ロトイティ湖のオレンジ・トラウト

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の拾八:ロトイティ湖のオレンジ・トラウト

オークランドを離れる時が来ました。ニュージーランドにいる間に訪れてみたい場所が2カ所ありました。それは、温泉で有名なロトルア、そして登山目的のエグモント山でした。ロトルアに向かう途中、ピーターのお母さんから紹介された、ロトイティの湖畔の友人のお宅に、数日滞在させてもらいました。

当時は、観光バスは少なかったので、私はローカルのバスを使って、オークランドから2時間ほど掛けてロトイティ湖に向かいました。

ロトイティ湖は、私の知っていた日本の箱根のように観光化が進み便利な湖畔とはほど遠く、手つかずの自然の情景がそのまま残されていて、すがすがしい空気が体の芯まで流れていくような言葉にしがたい感覚を味わいました。更に、ロトイティには人も少なく、湖畔には山からの冷たい水がたたえられ、海のような波ではなく、風で水が波立ち、ささやくかの如く波が岸に寄せます。湖の水面は時が止まったような静寂感があり、スピリチャルなエネルギーを多分に受けているような気持ちにさえさせてくれました。

宿泊先のカップルが、私が料理人だということもあり、ぜひニュージーランドのマスを食べさせたいと言うので、ロトイティ湖にマス釣りに行こうということになりました。私はせっかちな江戸っ子気質を持ち合わせていて、待つのがあまり好きなタイプではないので、釣りは得意ではありません。

しかし、彼らの熱心さと、ニュージーランドのマスを食べてみたいという気持ちに駆られ、夕暮れ迫る、寒々しい冬空の中、友人の家の敷地内から、小さなぺブルに敷き詰められた道を通り抜け、湖畔へと向かい、水辺につながれた小さな手漕ぎボートに大人3人で乗りこみました。ゆっくりと湖に吸い込まれるように沖へとボートを漕ぎ進めていきました。そして釣れそうな場所に来ると、オールを漕ぐ手を止め、静かに湖水に糸をたらし辛抱強く待つこと約1時間ほど。糸に小さな引きを感じました。なるべく糸への抵抗が少なくなるように、ゆっくりと引き上げていくとマスでした。想像とは違い、容易に釣り上げることができました。しかし、興奮して釣りあげたので、手漕ぎボートは大きく揺れ、危うくボートが転覆して冬の湖に投げ出されそうになりました。無事、難を逃れた私たちはみんなで大笑いしたことを思い出します。

釣れたマスは4キロ近くあるオレンジ・トラウトでした。話を聞くと、ブラウン・トラウトやレインボー・トラウトはこの辺りでよく釣れるらしかったのですが、オレンジ・トラウトは珍しいと教えてくれました。オレンジ・トラウトは、名前の通り他のトラウトよりも、見た目がほんのりオレンジがかっています。

大物が1匹釣れたので、持って来たバケツにマスを入れ、意気揚々と家に戻るころには、すっかり日が暮れ、さっそく料理に取り掛かりました。

釣ったマスはヨーロッパで見たマスにとても似ていますが、下あごがより発達し、上あごより突起しています。可愛い顔とは言えませんが、腹の辺りからしっぽにかけて光ったオレンジ色が美しい輝きを持っていました。釣ったばかりのマスは、匂いが新鮮で、すっきりした自然な匂いでした。また、淡水魚独特の強い滑りがありました。包丁を入れると、オレンジ色の鮮やかな身が現れます。それを3枚におろし、片身を塩でしめ、シドニーから持参したキッコーマンのしょうゆとみりんの代わりにシェリー酒、ヒッコリーのチップで裏庭のバーベキューでスモークしました。

あとの片身は塩、砂糖とりんご酢で酢じめにして、日本から持って来た包丁と包丁さばきで、マスのお造りにしました。キリっとしまったニュージーランドのスパークリング・ワインでこの日の出会いを祝いました。マスの骨と皮でお吸い物を作り。中落は佃煮にして、マスを食べつくしました。

今までニジマスしか見ていなかった私にとっては夢のような贈り物となりました。オークランドでのウナギにしろ、トラウトにしろ、淡水魚は特に、寄生虫が心配です。そのため西洋料理ではスモークにすることが多いです。生で刺し身で食べる場合は、酢じめにすれば生でも食べられる場合があります。


出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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