第2回 HSC日本語対策 委員会の活動

HSC日本語コースが抱える問題

■シリーズ・教育
HSC日本語コースが抱える問題
日系の子どもは受験できない?

第2回HSC日本語対策 委員会の活動

   前回は、日系の子どもが高校の卒業試験(HSC)の受験科目に日本語を選択しようとすると、制度上の問題から履修をあきらめざるを得ないケースがあるという問題について概略した。今回は、この問題について行政と交渉を続けてきたHSC日本語対策委員会の活動について、代表の嶋田典子さんに話を聞いた。

行政機関との交渉
――HSC日本語対策委員会が発足した経緯を教えてください。
 2005年、従来のHSCコース・アジア4言語(日、中、韓、インドネシア)の履修基準に新たな記述が加わりました。「家庭などで日本語のバックグラウンドを持つ人と持続的に日本語を話したり書いたりしている生徒はコンティニュアーズ・コースの履修資格がない」「そのような生徒はバックグラウンド・スピーカーズ・コース(以下BGコース)を履修しなくてはならない」という内容で、基準の明確化が図られたのです。 それ以来、HSCの日本語履修をあきらめる日系の子どもたちの存在が目立ってきました。そうした中、私や、問題意識を持った日本語学校の保護者たちが、シドニーにおける主要な日本語学校の母体であるシドニー日本クラブ(JCS)に働きかけたところ、この問題に対して日系コミュニティーとして取り組んでいこうということになり、2007年7月に最初の日本語対策委員会を開きました。そして、JCS日本語学校の関係者や日本語教師、大学の日本語講師らに意見を聞き、HSC日本語対策委員会を発足させました。2008年8月からは、活動の輪をさらに広げるためにJCSから独立して活動しています。 現在、メンバーは19人で、全員ボランティアです。既に大学生の子どもを持つ親もいれば、まだ小学生の子どもを持つ親など、さまざまです。
――これまで、どのような活動をされてきましたか。
 私たちはまず、ボード・オブ・スタディーズ(HSCを管轄するNSW州政府機関、以下「ボード」)に問題を訴えることから始めました。ボードの会長宛てに、「週に1度日本語補習校に通学することが、コンティニュアーズ・コースの履修資格を失う原因となるのか」「どうしてアジア4言語だけに、バックグラウンドのある生徒とない生徒を分ける履修条件が存在するのか」といった質問14項目を手紙で出し、説明を求めました。 一方、日系コミュニティーの人たちにこの問題をよく理解してもらうため、日本語学校などで説明会を開催しました。「アジア4言語のみに履修資格基準が設けられているのは差別的なので、改善してほしい」というボード宛ての要望書も作成し、署名を集めたところ1,423通集まり、これを2007年12月にボードに提出しました。 その後、2008年5月にボードと初会合を持ち、オーストラリアで生まれ育つ日系2世の増加により、日本語学校に通う子どもたちは増加しているのに、コンティニュアーズ・コースやBGコースの受験者数が増加していないことを説明しました。 コンティニュアーズ・コースから外された子どもたちが、残された選択肢のBGコースでは難しすぎて履修をあきらめているため、ハイスクール・レベルで日本語学習を続けられなくなっている子どもたちが多数存在するという実態、つまりコース間のギャップに落ち込む生徒の存在に対する理解を求めたのです。
――ボードとの交渉を重ねる中で、どのようなことを感じられましたか。
 ボードの方たちが持っている日系人家庭の子どもに対するイメージと、現実との間に大きなずれがあるということです。ボードには、日系の子どもというとシドニー・ノース地区に住む駐在員の子というイメージがいまだに強く残っており、「日系人家庭の子どもは、日本に住んだ経験があったり、日本人学校や日本語補習校に通学している子どもがほとんどなので、11年生でBGコースの勉強を始めても大丈夫」と信じていたのです。 けれども現状は、日系の子どもの大半は定住者の子どもで現地校に通学し、家庭での使用言語も主に英語で、英語が第1言語に移行している子どもの数も増加しています。 また、移民が多く、在豪の親戚やコミュニティー自体が大きいギリシャ、イタリア、中国、韓国などのバックグラウンドを持つ子に比べ、日本語コミュニティーが確立していない中で日系の子が日本語を習得することは並大抵のことではありません。そうした認識も欠けているようでした。 もう1点は、日本語BGコースの内容が多くの日系の子どもにとって難しすぎるということを、なかなか信じてもらえませんでした。 ボードは、英語ネイティブ・スピーカーにとってアジア言語の学習は難しいので、アジア言語の背景のない生徒とある生徒を区別した現行のコースを開発したと説明しています。そして、日本語習得の難しさの根拠として、米国で約40年前に行われた研究報告を挙げています。これは、外交官になるための訓練を受けている40歳以上の人たちを対象にしたもので、英語ネイティブ・スピーカーの外国語の習得時間数を比較し、その結果日本語は習得が最も難しい言語の1つとされました。しかし、時代も対象年齢も異なる研究結果を利用するのは危険があります。 NSW州教育訓練省の統計(2009年)によると、州の公立小学校に通う生徒たちの約4分の1は、家庭で英語以外の言語を使用しています。子どもの言語環境は急速に変化しているのに、ボードの考え方は現状を反映していないと思いました。
ヘリテージ・ランゲージ(HL)コースについて
――皆さんがボードに対して現状の問題点を訴える交渉をした結果、コンティニュアーズ・コースとBGコースの間を埋めるHLコースが新設されたと理解してよいのでしょうか。
 ボードが「HLコース開発決定」を発表したのは2008年12月で、私たちとの初会合から7カ月後のことでした。行政の対応としては異例の早さだそうですが、ちょうどラッド政権に代わり、アジア言語教育への6,240万ドル投入が決定したという背景があったからだと言われています。 しかし、私たちとしてはHLコースの導入を求めたことはなく、これはボードが一方的に決定したことです。 同コースはBGコースほど難しくないので、これによって日本語学習を継続できる生徒もいますが、高度な表現力と読み書き能力が要求されるので、家庭で日本語の会話をしている程度ではついていけない内容です。したがって、HGコースが難しすぎる場合も多々ありうるので、日本語の履修をあきらめざるを得ない生徒は、今後も発生することが予想されます。
――そのほかには、どのような活動をされていますか。
 ボードとの交渉は継続していますが、そのほかには今年3月に、有志で教育問題に取り組む「日豪教育サポートグループ」と合同で、日本人保護者を対象にした「日本語ヘリテージ・ランゲージ・コース」セミナーを開催しました。パネリストにボードの担当者を迎え、シドニーの日本人コミュニティーと行政との接点ができたと思います。 ちなみに、このセミナーの参加者は主催者側も含めて約50名で、この問題に関心を持つ人が増えてきていると思いました。 日本語は、フランス語と中国語と並んで、一番人気の高いHSC言語コースです。その受講者の特徴は、日系生徒以外の受講生数が日系生徒に比べて圧倒的に多いということです。また、日本出身の教師の割合が少ない点も特徴です。このような特徴をとらえた上で、親のバックグラウンドにかかわらず、現地校で日本語を学びたいと願う生徒の1人でも多くが、日本語を選択できる環境にしていくには、今後とも強い政治的社会的なサポートが必要ですので、私たちの活動をより多くの方々に支えていただきたいと思います。
■HSC日本語対策委員会の連絡先
Email:hsc.taisaku@live.jp
Web: hscjapanese.web.fc2.com/index.html
■次号では、HSC日本語対策委員会の活動について、お聞きします。

ヘリテージ・ランゲージ・コースに関するセミナーの様子
ヘリテージ・ランゲージ・コースに関するセミナーの様子

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る