ゴリアテ・ナナフシの治療

オージー・ワイルドライフ 診療日記

第44回 ゴリアテ・ナナフシの治療

大学を卒業して獣医として働き始めたころ、獣医学生時代の5年間で学んだことはほんの基礎でしかないと毎日思い知らされながら、仕事の合間を縫って更に勉強に励んでいました。

今では哺乳類、爬虫類、鳥類のいろいろな種の動物を次々と治療出来るだけの知識と技術が身に付きましたが、最近、またしても己の未熟さを痛感させられる出来事がありました。「線路の近くで脚から血を流していた」と保護され病院に連れて来られたのは、ゴリアテ・ナナフシ(Goliath Stick Insect)。体長約20センチで長い脚を持つ昆虫で、オーストラリアに広く生息していますが、ユーカリの木の枝などにとても上手に擬態しているため、人間がその存在に気付くことはなかなかありません。飼育にはあまり手がかからないことから、家庭や小学校などでペットとして飼われることも多くあります。

保護されたゴリアテ・ナナフシ
保護されたゴリアテ・ナナフシ

今回、患者として病院にやって来たナナフシは、左前足の付け根の節の部分が破れ、その傷から血リンパと呼ばれる体液がにじみ出ていました。幸いけがをしている脚を動かしたり歩いたりすることに支障はなく、傷の消毒と痛み止めを与えて様子を見ようということになりました。

しかし、いつも動物に使っている消毒薬を昆虫に使って害は無いのか? 痛み止めの種類や用法、用量は? そもそも、昆虫の痛覚は他の動物とどう違うのか、などと分からないことや考えたこともないことがたくさん浮かんできました。大学で得た虫に関する知識は、寄生虫の生態やその駆除の方法ばかりで、虫の治療について耳にしたことなど全く無かったからです。

本や論文などを探しても、虫の治療についての記述はほとんどありませんでしたが、他の動物園の獣医から傷の消毒と痛み止めの用量についてだけは何とか情報を得ることが出来、応急処置を施すことが出来ました。翌日には傷も塞がって、野生に返すことができました。

これからまたいつどんな虫が患者として現れるかは分かりません。昆虫の治療は未知の領域ですが、少しでも勉強しておかなければと思わされました。


■床次史江(とこなみ ふみえ)
クイーンズランド大学獣医学部卒業。カランビン・ワイルドライフ病院で年間7,000以上の野生動物の診察、治療に携わっているほか、アニマル・ウェルフェア・リーグで小動物獣医として勤務。

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