をさせられたこともありました。僕、全然競馬について分からないんですが、5-7と適当に言ったらそれが本当に当たってしまい、土日になるたびに数字を言えと言われたこともありましたね」

東京進出から紅白の司会まで

——東京進出後、そのまま東京にとどまれたのはビートたけしさんに言われたからという話も耳にしたことがあります。

「大阪でレギュラー10数本やっていた時期に、東京からのオファーが何度かあったのですが断っていました。大阪の番組は人気が根強く番組が全然終わらないためです。しかしある時、思い切って全部整理して東京に出ることにしたんです。東京では夜8時のゴールデン・タイムに2本、『世界NO.1クイズ』(TBS系列)と『鶴瓶のテレビ大図鑑』(日本テレビ系列)で司会をやり、裏番組はどちらもビートたけし。それもあり『たけしをつぶす男』という鳴り物入りで東京に出た形になったんです。ちなみに僕は裏番組のことは最初は全く知りませんでしたが…。ところが、番組が早々に打ち切られるというのが続いた。その際、たけしのお兄さんが制作会社の社長に『お前これで鶴瓶を帰したら笑われるよ』と言ったそうなんです」

 

——「笑われる」とはどういう意図で言ったのでしょうか。

「自分で言うのは手前味噌ですが、鶴瓶はただ単にポッと売れて出てきただけの奴ではないとお兄さんは思ったのでしょうね。そのまんま東(東国原英夫)から聞いたんですけど、『あいつは持っているものがすごい。お笑いとしてのライバルはあいつや』とお兄さんが言っていたらしいですわ。世間では東京進出失敗とか雑誌に書かれていましたが、やっぱり嬉しかったですよ」

 

——そんな中、昨年3月に終わりを迎えた『笑っていいとも!』(フジテレビ系列)に27年間続けて出られました。

「さんまとか、ほかの皆が降りたときに僕もタモリさんに『若い世代に譲りたい』と伝えたら、絶対だめだと言われたんです。すでにフジテレビにも伝えていたのですがタモリさんが電話してダメだと。そこまで言うなら番組が終わるまでタモリさんと一緒に居るわ、と思ったんです」

 

——そんな長寿番組がいよいよ終了した今の心境はいかがですか。

「まぁ、1つのバラエティを全うしたとは思いますね。タモリさんとは今でもよく連絡を取り合ってますよ」

 

——2007年のNHK紅白歌合戦の司会で、それまで以上にお茶の間での存在感を増したと思いますが、振り返ってみていかがですか。

「実はそのちょっと前に僕はフジテレビでポロリをしてるんです。それにも関わらず、なんで僕に話がきたのかなと思いましたが、あれはSMAPの中居のおかげかなと思っています。本人は何もしてないと言ってますが彼自身、司会として変化が欲しいということで、紅白だけど男同士でやりたいと言ったのではないかと踏んでいます。ただ、出演の条件として『台本通りならやらない』と伝えました。紅白歌合戦ではすごい人がたくさん出てきます。その歌を聴いて感想を伝えるのも司会者の仕事であって、僕は『毎回違う感想を言うので秒数くれ。歌を聴いて感想を言う』という条件で出演しました。一切台本は持ちませんでした」

落語家として、俳優として

——ずっと「無学の会」などを続けておられますが、最近の寄席や落語活動について教えてください。

「無学はもともと師匠の家で、僕らもそこで修行をしたのですが、ある時売られることになったんです。放っておくと自分が修行した部屋がワンルーム・マンションになると聞いて、すぐに兄弟子全員に電話し許可を得て購入することにしました。そこではいろいろな人に来てもらえるライブを行っています。ゲストには師匠の知り合いや僕の会いたい人を呼び、最近では大物も出演したいと言ってくれるようになりました。ゲストは事前には公表してませんし、売れていようがなかろうが、僕がいいと思う人を呼んでそこでやるのでお客さんも納得してくれます。寄席に関しては、つるべ寄席というのをやっていて、若手の生きのいい者を出演させて僕が最後に出ています。落語は年間140席ほどやっていますが、『自分に一番影響を与えるのは自分である』という考えから、やる以上は素晴らしいものにしよう、自分の影響力を自分で感じながらひとつずつ上に行く気持ちを持ってやっています」

 

——落語を海外に浸透させたいというような思いはありますか?

「一度、海外からの留学生の前でやったことがあるんです。日本語訳をテロップに出しながらやった現代落語と事前に古典の背景を英語で説明した上で訳を出さずに古典落語をやりました。日本語を勉強している子たちですから、なんとか分かろうと努力するわけです。それでも日本に来て2〜3日の子が人情話で泣いてるのにびっくりしました。向こうの教授もびっくりしてましたよ」

 

——最近では、ドラマ『半沢直樹』などで難しい役柄を演じられましたが、俳優としての今後の展望はいかがでしょう。

「俳優として、というのはよく聞かれるのですが、やはり話をいただいた時に、その監督の思いをどれだけ自分が全うできるかということしか考えないですね」

 

——実はここに来る前に『ふしぎな岬の物語』(監督:成島出)を観させていただきました。鶴瓶さんは、自然体というかそのままの人柄が出ているような役柄でしたね。

「自分に一番近い役のほうが実は難しいです。以前『おとうと』(監督:山田洋次)に出演させていただいた時は演じきるだけでしたが『ふしぎな岬の物語』では監督は僕の『普通』を求めていた。これが難しい。何がいいのか自分では全然分からない。いかに作らないかということに苦心しました」

その土地の人たちを重んじる

——オーストラリアにいらっしゃったことはありますか。

「はい、桂ざこば兄さんとやっていた『ざこば・鶴瓶らくごのご』(テレビ朝日系)という番組で来たことがあります。お題を3つもらって落語を作るという形でゴールドコーストでやりました」

 

——海外はほかにどこがお好きですか。やはりハワイでしょうか。

「年に1回は『鶴瓶の家族に乾杯』(NHK)という番組でいろいろなところに行っているのですが、やはりハワイはいいですね。オーストラリアはどうなんですか」

 

——オーストラリアもいいですよ。明石家さんまさんや和田アキ子さんもゴールドコーストにいらっしゃってますし。

「まぁでもさんまが向こう行くなら俺はハワイや(笑)。あとはアッコさんがハワイに上陸しないようにしないと(笑)」

 

——海外にいる時に日本人であることを意識しますか。

「やっぱりその土地の人たちを重んじるというか、行儀悪いことをしないように意識しますね。大阪から東京に行く時もそうですけど、大阪人ってよくがつがつしてると思われますけど、そういう風には振る舞いたくないというか。ただ、根っからの浪速っ子と江戸っ子は合いますよ。浪速っ子は実はあんまりがつがつしてないんですよ。『まけてぇや』とはっきり言うのも、実は相手の気持ちを分かりながら、そう言ったほうがおもろい、会話を楽しみたいという思いから言うんです。僕は親父も祖父も根っからの大阪人です。たけしのお兄さんは東京の下町育ちで、やはり合いますよね」

 

——ところで、2015年より、関西テレビで『桃色つるべ』という新番組が始まりますね。

「長年、司会者として出演者に嫌なことをさせないよう意識してきました。その結果、ボタンの掛け違えのような仕事が少なくなって今に至っています。だから今はとても楽ですね。ももクロ(桃色クローバーZ)の子たちにもフラストレーションを与えないように、彼女たちが出演して楽だな、もっとやりたいなと思うような番組にできたらなと思っています」

 

——今回、私も出演させていただきましたが、本当に皆さん、自然体で楽しむことができました。

「僕もテレビを見ていてこの人無理しているなと思われたくはないですし、今回の収録も楽しい時間を送れました。3時間の収録、あっという間でしたね」

 

——私たちから見たら、進行もスムーズでスケジュールがきちんと組んであるように思えるのですが違うんですね。

「違うんですよ。ももクロは場の空気が分かっていて自分たちからどんどん面白いことができる。これはお笑い芸人も考えていかなきゃいけないですよね。あと、この番組のいいところは、テンションの高い大阪人が出てこないところです。普通の人が出てくる。なにか面白いことをやってやろうという意識がないところが逆にいいと思うんです」

 

——最後に、オーストラリアでこのインタビューを楽しみにしている日本人にメッセージをいただければと思います。

「今後、オーストラリアで落語をする機会があるかもしれませんので、その際はぜひ楽しみにお越しいただければと思います」

 

——本日は長い間、どうもありがとうございました。(12月5日、関西テレビ・スタジオ内で)

INFORMATION:笑福亭鶴瓶さん新番組情報


©関西テレビ

2015年1月13日からスタートする深夜番組『桃色つるべ-お次の方どうぞ-』は、お互いがファンと認め合う笑福亭鶴瓶とももいろクローバーZが初めてMCとして共演するバラエティ番組。毎回、視聴者が記者として出演し、この2組に「聞きたいこと」「相談したいこと」を直接インタビューするという内容(その模様は番組のオフィシャル・サイトで公開される)。

基本的に質問の内容については規制をせず「これを言ってくれとかを言わさない、この枠以外は聞いてはいけないといったこともしない。お客さんともめるかもしれないが、それはそれで面白いだろうと思う」と、台本・シナリオなどの予定調和を設けない、アドリブでの放送を目指すとしている。

笑福亭鶴瓶が関西のテレビ局でレギュラー番組が始まるのは。2004年以来、11年ぶりとなる。今回、弊社代表のアイク池口は同番組にゲスト出演。インタビューは同番組の収録後に行われたことを追記しておく。

番組名:『桃色つるべ〜お次の方どうぞ〜』
放送時間:毎週火曜 1:05AM〜1:35AM 放送期間:2015年1月13日〜
放送局:関西テレビ(日本) 出演者:笑福亭鶴瓶、ももいろクローバーZ
公式Webサイト:www.ktv.jp/momotsuru/index.html

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