夢を追いかけるのは感謝の手段

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人の個性や生き方、人生観、価値観、夢などによって形成されるライフ・スタイルのほか、街のスタイル、ファッション・スタイル、食のスタイル…など、世の中にはさまざまなスタイルがある。QLD州で見つけた“ほっと”なスタイルとは。

夢を追いかけるのは感謝の手段

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ロフリー久美子・ボブ夫妻

 2007年、65歳以上の人口が総人口の21%を超え、日本は「超高齢社会」に突入したと言われている。それに伴い現在、在宅の高齢者などが昼間にリハビリ治療を受けられる専門施設デイケア・センターなどの、福祉・医療関連施設が増加している。
 ゴールドコースト(GC)在住の声楽家、ロフリー久美子さん(61)は、年に1度、日本のそういった施設を周り、無料リサイタルを開催しながら高齢者らを元気付けるボランティア活動にいそしんでいる。

リュック・サックの旅
 今年は5月に、夫のボブさん(77)とともに日本に渡り、そのボランティア活動を行ってきた。北は北海道から南は長崎まで、26日間で14都市を巡り、デイケア・センターなどでの無料リサイタルを17回開催した。加えて、その旅費作りを目的とした有料チャリティー・コンサートを4回行ったという。
 チャリティー・コンサートは毎年好評で、今年もチケットはすべて完売。無事に日本各地のデイケア・センターを訪問する旅費を賄うことができた。とは言っても、飛行機やタクシーを使えるほどの余裕はない。あくまで、低料金の普通列車を主な移動手段とするのが前提である。
「こちら(豪州)の学生さんみたいに、それぞれ背中に大きなリュック・サックを背負いまして、手にはスーツケースとそのほかにバッグを2つ…、ですから合計で1人4つずつ荷物を抱えて旅をしたんです」。
 背筋をピンと張った、いかにも声楽家らしい姿勢と、語尾にキレを持たせたハキハキとした口調が印象的な久美子さんが、明るく旅の様子を語った。その節々で、思い出話を分かち合おうとするように、隣に座る旅の同士、夫のボブさんに微笑みかける。
「久美子の舞台ドレスや化粧品などもすべて持ち歩いたからね。でもそこが彼女の素晴らしいところなんです。会場がデイケア・センターであっても、コンサートの前には必ずドレス・アップをする。ボランティアだからといって、決して気を抜いたりはしません。とてもプロフェッショナルだと尊敬しています」。
 そう言って、今度はボブさんが敬意を込めた笑みを隣の妻にそっと返した。穏やかに、そして丁寧に重ねられる夫婦間のやり取りが、時の流れを緩やかにしていく。しかし、彼らが実際に日本で行ってきたことは、この穏やかなやり取りからは想像もつかないほどハードでタフな活動と言える。61歳と77歳の夫妻が、1人4つずつ重い荷物を抱えながら、26日間で14都市を巡る列車の旅をし、さらには合計で21回のコンサートを各所で開いたのだ。
こちらから出向いて橋渡し
 久美子さんは武蔵野音楽大学声楽科卒で、過去にオペラ歌手の(故)砂原美智子氏や(故)疋田生次郎氏に師事。1989年に来豪し、シドニー(SYD)で暮らしていた間には、オペラ協会の委員に推薦され、唯一の日本人として10年間奉仕した経歴を持つ。
 ゴールドコースト(GC)には、ボブさんの定年退職を機に移り住んだのだが、常に「音楽を通して日豪の架け橋になりたい」という思いを持つ久美子さんにとって、これはある意味挑戦となった。GCではSYDほど声楽が日本人コミュニティーに浸透しておらず、日本と豪州の架け橋として役立てるほどの需要がなかったのだ。そこで、「待っていても何も始まらない」と意を決して開始したのが、“GC在住”というキャッチ・コピーを背負い、自ら日本へ赴きコンサート・ツアーを行うことだった。
「デイケア・センターなどには、海外旅行などとは縁がないという方も多くいらっしゃいます。そういう方たちにしてみれば、私という日本人と、その夫でオーストラリア人のボブが、GCという地からやって来た、というだけで、ものすごい刺激になるようなんです。さらにGCの場所や土地柄、生活様式などを紹介していくと、皆さんの目がみるみる輝やいていかれて…。日常とは違う新鮮さや刺激が、高齢者にはとても大切なのだと思います。そしてそのような人たちこそ、本当に音楽を必要としている人たちだと私は思うのです」と久美子さんは語る。

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日本各地のデイケア・センターを巡りコンサートを開催しながら、GCの生活スタイルを紹介する久美子さん

人の心をつかむ歌声
 実は、久美子さんのコンサートでMCを務めるのは夫のボブさん。日本語など話せずとも、その場の雰囲気を上手に盛り上げるセンスを持つ彼は、観客にサプライズを与えるエンターテイナーとしてもひと役買っている。こうしてステージ上でも久美子さんをがっちりとサポートするボブさんは、自他ともに認める、久美子さんの歌声の一番のファンであり、最大の理解者。
 「コンサートでは、久美子の歌を聴いて涙を流す人が多くいるんです。私が最初に聞いた時がまさにそうだったのですが、歌詞は日本語なので全く意味が分からないにもかかわらず、なぜか心に深く染みて…。久美子の歌声には、人の心をぐっとつかむ何か力があるようです」とボブさん。
 5月のコンサート・ツアーでも、さまざまなドラマがあった。何に対しても無反応だったデイケア・センターの患者が、久美子さんが歌い出すと突然息を吹き返したようになり一緒に歌い出したこと。それを見た担当の女性介護士が、驚きと喜びで号泣したこと。寝たままの状態で会場に運ばれてきた、目を開けることもままならない患者が、久美子さんの歌に合わせて、唯一自由が利く唇を一生懸命動かしていたこと…。
 2人がこのボランティアを始めてから、かれこれ10年になるというが、今なお続ける背景には、こういった訪問先で遭遇する数々の感動があるからだという。
歌い手としてできるパワー返し
 09年に、久美子さんはオリジナル・ソング(作詞・作曲・ピアノ・歌)「いつまでも」を発表している。
 「歌を歌って皆さんにパワーを差し上げているつもりが、実は反対にパワーをたくさんいただいているんです。これは、私にパワーをくれている皆さんに何かお礼がしたい、ありがとうが言いたい、そういう気持ちで作った曲です」と久美子さん。
 そして今、彼女にはこの曲でNHKの年末歌番組「紅白歌合戦に出たい」という夢がある。それは、その夢に向かって賢明に努力することで、皆にパワー返しをするため。「歌い手としてできる、1つの感謝の手段」なのだと彼女は言う。
「デイケア・センターなどで、高齢の方や体の不自由な方に多く出会いますが、決して人ごとではありません。私の身内にも体の不自由な者がおります。そしてそれを看病している者がおります。また、1人暮らしをする87歳の母もおります。しかし皆、必死に生きている…。それを思うと、“元気な私たちにできることを何でもしなければ”という強い思いに駆られるんです。ですから何としても、紅白歌合戦に出場したいと思っています」。
 5月の旅のコンサートの合間を縫って、ラジオ番組の出演やメディアの取材に精力的に臨んだ久美子さんは、その夢を堂々と公言してきた。そして10月には、再び日本ツアーを開催する。もちろん、ボブさんと一緒に。
 音楽による日豪の橋渡しの一環でボランティア活動に励み、その過程でたどり着いた、一見無謀にも思える大きな夢。しかし、40歳から英語を始め、60歳で運転免許を取得した久美子さんは、どんなチャレンジにも手遅れということはないと言う。それを証明し、皆にパワー返しをするため、彼女はその夢の実現に向けて全力で向かっていく。そこには、どんな時も久美子さんの思いを理解しサポートするボブさんと、そのボブさんに100%の信頼を寄せる久美子さんの、2人3脚のライフスタイルがある。
 今後もそのスタイルは、久美子さんの曲のタイトルのように“いつまでも”続いていくことだろう。その先に、久美子さんが新たに掲げた夢の実現が見えるような気がする。

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