オーストラリアの食の可能性を感じたアデレード訪問

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の拾:オーストラリアの食の可能性を感じたアデレード訪問

「スキヤキ・ハウス」のコンサルディングが一段落したのを機に、シドニーでのレストラン・オープンに向けての話し合いを進めるため、ビジネス・パートナーのマリー氏の元へ、初めてアデレードを訪れました。

当時、オーストラリアの主流の国内線には、今はなき航空会社のTAA(Trans Australia Airlines)やアンセット(Ansett Australia)がありました。そのころのシドニー空港はがらんとしていて、国内線になると手続きやセキュリティーも簡素で、飛行機にエアバスいう言葉が使われることがあるように、今以上に移動手段としての乗り物感が強かったです。

マレー氏とはアメリカで会って以来で、アデレード空港まで出迎えてくれ、お互いに再会を喜び合いました。私にとって初めてのアデレードということもあり、サウス・オーストラリアのワイナリーの1つマクラレンベールまでドライブに連れて行ってくれました。その間、オーストラリアン・ワインや食材について、ヨーロッパやアメリカなどの話も交えて会話が大いに弾みました。

夏のアデレードはシドニー以上に暑かったです。空港を出て、美しいアデレードの街を走り抜け、郊外に出るといつの間にか民家もポツポツとしかないオーストラリアの田舎の風景が現れ、間もなくすると奇麗な格子状にプランテーションされたブドウ畑の緑のなだらかな丘が続く景色が、目の前一面に広がってきました。

開け放たれた車窓から顔を出すと収穫を待つほのかなブドウの香りがしてくるような気さえしました。更に車は進み、遥か彼方に見える海の方へと向かっていると、車線を変え、車はブドウ畑の中へと入って行きました。

舗装されていない畑道を走りながら、どのような所に連れて行ってもらえるのかと、気持ちが高まりました。やがて、ぽつんと畑の中に1軒、大きくもない建物の前で車が止まりました。そこは、マクラレンベールで古くから親しまれている「ザ・サロピアン・イン」というレストランだと案内されました。

中に入ると、薄暗い感じはオーストラリアなのに、ヨーロッパのことを思い起こさせられるような雰囲気が漂い、ワインの香りがしみこんだテーブルにはこの小さなレストランの歴史を感じさせられました。ワインはデキャンタで出され、なみなみとグラスに注がれ、料理は当時のクラッシックなヨーロッパ風のタッチが心地良く、サービスの仕方が自然で、嫌味がありませんでした。

フレンドリーではあるけれど、よく気が付くフロア・スタッフの姿勢を、こんな田舎で味わえるとは考えてもいなくて、彼らのホスピタリティーに感動しました。今でもその日のことは、私の脳裏に焼き付いています。シドニーでも、その時味わえたサービスはなかなか出合えない時代でした。

短い滞在でしたが、アデレード・マーケットを案内してもらいました。素朴なマーケットでしたが、どのような食材が並ぶのか非常に興味がありました。いつもそうですが、地元のマーケットにいくとワクワクします。アデレード・マーケットはシドニーのパディス・マーケットとは違い、日・月が休みで、平日は開いていました。

また、今のように大きなスーパーやショッピング・センターもなく、今以上に当時は地元の人たちの台所を預かる貴重な市場としてにぎわっていました。また、ヨーロピアン風のデリカテッセンやチーズの店が多かったのを覚えています。野菜、鮮魚、肉などもそれなりに豊富でした。

しかし、シドニーと違っていたのは、アデレードには原住民のアボリジニーの人が多く、マーケットには、その当時からブッシュ・タッカーと呼ばれる、オーストラリアのアボリジニーの人たちの食材が並んでいました。今まで味わったことのない新しい味に、大変興味をかき立てられました。今でも、ブッシュ・タッカーはオーストラリアのシェフたちにとってチャレンジし甲斐がある、オーストラリアの食材の1つです。

その後、アデレードは、やがてオーストラリアで代表する食のイベントの1つ、テイスティング・オブ・オーストラリアの舞台となり、世界に誇るバッロッサ・ワインを持ち、オーストラリアの代表的な料理研究家の1人マギー・ビアの活動拠点となり、ポート・リンカーンのブルー・フィン・ツナの養殖、カンガルー・アイランドのユニークな乳製品などなど……サウス・オーストラリアは食の可能性は無限に広がっています。

このアデレードの訪問によって、オーストラリアは今後の食材開発の可能性を秘めた国だと認識させられました。当初、オーストラリアに感じていた不安な部分が徐々に払拭されオーストラリアに賭ける気持ちが強くなりました。また、私がオーストラリアに長く移り住むきっかけの1つともなりました。


出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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