【WH日記】海外での経験も伝えられる理想の先生を目指して – 内山裕斗さん

みんなの「ワーホリ・ダイアリー」

海外での経験も伝えられる理想の先生を目指して

第57回 今回登場のワーホリ・メーカーは?

内山裕斗さん


1993年生まれ・岐阜県出身
学校教員の両親の家庭で生まれた影響で教員を志し、信州大学人文学部に進学。英語教育などについて勉強し、教育実習後に休学し渡米。シアトルの日本語学校でアシスタントの活動を行う。卒業後の2018年4月、ワーキング・ホリデー制度を利用し来豪。現在、シドニー北郊・フォレスト日本語学校でアシスタントとして活動中


日本語環境が少ないオーストラリアで日本語の維持・向上を図り、日本文化の窓口としても重要な役割も果たす日本語補習校(通称:土曜校)。その中のシドニー北郊にあるフォレスト日本語学校で、将来、小学校教諭になることを目指し内山裕斗さんはアシスタントとして活動している。6、7歳の児童のクラスを担当し、授業中は集中が続かない児童のケアや学習をサポートする。授業に付いていけていない、クラスの輪に入れていない子はいないか――。温かくも真剣な眼差しが児童1人ひとりに向けられる。

両親が教員の家庭で、内山さんは生まれた。家庭では教員ならではの苦労話をたくさん聞かされたという。ただ、苦労が報われた瞬間の話などを聞くうちに、その仕事に魅力を感じ、教員という道を目指すことが自身の中で自然と定まっていったそうだ。大学は人文学部に進学、英語教育などについて学びながら夢へと着実に歩を進めた。しかし、その矢先、中学校での教育実習で内山さんは大きな挫折を味わう。

「思春期を迎えた生徒とどう接して良いか分からず、苦しみました。また、受け持ったクラスに何とも言えないぎくしゃくした空気が漂っていて、その空気に影響されたのか、どうしても『嫌われたくない』という思いが心の中で湧いてきて怖くなり、実習中はうまく振る舞えませんでした」

就職活動を間近に控えた時期の出来事だったこともあり、教員の道を一度は諦めかけたという。ただ、その可能性も残しながら、別の考えも思い付いていた。

「一度就職すると、海外に行くことや新しいことを始めるのは難しいという気がしていました。自分の視野も広げてみたかったので、海外に行くことを決めたんです。もし将来教員になるのであれば、海外での経験などいろいろと伝えられる先生になれれば面白いと考えました」

そうした考えの下、大学を休学してアメリカ・シアトルに渡り、現地の日本語学校でアシスタントとして約1年間活動した。その後復学したが、アメリカでの生活で英語の勉強に興味を持った内山さんは、海外での見聞を更に広めたいという気持ちもあり、別の英語圏の国に行くことを決めた。セカンド・ビザで2年間滞在することを思い描きながら、行き先はオーストラリアを選択。卒業後の2018年4月、ワーキング・ホリデー制度を利用し来豪した。

夢への再出発

来豪に当たり、内山さんは滞在先にシドニーを選択。理由は、日本人が多く住む大都市であればアメリカの時と同様の活動ができるのではないかと予感があったからだという。すると、来豪して1カ月後に、ある情報誌に現在の学校の求人募集の広告を見付けた。「オーストラリアでの学校教育にも興味があった」と語る内山さんは迷いなくその求人に応募、冒頭で触れた活動を始めることになった。

日本での教員としてのキャリアはまだないものの、土曜校での活動は5カ月ほどの時間が経ち、アメリカと合わせると1年半近く学校での業務に携わってきたことになる。これまでの経験を通して得たものをこう語る。

「教育実習は約2週間と短期間でしたが、ある程度の長い時間があると1人の子どもをさまざまなアプローチによってよく知ることができると分かりました。大きな収穫でした。こうしたことを知るうちに『やっぱり教員になりたい』と思えたんです」

また、中高ではなく、小学校教諭を目指す思いについても、自身の経験を踏まえ次のように教えてくれた。

「中高と違い、小学校では1人の教員がほぼ全ての授業を担当しますから、子どもをいろいろな角度から総合的に見ることができます。1つの科目から見る優劣ではなく、子ども1人ひとりの良さに気付かせ伸ばしてあげるには、小学校の教員になることが一番だと考えました。自分が子どものころを振り返っても、自分の良い所を見付けて褒めてくれる先生はとても好きでした」

やっぱり教員になりたい――。その心の奥底にあった思いに改めて気付いた内山さんは、当初2年間の予定だったオーストラリアでの生活を早めに切り上げ19年の年明けに帰国、小学校の教員免許取得と教員採用試験に向けて歩み出すことを決めた。

取材中、内山さんに理想の教員像を尋ねてみたが、「まだはっきりとは……」と明確な答えは得られなかった。しかしその後、次のメッセージを寄せてくれた。

「子どもの心を忘れず、児童の先に立つのではなく横で寄り添いながら歩いていける教員というのが、自分の目指す姿かと思います」

ワーキング・ホリデーも含め海外での経験で得た自分の思いと理想の姿。小学校教諭になるというゴールまで、次こそ道は真っすぐ続いていくはずだ。

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