日系企業へのイベント・ケータリングの開始

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の拾弐:日系企業へのイベント・ケータリングの開始

戦後、30年を過ぎたころは海外に向かう日本企業、日本人が増え、シドニーでも1970~80年代に日本企業、政府関係が活発に動き始め、オーストラリアにおける日本企業進出の基盤が整えられました。「スキヤキ・ハウス」を訪れるダーク・スーツに身を固めた日本のビジネスマンの数は、日々、増えていきました。食事の合間にダイニングにあいさつに出ていくと、いろいろな企業の方々と話をする機会を得られました。皆さまそれぞれ今後の展望を情熱的に語ってくれました。そのような活気に満ちた雰囲気には、日本からの新しい波が寄せてくるような勢いを感じられワクワクさせられました。当時、日豪の調印式や、契約会社設立に伴う式典、イベントなども開かれ、日系企業が活気に満ちてきていることが、彼らとの会話から読み取れました。

そのような背景の中、ある企業の方から「社長宅で接待があるので手伝ってもらえないか」と相談を受けました。日本からのVIPの来豪に当たり、接待で会食を催すこととなり、本格的な日本料理の提供をお願いしたいとのことでした。当時は、アメリカでもそうでしたが、家庭でのパーティーは、それぞれの社長夫人が先頭に立ってメニューを考え、指揮に当たられていたので、彼女たちには私のような料理人はとても重宝がられました。

特にオーストラリアでは、食材も限られ、伝統的な日本料理でおもてなしをするのは、大変でしたので、日本料理の技術を駆使した料理の提供には、チャレンジのし甲斐がありました。また、アメリカ時代にお世話になった日本企業からのバックアップもあり、依頼は徐々に増え、忙しくなってきました。この経験は、後に、私のビジネス展開に向けて大変有意義なのものとなりました。日本企業への高級日本料理提供のイベント・ケータリングを始める機会を得られました。

レストランとケータリングの大きな違いは、お客様を迎え入れるダイニング・スペースが常時あるかないかです。ケータリングは、会場がイベントにより異なり、ケータラーが、イベントに合わせて、会場を設立しなければならず、その準備や段取りには大変な時間と労力が掛かります。人材派遣会社もありましたが、日本料理の経験者は少なく、自分で人材集めをするために常にアンテナを張っておかねばならず、頭の痛いことも少なからずありました。しかし、イベント・ケータラーの利点は、何と言っても前もって予約を受け付け、人数のぶれが最小限で抑えられ、確実な収入があること。更には、自分のデザインした料理を各イベントで演出できる点が、チャレンジでもあり楽しみでもありました。

イベント・ケータリングでは今では当時から比較すると、巨大なホスピタリティーを提供することが求められます。大きなセントラル・キッチンを構え、あらゆる状況にも対処できる、バラエティーに富んだ演出の提供ができなくてはなりません。また、今日はレギュレーションが厳しく、衛生面、物流の問題なども大変です。昔はいろいろな面でケータリングが自由だったと、懐かしく思います。

その後、いろいろな企業とのイベント・ケータリングをさせて頂く中で、思い出深い出会いがたくさんありました。その中の1人に、今は亡きトーレント北村氏がいらっしゃいます。北村氏は日本の企業で最初にオーストラリアに根付いたパイオニア的存在の総合商社・兼松の初代社長のお孫さんで、イベントでお会いすることがあれば必ず声を掛けてくださいました。そして、あるワイン会社のイベントがキリビリのロイヤル・ヨット・クラブで行われたのですがそれがお会いする最後になりました。その時は、奥様を亡くされたばかりだったようで、気を落とされていらっしゃいました。少し奥様のお話しをし、懐かしんだ後、北村氏から差し上げたい本があると申し出られました。数日後、私の元に届いたのが、「Kanematsu’s Great Gift: The Story of the Kanematsu Memorial Institute at Sydney Hospital=Ronald Winton著」という本でした。この本のやり取りが北村氏との最後の交流になってしまいました。

この本を読み返すたび、総合商社「兼松」が残した軌跡、そして日本が海外とのビジネス展開を推し進める中で、人間関係、信頼関係を築き上げ、社会に貢献できる力を持つことの重要性を感じさせられます。長いスパンでビジネスの成功を導いていくために重要なことを学ばせて頂くことができました。


出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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