ラオス在住 向原愛里さん

向原愛里さん
新卒で海外ボランティアにチャレンジした向原さん

ラオス在住 向原愛里さん
子どもの算数教育に取り組む

「ボランティアとは、自分が何かの一助になること」
Text by Kenji Sakai
 東南アジアの小国ラオスのことを知る日本人は少ない。首都ビエンチャンから空路で40分ほどの古都ルアンパバンで、子どもたちに算数を教え始めた向原愛里さんに話を聞いた。

日本人になじみの薄い国で
 ラオスという国からどういうイメージが湧くだろう。ゴールデン・トライアングル、なまず料理、地雷の多い国…。あまり多くないはずだ。
 個人的には、ラオスと聞くと女優の島田陽子さんを思い浮かべる。なぜかというと、 80年代にリチャード・チェンバレン主演で大ヒットした米国のTVミニ・シリーズ「SHOGUN(将軍)」のMARIKO役で一躍国際スターになった島田陽子さんが、番組のプロモーションで来豪時にインタビューした際、米国人ジャーナリストとラオス女性の実話に基づくラブ・ストーリーを映画化するハリウッド映画『カムバック』に、ラオスの女性役でどうしても出たいと熱弁したからだ。残念ながら、この役は島田さんへ行かなかったが…。
 このラブ・ストーリーは、当時世界中で話題となった。海外へ出ることを禁止されていたラオスで、2人はメコン川の底を這って隣国タイへ脱出したというスリリングなストーリー。今でも現地では話題になるのか、ホテルのマネジャーと雑談の際、この話が出た。ただ、現在2人は既に別れており、ラオスの女性はタイのバンコクで暮らしているそうだ。命を賭けた愛も永遠ではなかったわけだ。ちなみに2人の一粒種である息子さんは超イケメンで、タイの芸能界で活躍しているとのこと。

木造の古い家並み
木造の古い家並み

 話がそれてしまったが、ラオスのルアンパバンで、JICA(国際協力機構)の青年海外協力隊員として生活する向原愛里さんも、ラオスという国名を聞いて、最初アフリカのどこかにある国だと思ったそうだ。普通の日本人にとって、ラオスの知名度はそう高くない。「私1人で申し訳ありません。森さんが来られなくて」と、開口一番向原さんに謝られる。実は、今回もう1人森さんという、既に現地で1年間バレーボールを通じたボランティア・ワークをしている女性からも話を聞くことになっていた。ところが、突然森さんがデング熱(蚊を媒介にした感染症。高熱を伴う)で倒れたため、向原さん1人となってしまったのだ。
 向原さんは6月にラオスに着任したばかり。実際にボランティア・ワークを始めてまだ1カ月にしかならないので、インタビューに答えられるかどうか懸念していたらしい。
 向原さんは鹿児島出身で、23歳。今年、福岡教育大学を卒業し、すぐJICAの青年海外協力隊に応募しラオスへ。大学で教育を学び、幼稚園か小学校の先生になろうと思っていたが、まずは海外へ出て刺激を受けたい、視野を広めたいという気持ちが強かったそうだ。しかし、個人ではその夢を実現する財力も機会もない。そこで、JICAに応募するというアイデアに結びついた。
 彼女は6人姉弟の長女で、いつも上手に全員の舵取りをしていたため、青年協力隊で海外へ出ることに両親は反対しなかったそうだ。しっかりした娘に両親は全幅の信頼を置いていたようだ。ただし、「2年間の期間をきっちりとまっとうできるなら」という条件がついたそうだ。
 ボランティアをするというよりも、外国の生活、特に子どもたちの教育環境に非常に興味があったと、ちょっぴり本音も。そうした彼女の動機と、発展途上国で必要とされているボランティア・ワークとが合致した。

幼い出家僧
仏教国ラオスの幼い出家僧
メコン川
ゆっくり流れる大河メコン川

 これといった希望国はなかったため、ラオスという赴任先はJICAから割り当てられた。彼女の任務は子どもたちに算数を教えることだが、相手とのコミュニーションに欠かせない現地の言葉のことを聞いてみると、日本を出る前に2カ月間ラオス語の特訓があり、現地に来てからも特訓コースを受けたという。たったそれだけで、日常生活を含めてなんとかやっていけるというので驚く。
 向原さんの1日の始まりは早い。朝は6時前後に起床しているが、本当は5時前に起きたいのだという。どういうことかと言うと、こちらでは5時ごろ僧侶たちが托鉢のため各家庭を回り、信心深い仏教徒のラオスの人たちは身支度をすませ、僧侶たちにお供え物を渡すのが慣わしになっている。彼女もそれを実行したいのだが、それをするためには5時前に起きなければならず、毎日というわけにはいかないらしい。
 8時に歩いて仕事先の小学校へ。11時半に午前の授業が終了し、1時半に午後の授業がスタートするまで2時間の昼休みがあるので、家へ帰って昼食をとり、昼寝をする。昼寝はラオスの習慣とはいえ、最初みんなが昼寝をする姿を見て、こちらの人ってなんだかダラダラしてるんだなあと思ったらしい。ところが、郷に入れば郷に従えで、日中の暑いさなかに昼寝をすると、頭がすっきりして快適になるのだそうだ。4時に学校が終わった後は、ラオス人が開いている日本語クラスのヘルプに入る。夕食はそこで取ることが多く、帰宅後はテレビを見たりしてくつろぎ、12時ごろに就寝。
 学校の話で興味をひいたのは、4時に授業が終わるとすべての教室に鍵をかけるという話。この学校では新築直後、取り付けられていた扇風機を全部盗まれたそうだ。それ以来、施錠するようになったとのこと。ルアンパバンは世界遺産に指定されている古都の村で、治安もよく、せかせかしないフレンドリーな人たちがおだやかなスマイルで迎えてくれる所という印象を持っていたので、この「全扇風機盗難事件」は意外な気がした。

 向原さんのメインのボランティア・ワークは、生徒たちの算数の力を向上させること。今は、研修するクラスで、生徒たちの反応や先生の教え方を学びながら、そのために自分に何ができるかと模索中という。
日本の豊かさに気が付き、感謝の気持ちが生まれる
 日本を離れてまだ数カ月しか経っていないが、それでもラオスから日本を見ると、つくづく豊かな国だと思うそうだ。「私たちのおじいちゃん、おばあちゃんの世代が頑張ってくれたおかげで、今の日本があるんだなと実感します。もちろんストレスの大きい国という一面も確かにありますが、 例えばラオスなら、JICAのような機関を通じて、海外でボランティアとして生活するような選択肢はないじゃないですか」と、向原さん。
 ラオスは、向原さんにとって初めての海外ではない。ベトナムや、家族旅行でオーストラリアへも来ている。「ラオスへ来て本当によかったと思います。今まで当たり前だと思っていたことに対して、“ありがたい”という気持ちが生まれ、ストレスのないゆったりとした生活がエンジョイできます。心に潤いを感じ、そんな毎日に感謝して生活しています。私は今まで、ボランティアというのは困った人にお金をあげるものと思っていましたが、そうではないですね。うまく説明しにくいんですが、自分が何かの一助になれれば、それがボランティアなんだと日々学んでいます」
 物怖じしないしっかりとした性格らしい向原さんは、社会人としても、ボランティア・ワーカーとしてもスタートを切ったばかり。その道のりで多くの実を結ぶはずと期待される。(本紙・坂井健二)

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