サッカーへの情熱を子どもたちに

サッカーへの情熱を子どもたちに

プロ・サッカー選手・コーチ 近江孝行さん(28)

 

「みんな、集まれ!」とのコーチの掛け声で、公園のグラウンドで遊んでいた5〜6歳くらいの子どもたちが、元気よくコーチの下に集まった。そしてウォーミング・アップ後は、待っていましたと言わんばかりにグラウンドに駆け戻り、サッカー・ボールをドリブル。その光景を温かい眼差しで眺めるコーチ、近江孝行さんは、現在シドニーで活躍するプロ・サッカー選手だ。来豪前にはドイツやニュージーランドでも現役選手としてプレーしながら、現地の子どもたちにサッカーを教えてきた。そして今年3月にシドニー・オリンピックFCへの移籍に合わせ、念願のサッカー教室を開校した。本紙は、子どもたちに接して感じたことや、教えることへの情熱について話を伺った。

近江さんは1982年10月6日の滋賀県生まれ。「野球好きの父の影響で幼いころは野球少年だったのですが、小学6年生の時にJリーグが流行したことで、サッカーに没頭するようになりました」。そして彼のサッカー人生に転機が訪れたのが高校時代。所属していた滋賀県草津東高校のサッカー部が、第79回全国高校サッカー選手権大会で決勝戦に進出し、強豪の国見高校と戦った。惜しくも準優勝ではあったが、そこで大会の優秀選手に選ばれ、全国高校選抜のヨーロッパ遠征に参加する切符を手に入れた。それが、将来海外でサッカーをすることを夢見るきっかけになったのだ。

その後、両親の勧めで大学に進学。当時関西1部リーグであった近畿大学に進んだ近江さんは、在学中に海外のサッカー・シーンを綿密に下見し、卒業後にはドイツに渡った。そこで2年半の間、地元のサッカー・チームに在籍した。ちなみにその時から、地元の子どもたちにサッカーを教えていたそうだ。

今度は本格的にコーチの勉強をするために、ニュージーランドでオークラントの地域リーグに移籍。選手からコーチへと転身しようと決めたのは、選手人生の寿命を感じ、プレーする側から教える側へとなろうと思ったからだった。しかし地域リーグでは年間優秀選手に選ばれるなどの快挙を成し遂げ、コーチの勉強と選手としての練習の両立をするよりも、もう1度自身のサッカー技術を磨くことを決意する。その後、国内1部リーグのヤングハート・マナワツ、そして2010年には元日本代表の岩本選手がかつてプレーした、オークランド・シティFCで選手契約を結び、選手生活を送った。

3年ほど続けたニュージーランド生活を終えた近江さんは、できるところまで選手として成長しながらも、もう1つの夢であったサッカー教室の開校を叶えたいと思い立つ。そして、日本人永住者とその子どもたちが多く居住し、サッカーが盛んなシドニーに今年3月に移り、シドニー・オリンピックFCへの移籍に合わせて、念願の教室を本格的に開いた。そこでは、シドニーで活躍する日本人サッカー選手や日本で活躍した元プレーヤーとともに、現地の子どもたちにサッカーを広めている。


元気に試合をする子どもたちと近江さん

近江さんはサッカーを教える上で、子どもたちに“楽しい”と感じてもらうことを最優先にしている。「サッカーの世界には勝ち負けの厳しさがありますが、やはり何事も“楽しさ”から始まるのだと思います。勝つということは楽しいことですし、勝つためには練習が必要、そして練習を続けるには、まず自分が楽しまないといけないのです」

サッカーの技術に限らず、人を育てることも大切にしている。それは挨拶から始まり、両親や支えてくれる人に感謝すること、そして規則正しい生活をすることで、まっすぐな人間へと成長する基盤を作っていくのだ。

また、開校して改めて気付いたことがあった。無邪気にボールを蹴る子どもたちからは、純粋にサッカーを楽しむことの大切さを学び、またサッカーの技術や戦略について新たな発見もあった。それらは選手としての近江さんを成長させ、子どもたちへと受け継がれて行くのだろう。

「選手生活はできるところまで続けるが、将来は徐々にサッカー教室を大きくしていきたいですし、日本人またはオーストラリア人サッカー選手をお互いに誘致するエージェントとしてもサッカー界に貢献し、一生サッカーに携わっていきたいですね」と近江さん。最後に、コーチを続ける上で大切にしていきたいことを伺った。

「中学時代“練習では自分が一番下手と思え。でも試合では自分が一番うまいと思え”と、恩師に言われたことが、今でも心の中に残っているのですが、このようにコーチの言葉は、生徒のゆくゆくの人生に影響します。子どもたちに伝える言葉は、1つ1つ大切にしていきたいですね」

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