グアムのナマコと船上ダンス

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の弐:「グアムのナマコと船上ダンス」

横浜を後にし船は11日間の航海に出ました。最初の寄港先はグアム。グアムにはアメリカ軍の基地が置かれていますが、観光地として発展も遂げています。しかし、当時のグアムは今以上に軍事色が濃く、限りなく続く鉄条網の張られた基地の光景には、独特の雰囲気がありました。

桟橋にはアメリカの軍艦が何隻も停泊し、街ではアメリカ兵が多く見受けられました。日本では戦後、復興に力が注がれ、経済が安定し始めていましたが、世界はまだ平和には至っていないということを思い知らされました。そんな中、私は岸壁に降り立ち、まずは近くを散策。しかし、これといって特に見るものもありませんでした。唯一、グアムの美しいアクア・ブルーの海は心を癒してくれました。また、岩礁には目を見張るばかりの大きな赤紫のナマコがたくさん生息しているのを発見。そんなにたくさんのナマコを見たのは、それが最初で最後です。

私にとっては3大珍味のナマコを見逃すわけにはいかず、素手で数個捕獲して、袋に入れて船に持ち帰り、デッキで休憩中のシェフたちに見せてみました。誰も食べたことがなかったのですが興味を示してくれ、船の厨房で実験が始まりました。食あたりになるといけないので、さすがに生は避けました。まずは塩でぬめりをしっかり取ってから、縦に切って両端をそぎ落とし、グリルしました。さらに小さめにスライスしてから、フルーツ・ビネガー、砂糖、シェリー・ワイン、黒胡椒の中に漬け込み、冷凍し2日後、横浜港を出る時に買ったキッコーマン醤油をタレにして、いよいよシェフたちと試食。

3大珍味の1つ、ナマコ
3大珍味の1つ、ナマコ

彼らにとって初めてのナマコ。何とも言えぬ顔付きで、”Interesting taste and texture!” のひと言。それ以上の興味もないようでした。このナマコ、私にとっては大味で、身が緩過ぎるし、しこしこ感が欲しいというのが本音でした。やはり南の海は水温が高く、魚介類にとってのんびりした環境を作っているのでしょう。さすがの私も船旅の前半で食中毒を起こしたくないので、この時はなまこの内臓、このわたは食しませんでした。後に、フィジー産のナマコのコンサルタントをする際、この経験を生かせました。

船旅は飛行機の旅よりもゆったりとしていて、船上でのソーシャルな付き合いには格別なものがありました。小さな貨客船には限られた娯楽施設しかありませんでしたし、多少の部屋の等級の違いは有りますが、豪華客船のような等級別の隔たりが無く、食事は同じ。和気あいあいとした雰囲気があり、素朴な船旅の中で、自ずと会う人たちとあいさつを交わしたり、少しずつ距離感が縮まり、仲間意識が芽生え、絆のようなものが生まれていました。

同時に、船旅にはゆっくりと自分を見つめ直す時間がありました。9人兄弟(2番目の兄は既に他界していましたが)の四男坊であった私は、長男が親の店を継ぐことになっていたので、親からもらった自由な時間をどのように生きるか考えていました。

四条真流家元、獅子倉先生から頂いた「日本食文化を海外で広めることに邁進してくれ」という言葉に使命感を抱きながら、自分の立ち位置を確認し、問い直しながら、夕暮れ迫る太平洋の水平線を見つめていました。沈む太陽には日の出のような勢いはなく、消えていく姿に複雑な寂しさも生まれましたが、私の場合、食事の時間になると、気分が一転し、船旅はまさに宿付き、食付きの天国となります。

夕食を終え、お腹がいっぱいになってからデッキに出ると、景色は日中と違った趣になります。真っ暗な中、月光が水平線をスポットライトのように照らし、航行する船にいつまでも寄り添います。その情景は穏やかで、オーケストラのコンサート・ホールのようで、どこからともなくメヌエットの曲が流れてきそうな気がしました。面白いもので、お腹が満たされると同時に、のんびりしてきて、思考力が下がり、ボーっとしたくなるものです。何も考えないで、美しい月の光を眺めながら、ゆっくりと時間が流れるのを楽しんでいました。

やがてサパーの時間になりますと、飲み物と軽いスナックとデザートが並び、ホールではライブ・ショーが始まり、生演奏と一緒に乗船客も踊り始めます。なんと80歳近くの婦人たちもダンスをし始め、若者が少ない船内、若い私に向かって”Shall I dance with you?”とアプローチし、当時20代だった私をリードしてくれました。その開放感、彼女たちの人生を楽しむ姿勢に感動し、深夜まで踊り明かしました。これがシドニーに着くまで、続きました。今は、私も彼女たちの年代に徐々に近づいていますが、思い出しても、彼女たちのあのエネルギーには敬意を称します。



出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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