本当は欠けていない/福島先生の人生日々勉強

福島先生の人生日々勉強
本当は欠けていない

もしも私たちの頭と心が戦ったら、どちらが勝つでしょうか。頭が勝つ時もあるような、でも、やはり心の状態に左右されているかも……。どちらかと断言することはなかなか難しいですね。では実際、どちらが強いのでしょうか。

例えば、宿題を怠けて先生からこっぴどく叱られた生徒がいるとします。その場では「ごめんなさい。次からはちゃんとやります」と頭を下げるかもしれません。しかし下校の時になると友人に「やれって言うのは簡単だよな」「あんなにたくさんの宿題、できるわけないじゃないか!」と愚痴や不満を言ったりします。似たような光景が、大人の社会でもよく見られますよね。頭と心のどちらが強いかは、こうした場面を想像してみると、よく分かるのではないでしょうか。

「ごめんなさい。次からはちゃんとやります」と謝っているのが「頭」=「建前」。後で友人に愚痴や不満を言っているのが、「心」=「本音」です。どうしても、頭と心とでは、心のパワーの方が強くなります。建前は本音に太刀打ちできません。にもかかわらず先生の前で本音が出ないのは、理性というふたで抑えているからです。先生に頭を下げるというふたをすることで、本音が溢れないようにしているわけです。

更に言えば、愚痴や不満でさえ真の本音とは言えません。愚痴や不満のずっと奥に、真の本音があります。それは「先生から認められたい、理解してもらいたい」という気持ち。心の底では愛を求めているのに、認めてもらえない、理解してもらえない。その結果として、求愛は恨みや憎しみとなり、愚痴や不満となって噴出することになるのです。

恨んだり憎んだりする気持ちは、心の「ごみ」のようなものです。それなら、ごみを捨てればきれいな心に戻るはず。しかしここに落とし穴があり、ごみを捨てるという前向きな行動の大切さは「頭」では理解できても、「心」の中までは浸透しません。なぜなら、そこに「ごみ」があるからです。相手に対していつも内心に不満や怒りを抱いていれば、何かをきっかけにして相手を裁こうとします。相手もやり返し、人間関係は崩壊する恐れがあります。心のごみは、ふたをして隠しても溜まっていくばかりか、いつか溢れて自己嫌悪、自己処罰へと向かう怖さもあるのです。

心のごみをなくしたければ、「欠けている自分や相手」に何かを足そうとする前向きな発想をやめることです。人間は月と同じ。本当はまんまるなのに、見る角度によって欠けて見えるだけ。少し時間を置けば、反対側も見えてきます。自然に身を任せていれば良いのです。


福島先生の教育指導

教育専門家:福島 摂子
大阪府出身。31年間、教育に携わり、教育カウンセリング・海外帰国子女指導を主に手がける。1992年に来豪。シドニーに私塾『福島塾』を開き、社会に奉仕する創造的な人間を育てることを使命として、幼児から大学生までの指導を行う。2005年10月より拠点を日本へ移し、日々活動の幅を広げていく一方で、オーストラリア在住者に対する情報提供やカウンセリング指導も継続中である。

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