【新シリーズ】出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の壱:「オーストラリアの大地へ」

今月から始まる当シリーズでは、私のオーストラリアでの45年間を振り返りながらその間の日本料理の変遷を併せて紹介していきたいと思います。

1972年、秋深まる11月5日、横浜からシドニー、ピアモントに向かうP&Oの貨客船に乗り込みました。横浜まで送ってきてくれた今は亡き弟と別れを告げ、船の桟橋の前で出国手続きを済ませた後乗船しました。それまでにも何度か船旅を経験したり、また旅慣れていたせいか、なぜかリラックスした気持ちで、紙テープを見送る人に飛ばしながら別れを惜しみ、うっすらと日が沈む横浜の街を、当時はやっていた「ブルーライト横浜」を口ずさみながら、ゆっくりと離れていきました。

私がシドニーへの船に乗るきっかけとなった人物は、サンフランシスコで出会ったアデレード出身のオーストラリア人ビジネスマン。私が初めて出会ったオーストラリア人でした。彼は日本文化が好きで、日本食も大好きということで、とても気が合い話が弾みました。

当時の私は、オーストラリアに関してほとんど知識も無く、未知の国で、未発達というイメージを持っていたのですが、彼との出会いがそのイメージを払拭してくれました。オーストラリアはチャンスに満ちており、可能性を秘めた新しい国だと思い、非常に興味が湧きました。

彼も私の日本食の普及活動に興味を持ってくれ、近い将来日本のレストランを開こうということで共感し、彼のスポンサーでオーストラリアに呼ばれることになりました。そして、運命に導かれるようにして、アメリカでのイベント・ワークから帰国して数カ月後にはオーストラリアへ向かう船に乗船していました。

横浜港からシドニー港へ11日間の旅でした
横浜港からシドニー港へ11日間の旅でした

その当時の乗船費は25万円(A$=430円)ぐらいだったでしょうか。目的地シドニーまでの航海は11日。その間の個室の部屋代、食事代はこの中に含まれていました。また、船は500キロまで荷物の持ち込みが無料でした。しかし、私はスーツケース1つに、登攀用具を入れたキスリング・バッグ。スーツケースの中には総合食品辞典、日本料理法大全。趣味の少林寺思想の本と道衣、衣類、お下がりのカメラなど。

職業柄、調理用具。数本の日本包丁(うすば、出刃、刺身包丁、むき包丁、もりばしなど)と砥石など。その他に、包丁式のための包丁とまなばし。紬の着物と角帯に抹茶、お茶碗、茶筅。硯、筆と墨。氷の彫刻用ののみとのこぎり。お花ハサミに剣山などを食文化を広めようと持参しました。

船の食事は、朝食、モーニング・ティー、ランチ、アフタヌーン・ティー、ディナー、サパーまで付いていて、夕食はフル・コース。前菜から、デザートまで、飲み物も料理にマッチしたものが選ばれていました。船の中の料理は、全体的にまとまっていて、スマートに盛り付けられて、サービスが行き届いていましたが、多分今の料理とはかなり内容が異なるかもしれません。

持ち込んだ包丁。3本のうち、1本が父から受け継いだもので比べてみると研ぎ込んで細くなっているのが分かります
持ち込んだ包丁。3本のうち、1本が父から受け継いだもので比べてみると研ぎ込んで細くなっているのが分かります

45年前は食材のバラエティが限られていたので、限られた食材を使って、フランス料理風ならバターが利いたものが多かったし、ドイツ系ではサワークラウトやリッチなジャーマンソーセージ。イギリス系のものはローストビーフにゆで野菜にマッシュポテトなど。既に幾つかのアジア料理も出されましたが、フライド・ライスや肉と野菜をブラックビーン・ソースで炒めたものなどがあったように記憶しますが、当時は日本のものは全くありませんでした。

時にはキャプテンが主催するキャプテン・ディナー。エグゼクティブ・シェフ・ディナーなどが催され、エグゼクティブ・シェフ・ディナーの際は、テーブルに総料理長があいさつに回ってきてくれて、同じ料理人の仲間として話が弾みました。料理人は当時から、インターナショナルで、インドネシア人、アメリカ人、フランス人など国際色豊かでした。

という具合に、ひっきりなしに食べていたのでデッキでの運動が不可欠でした。当時は今の船旅のようなファンシーな設備がなく、デッキには小さなプールがありましたが、運動するスペースとベンチがあるぐらいでした。船内には卓球があり、相手を見つけては、マッチをしていました。海が荒れていると卓球のボールを追いかけるのが大変だったのを思い出します。海が荒れると、プールにアサの網が張られ、水着なんて持っていませんでしたから、短パンで網の上で子どものように遊んだのを覚えています。(参照:pandosnco.co.uk/cathay_chitral.html



出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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