【輝く女性インタビュー2018】プラクティス・マネージャー・メリック壽子さん

輝く女性特集2018
PEC CITY CLINIC PECシティー・クリニック

プラクティス・マネージャー
メリック壽子さん

シドニー中心部ワールド・スクエア内に、一般診療の他、救急診療や、心理療法士・理学療法士と連携して体と心のケアを行う一般開業医「PECシティー・クリニック」を開業しているメリック壽子さん。日本とオーストラリアで看護師として40年以上のキャリを持ち、さまざまな経験を重ねてきたこれまでの歩みや、これからオーストラリアで看護師を目指す方へのメッセージなどを伺った。

――看護師を志したきっかけを教えてください。

肺結核で長期隔離療養していた友人を訪問した際に、療養所勤務の医師と看護師のきびきびと働く姿を見て、自分も将来看護師として働けたら良いなと思いました。最初はすごく漠然とした理由でした。

――オーストラリアで看護師として働くことになった経緯を伺えますか。

短期の契約でしたが、主人の仕事の都合でシドニーに来ました。契約終了後も、主人がシドニーを気に入ったため、滞在し移住することになりました。子どもを2人抱えていたこともあり、生活を支えていくためにはどうしたら良いかと考え、日本の看護師免許を持っていたこともあり、シドニーの病院で働くことができるか調べました。

当時、シドニーではまだ日本人看護師が登録されていなかったため、今の時代と比べると大変容易に免許取得ができたと思います。しかし、日本で臨床実習時間を満たしていなかった手術室実習をクリアする必要があり、病院探しがとても大変でした。幸いにも引き受けてくれた病院があり6カ月の研修を経て、看護師として働くことができるようになりました。簡単に言えば、初めは生活のためでした。

――看護師として日豪通算40年以上のキャリアをお持ちと伺いました。仕事を通して感じた、日本とオーストラリアの文化、医療現場の違いについてお聞かせください。また、女性が働くことについて両国に違いなどがありますか。

痛切に感じたのは責任の所在です。オーストラリアでは、医師の指示通りに治療・ケアをただ施行するのではなく、医師の指示が正しいか確認してから実行します。実践する人に責任が掛かってきます。

医療チームで患者を中心としたケアを提供すること、医療従事者は上下関係で成り立つのではなく、それぞれが対等な立場にいること、そして各専門職は常に技能を磨いていくことを要求されます。個々が同レベルでなければ医療チームは成り立ちません。

PECシティー・クリニックの受付で、いつも笑顔で患者をサポートするスタッフと共に
PECシティー・クリニックの受付で、いつも笑顔で患者をサポートするスタッフと共に

オーストラリア人女性は日本の女性と比べて、強く前に進むことができ、業務内容がはっきりと分かれているため、日本のように医師の介助、ペーパー・ワークで時間を取られ、患者のケアにあまり時間を割けないということはありません。臨床に留まるか、あるいは教育に関わるか、選択肢が多く、就学中や卒業後でも教育環境上、多くの選択があるのでやる気さえあれば何事も達成できる国だと思います。年齢を問われることもありませんしね。

医師や看護師の名前をファースト・ネームで呼ぶことには、しばらくの間抵抗がありました。患者さんの名前も同様です。決められた勤務時間のみ働く、やっていた仕事が終わらなくても、残業してまで終わらせない。病棟勤務の看護師は通常3交代制で、勤務時間内にやり切れなかった仕事は次の看護師へ引き継ぐのが当たり前です。

日本で勤務していたころは、やり出した仕事を片付けるまで残っていましたが、シドニーの病院では次の勤務の看護師へ申し継ぎさっさと帰れと言われました。

――オーストラリアで女性看護師として働いて、苦労したことはありますか。

まず感じたのは言語の壁ですね。あとは文化や習慣の違いです。生まれつき肌にしみ着いたものはどうしようもないですね。オーストラリアは多民族の国なので、世界の多くの国の文化習慣を勉強した時は、ため息ばかりでした。

女性看護師だからといって苦労したということはなかったように感じますが、正直、男尊女卑の国の方々と接する機会があった時に、敬遠したいと思ったことはありました。

――シドニーで日本人の健康をサポートする「PEC City Clinic」を設立した経緯についてお聞かせください。

「治療の前に予防を!」と切に思っています。なかなか理想には届かないのですが、同じ日本人として患者さんの健康管理に少しでも役に立てれば良いなという思いからクリニックを設立しました。

――仕事と家庭の両立のポイントを教えてください。

主人が長い間主夫業をしていました。また子どもたちには、料理、掃除、洗濯などの日常生活は自分でできるように訓練しました。「できる者がするのは当たり前」をポリシーとしていましたね。たとえそれが自分の思うようになっていなくても受け入れます。家族が作ってくれた食事が口に合わなかったとしても文句は言いません。

――オーストラリアで看護師を目指す日本人の方へのアドバイス、メッセージをお願いします。

クリニック内にあるデスクでさまざまな業務を行う壽子さん
クリニック内にあるデスクでさまざまな業務を行う壽子さん

まず基礎を学ぶにはどのような選択肢があるのか、例えば大学・専門学校などについて自身で調べることが大切だと思います。調べてみてから、自分にとって最適な方法や道を進むことが重要です。

大学(看護学部)卒業が社会人の第一歩、ここで初めてスタート・ラインに立つことになります。それまでの基礎知識を元に更なる知識を日々得るような努力が必要となりますが、頭でっかちにならないことですね。「一生よく学び、よく遊べ」です。

――今後新たに挑戦したいこと、ビジョンをお聞かせください。

実は、もう何年も前から引退しようと思っています。まだこれから新たにしたいことが見つかっていないので、現状にとどまっていますが……。旅行やコンサートに足を運ぶことは定期的に行っていますが、まだ訪れたことのない歴史のある国が多くあるので訪れてみたいですね。あとは、家に小さな庭があるので、野菜作りに挑戦したいです。まずは手の掛からないハーブからと思っています。

メリック壽子
プロフィル◎日本で看護師としてのキャリアを積み1975年来豪。81年に助産師免許取得後、約10年にわたり分娩室で勤務する。95年に救急医療専門医と共に「PECシティー・クリニック」と医療アシスタンス社を設立。オーストラリアの医療システムに精通し、看護だけでなく通訳や国内外の救急搬送にも携わっている。


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