欲張らない

福島先生の教育指導

福島先生の人生日々勉強
欲張らない

仏法に、「五眼」という言葉があります。肉眼(にくげん)、天眼(てんげん)、慧眼(えげん)、法眼(ほうげん)、仏眼(ぶつげん)です。肉眼は普通の人間の目で、天眼は時間と空間のすべてを見る目、慧眼は智慧の目で、法眼は真理を見る目、仏眼は限りない慈悲の目、仏様の目です。人間が持つ肉眼は、欲望の目と言われます。私たちは肉眼でばかり見ているから、天眼や慧眼が衰え、法眼や仏眼を失ってしまったのかもしれません。

いやいや、私はそんなに欲深くない、と反論したくなるかもしれません。しかし、欲というのは、得をしたいという単純な思いだけではないのです。たとえば、親は、わが子をこんな風に育てたいという願いを持って子育てをします。ですから、勉強でもスポーツでも芸事でも、大小さまざまな目標を立てて指導をします。

ところが、子どもはそう簡単に親の思惑通りには伸びてくれません。100点を目指していたテストで50点しか取れなかったり、コンクールで予選落ちしてしまったりして、がっかりした覚えが少なからずあるものです。しかし、この「親の願い」こそが肉眼なのです。成績の良い子であってほしいと思うから、「50点しか取れなかった」とがっかりして、余計な小言を言ってしまうのです。そんな調子では、子どもも親も不幸な毎日を過ごすことになりますね。子どもというものは、思いやりの心、慈悲を持って見守ってやれば、皆それぞれにふさわしい人間に育ちます。子どもの心に寄り添って子どもの立場から見ること、それが仏眼です。こうあってほしいという肉眼で見てしまうと、物事の本質が見えなくなります。

また、目標を立ててがんばるタイプの人や完璧主義の人は、こうありたいと願う気持ちが強いので、心身がこわばり、辛い思いをしてしまうことが多いですね。100パーセントの結果を目指すと過度のプレッシャーがかかり、本番で失敗する確率が高まるということもそうですが、欲が深すぎるせいで今手掛けていることの本質が見えなくなるということが1番の問題点であると言えます。自分の問題に限らず、こうあってほしいという肉眼で相手を見ていると、親子も夫婦も円満にはいきません。

生きていくということは、結論を出すこと、解決すること、良い結果を出すことではありません。朝起きて、ご飯を食べたり、働いたり、遊んだり、何もしなかったり、元気だったり、病気だったり。人と出会ったり、別れたり、嬉しかったり、悲しかったり。そうした日常のすべてが生きていくということです。物事の結果は、日常の一環に過ぎません。結果にこだわるということは、欲深く、目が開かれていないということです。仏眼を養い、慈悲の心で接すれば、世界は、まるで違ったものになるでしょう。


教育専門家:福島 摂子
大阪府出身。29年間、教育に携わり、教育カウンセリング・海外帰国子女指導を主に手がける。1992年に来豪。シドニーに私塾『福島塾』を開き、社会に奉仕する創造的な人間を育てることを使命として、幼児から大学生までの指導を行う。2005年10月より拠点を日本へ移し、日々活動の幅を広げていく一方で、オーストラリア在住者に対する情報提供やカウンセリング指導も継続中である。

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