人力車で世界を駆けるグループ・リキシャーズ、インタビュー

世界中の応援の気持ちをオリンピックに届ける
人力車で世界を駆けるグループ・リキシャーズ、インタビュー

シドニー到着後、オペラ・ハウスの前で。左からメンバーの関厚慶さん(ランナー)、鈴木悠司さん(リーダー)、大木真由さん(ナビゲーター)、松村陸さん(ランナー)

シドニー到着後、オペラ・ハウスの前で。左からメンバーの関厚慶さん(ランナー)、鈴木悠司さん(リーダー)、大木真由さん(ナビゲーター)、松村陸さん(ランナー)


「人力車×世界一周」――。そんな少し無謀にも聞こえるチャレンジを続けているグループがいる。その名も“リキシャーズ”。彼らは人力車で走りながら海外を渡り歩くというスタイルで旅をしている。人力車をどのように海外に運び走っているのか、これまで活動について、人力車で世界を走り出そうと思ったきっかけから今後の目標まで、同グループのリーダー・鈴木悠司さんに話を伺った。(聞き手=高坂信也)

リキシャーズの産声


――人力車で世界一周をしようと思ったきっかけを教えてください。


 人力車を始める前、大学生の時にバックパッカーで海外を旅していて、卒業後は世界一周をしたいと考え、資金集めのために上京しました。その時に出合ったのが“人力車”でした。たまたま寄った浅草で「人力車ってどんな仕事ですか」と車夫の人に尋ねると、「人生」だという返答を聞いて、面白い! 格好良い! と思い、人力車の会社に入りました。

 ただ、人力車の仕事は面白いだろうなとは思っていましたが、旅の資金集めとしての仕事という意味合いが大きかったので、3年ほど働いたら旅に出ようと考えていました。しかし、仕事を続けていくうちに旅よりも人力車への思いの方が勝り、完全に旅を忘れて人力車のことが大好きになっていました(笑)。5年ほど働いた後、英語を学びにフィリピンへ留学に行き、そのまま世界一周に出ようと思い、半纏(はんてん)に足袋という、人力車の格好でフィリピンに行きました。すると、周りからその格好で旅をするんだったら、人力車と一緒にした方が面白いのでは? と言われましたが、心の中では「そんなに簡単に言うなよ(笑)」と思っていました。

 しかし、人力車仲間からの「運送会社や引っ越し業者を利用すれば、おそらく運べるだろう」という助言を受け、自分の中でスイッチが入りました。日本に帰国後、人力車を運んでくれる運送会社を見つけ、「人力車×世界一周」というテーマの旅を始めることにしました。


――なるほど。そして、まずはアジアへの旅からスタートしたのですね。


 2016年9月5日に浅草を出発し、17年9月2日にインドで旅を終えました。

 日本を出発する前には、会社から購入した人力車の組み立て、資金集め、旅程の調整などやることが山ほどありました。全て1人でこなすのは不可能だと考え、同僚に声を掛けたことで私を含めた3人のチームが完成しました。そのチームの名前が今でも使っている「リキシャーズ(Rickshaws)」です。人力車を英語にした「リキシャー」の複数形です。

 準備期間中に、運送会社より安く人力車を運ぶ手段として大阪・中国間の“フェリー”という案が出ました。2万円の運賃で行けると分かり、更に人力車も同じ金額で載せられるかもしれないとのことでした。電話などで連絡するよりも直接、大阪にあるそのフェリー会社に行った方が良いと考え、人力車で浅草から大阪まで走りました。その後、交渉してみると、「君たちがやろうとしていることが面白いから、1万円で良いよ」と言ってもらい、人力車を載せて、出発することができました。


首長族の人たちと。乗車会も行った

首長族の人たちと。乗車会も行った


――東京から大阪まで走ったのですか。


 走りました。今思うと一番幸せでした。日本はとても平和なので、走れる、日本語が通じる、応援してくれる、泊まる場所が見つかりやすいと良いことずくめです。


――中国からはどういったルートを通ったのですか。


 中国に着いた後は、台湾や香港に移動しました。香港からは、ベトナム、タイなどを経て、インドに向かいました。走行のペースが読めないこともあり、常にビザの期限などの問題に悩まされることが多く、何度か現地の運送会社を使って、人力車を運びました。タイからインドへに行く時は、ミャンマーとバングラデシュのエリアが外務省公開の危険レベルが高かったので、運送会社を使いました。

 しかし、インドでは税関で止められてしまい、約3カ月間交渉を続けたのですが、人力車を受け取れませんでした。そして、次のヨーロッパ旅出発直前に人力車が返還されました。インドに半年もの間、ずっと保管されていたんです。あの時は100パーセント人力車は返ってこないなと思っていました(笑)。


――皆さんは今回4人でのグループですが、旅中はどのように移動するのですか。


 3人がランナーで、1人がナビゲーター係です。先頭をナビゲーターの自転車が1台、次に人力車、続いて自転車2台が付いてくるというフォーメーションです。人力車は5キロごとにランナーを交代させているので、自転車の時は休憩も含まれていますね(笑)。坂道の時は人力車を後ろから押す役目もあるので、休んでいる暇がない時もあります。また、20キロごとやランチ・タイムに休息を取ります。


――ヨーロッパではどのような旅をしたのですか。


 まずスペイン・バルセロナに到着し、フランス・パリまで行きました。そこから再びバルセロナに戻りました。人力車を運搬するためのコンテナ(木箱)が港にあるので、出発した場所に戻ってこないとダメだったんです。その後、人力車をバルセロナからシドニーまで運んでもらいました。

 バルセロナからパリまで行く道中でたくさんの街を訪れました。行きと帰りで同じ道は走りたくなかったので、いろいろなルートを約3カ月ほど巡りました。


――バルセロナからシドニーへ人力車を運んだということは、ヨーロッパ旅の出発前にはオーストラリアに来ることは計画済みだったのですか。


 前もって運送会社に連絡する必要もあったので、既に計画していました。今回は、出発地点であるシドニーに戻ってくる必要はないんです。人力車運搬用の木箱がボロボロになりすぎたので破棄することにしたからです。メルボルンで新しい木箱を作ってもらい、そこから運ぶので、ゴールはメルボルンになっています。

 オーストラリアの次はアメリカに行きます。


バルセロナにある有名建築「サグラダ・ファミリア」の前で

バルセロナにある有名建築「サグラダ・ファミリア」の前で


――オーストラリアでの旅程を教えてください。


 シドニーからキャンベラ、そしてメルボルンまで行きます。長く滞在するのはシドニーとメルボルンですね。メルボルンには1週間程度の滞在予定です。その理由は、現地でいろいろなイベントに挑戦したいと思っているからです。

 到着のタイミングが12月21~22日ごろなので、僕たちはサンタクロースの格好をし、人力車はイルミネーションなど奇麗に装飾して、現地の子どもたちをたくさん乗せてあげたり、路上パフォーマンスやいろいろなイベントに参加するなど、滞在中にたくさんの場所に訪れたいと考えています。

「日本のサンタクロースがメルボルンに来た!」というキャッチ・フレーズで活動したいです。


人力車で海外を走るということ


――人力車の魅力や楽しさなどを教えて頂けますか。


 人力車があることでそこに人が集まり、会話が生まれます。人力車はコミュニケーションを取るための1つのツールだと感じています。その点が一番の魅力だと思います。忍者の服と一緒で、忍者の服を着た人と写真を撮ると、日本らしいじゃないですか。人力車も同じです。どこにいても日本を感じることのできる物だと思っています。“出前ジャパン”と勝手に名称を作っています(笑)。


――人力車に対して、海外と日本でそれほど温度差はないですか。


 日本人にとっては「人力車=営業される」というイメージがどうしても強く、面倒くさいという印象の方が先に来ます。日本人のそうしたイメージも変えていきたいのですが……。

 海外の人たちはそうした変な偏見がないので、人力車に対して新鮮な反応を持ってもらえますね。また、人力車が海外にあること自体に驚いてくれて、寄って来てくれます。「何でここにあるの?」といった感じでしょうか。


――旅中、苦労することは何でしょうか。


 やはり泊まる場所がないということでしょうか。“毎日野宿”の気持ちで走っています。夕方ごろになると営業を開始します。「泊まる所、探してます」と言って、人力車で街を回ったり、スーパーマーケットで張り込んだりします。その日の宿が見つからなければ野宿、見つかればラッキーという感じですね。

 また、坂道や山道は苦労します。スペインでものすごい山道に出くわして、車で行けば20分ほど、距離で5キロくらいなのですが、人力車で6時間掛かりましたね(笑)。まず、人力車で坂道を上がることができなかったので、自分たちのかばんを目的地まで置きにいき、次に自転車を目的地まで置きにいき、皆で人力車を押しながら少しずつ坂道を上がっていきましたね。あれは本当につらかった出来事ですね。たまにそういった山道に出合いますね。

 あとは、資金集めですね。人力車の運送代も一度で40~50万ほど掛かります。なので、出発の際にとてもお金が掛かります。


途中、後ろの自転車隊が人力車を押す場面も

途中、後ろの自転車隊が人力車を押す場面も


“気持ち”を運ぶ人力車


――今後の目標を教えてください。


 大きな目標でいうと、5大陸制覇です。その5大陸の“気持ち”を2020年東京オリンピックの開会式に持って行くことが、この旅の最後のゴールですね。

 今後のスケジュールとしては、19年6月にアメリカの「ルート66」の約4,000~5,000キロを皆で横断したいと思っています。今までの旅の中で一番長い距離で、ハードルが高いです。

 メンバー構成には僕自身それほどこだわりがなく、「自分が世界一周をしているというより、この人力車を皆でどうやって世界一周させるか」ということにフォーカスを当てています。だからこそ皆で運びたいですし、皆で世界一周したいという思いです。

 その後の詳細は決めていません。アフリカにも行きたいけれど、2020年東京オリンピックに間に合わせることが重要です。スケジュールがオーバーしてしまう可能性もありますが、それまでに5大陸は行くことができなくても開会式には行きます!

 そして、その場面を発信して「皆さんご協力ありがとうございました」という形で終わらせたいです。そこで一度この旅は終わりますが、僕はそれ以降も人力車を辞めるつもりはないですし、これからも海外で活動していきたいと考えています。旅は死ぬまで続けたいなと思っています。


――最後にメッセージをお願いします。


 これまで出会ってきた人たちが僕たちのことを応援してくれているので、「頑張れよ!」と言ってくれた、その応援してくれる気持ちなどの期待に応えたいです。また、その人たちがSNSを通して、僕たちの旅の続きを見てくれています。だから、最後はそこ(2020年東京オリンピック開会式)につながったのか、と感じてもらいたいです。


――ありがとうございました。これからも頑張ってください。


リキシャーズ(Rickshaws)

YouTube: www.youtube.com/channel/UCWaQLNLRc2DjrSXINqKwC_g

Instagram: www.instagram.com/rickshaws01

Email: teamrickishaws@gmail.com


シドニー市内では興味を持ってくれた人たちを乗せてあげた

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