ニューデリー在住 志賀龍さん

世界の日本人ボランティア

世界の日本人ボランティア ⑭
ニューデリー在住 志賀龍さん
カーストの因習残るインドで日本語教育に尽くす  
「カースト制度が今でも 若い人の心に根深く刻まれていることに、 大きなショックを受けました」

Text by Kenji Sakai
 筆者がインド滞在中、最もインパクトがあった出来事は、テロにリアルタイムで遭遇したこと。テロが日常茶飯事となり、いつどこで起きてもおかしくないと言われて久しいが、日本人にとっては、世界中で起きている事件程度の認識しかないのではないだろうか。
 その日(今年5月13日)古都ジャイプールに着いたのは午後4時過ぎ。夜、この街の観光名所である旧市街へ繰り出そうとした矢先、ホテルのレセプションから「たった今、旧市街で連続爆弾テロがあり、威厳令が敷かれたため一切外出禁止」と告げられた。テレビを点けると、テロ攻撃のニュースが報道されていた。80人が死亡するという大惨事。翌日、旧市街へ行ったが立ち入り禁止で、近くの病院では、運ばれてきた犠牲者やその家族、あるいはメディアの人間でごったがえしていた。ただ、病院から1歩外へ出ると、物乞いする人、車の騒音と排気ガス、照りつける太陽と、普段と変わらないインドがあったのだが…。
 ニューデリーで日本語教師としてボランティア・ワークをする志賀龍さんは横浜市出身の31歳。彼にとってニューデリーは、青年海外協力隊(JICA)隊員として、バングラディッシュに次ぐ2度目の派遣先だ。

世界の日本人ボランティア
テロ直後、普段は賑やかな旧市街のゲートも閑散

日本語ブームのインド
 物乞いする人があふれるインドだが、ミリオネアの数が一番多い国だと聞いて驚く(ITと不動産業界でミリオネアがどんどん生まれているとのこと)。インドは今、日本企業の進出が盛んで、日本語を話すことは、いい仕事を得るために大きな利点となる。ニューデリーの大学で、40年近くの歴史を持つ東アジア研究科で日本語を教える志賀さんは、そういった意味でやりがいがあると語った。
 教えるという仕事は、志賀さんのバックボーンなのだろう。両親ともに教師だったという家庭環境から、早いうちから教師になることを決心していた。が、採用試験に落ちたため、日本語教師の資格を取り、非常勤として日本語学校に勤めていた。いつも海外へ行きたいという夢があり、それが青年海外協力隊としての海外生活に結び付く。
 バングラディッシュの大学で2年間日本語を教え、「日本語を教える」というコンセプトから、「現地の人が必要としているものを教える」という理念に到達した。その理念を行動に移したいという欲求が、インド派遣へとつながる(もっとも、志望国はアフリカだったそうだが、二転三転してインドに落ち着いたとのこと)。
 ニューデリーでの典型的な1日は、朝6時30分の起床から始まる。大学での講義は8時にスタートし、だいたい午後1時30分に終了。それから5時ぐらいまでは、次のレッスンの準備のために時間を使い、そして帰宅。自宅にはテレビがないので、インターネットなどをして、深夜12時過ぎに就寝するという。
 志賀さんが日本語を教えるニューデリー大学の東アジア研究科は、40年の歴史を持つ伝統的なコースで、日本語に関する、会話力、読解力の向上が主な目的だ。それに加えて日本文化の紹介にも力を入れている。生徒とのコミュニケーションには英語を使う。
 インドでの滞在は、今年の9月までの10カ月程度と決して長くはない。今回のボランティアで自覚したことは多いが、一番大切なのは日本語を喋るというテクニカルなことではなく、日本語の勉強を通して、大きく言えば、人間性を高めることの大切さを痛感した。これはJICAの理念にも重なる。「ボランティア・ワークは、それが終わっても、現地で継続してい くべきものだと思います」と、志賀さんは表現した。

世界の日本人ボランティア
ニューデリーの街の様子

カースト制度にショック
 インド人に関して志賀さんは、一筋縄ではいかない人間性が複雑で興味深いというプラス面と、プライドが高くミスなどを素直に認めないというマイナス面があり、そこに多少の苦労がある、とボランティアの立場から説明した。ただ、それよりもインドの人々に対して一番ショックを受けたのは、若い人たちの心に、今でもカースト制度が、根深く刻まれていることを目の当たりした時だったと言う。
 ある時志賀さんのクラスで、こういう人と結婚したい、したくないという結婚についての討論が始まった。そこに居合わせた全員が、“不可触民”とだけは絶対に結婚したくないと宣言するのに衝撃を感じたと言う。貧富の差というのは目に見えて分かる。だが、目には見えない心の中にある階級の差の根深さに、強いショックを受けた(インドのカースト制度はあまりにも有名だが、国が独立した後は、法的にはカースト制度は存在しないことになっている。不可触民―カースト制度で、カースト外に置かれた最下民層を指す―という差別用語を避け、現在は指定カーストと呼ばれている。そこから、社会での成功者も多数出ているのだが…)。
 志賀さんは、「ボランティアは大上段に構えるものではなく、普段の生活でもその機会はいっぱいある」と語った。老人に席を譲ったり、人に道を教えたりなど…。「それは他人への思いやりにも置き換えられるもので、そういったボランティアが増えることで社会は良くなっていくのではないでしょうか」と。
 今年の末に日本へ帰国予定だが、日本での進路は何1つ具体的に決まっていないそうだ。「仕事は、金儲け主義は駄目です。やはり何か社会的な色合いを持つものをと願っています」と笑った。
 奥さんは中国系韓国人で、現在は彼の実家に奥さんを置いて、ニューデリーで1人ボランティア・ワークに励んでいる。

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