新・豪リークス/TPP大筋合意、その光と影

新・豪リークス

現在TBSのシドニー通信員を務める筆者が、オーストラリアの“ホット”な話題を独自の視点で分析する。あっと驚く“裏情報”や“暴露(リーク)情報”も!?

第3回「TPP大筋合意 その光と影」

今年10月初旬、環太平洋戦略的経済連携協定交渉(TPP)が大筋合意に達した。実現すれば 3,100兆円の経済規模を持つ「巨大自由貿易圏」となるこのTPP の意義と問題点について考えてみたい。

◇TPP交渉ようやく大筋合意

内部告発サイト「ウィキリークス」が暴露したTPP条文の一部
内部告発サイト「ウィキリークス」が暴露したTPP条文の一部

「長く厳しい交渉の末に、TPP交渉の大筋合意に至ったことを、国民の皆様にご報告を申し上げます」

10月5日、アメリカのアトランタで開かれた記者会見で、日本の甘利TPP担当相は、普段通りの落ち着いた口調に少し安堵の表情を浮かべながら語った。

元々ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイの4カ国で始まったこの環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)は、2010年にアメリカやオーストラリアなどが加わった後、13年に安倍晋三首相が「国家百年の計」として日本の交渉参加を決定。以来環太平洋12カ国が協定の合意に向け再三にわたり交渉を重ねてきた。

実現すれば、世界のGDPの約4割を占める人口8億人の「巨大経済圏」となるこのTPP。日本政府は「物品の関税だけでなく、サービス・投資の自由化を進め、さらに知的財産、金融サービス、電子商取引、国有企業の規律など、幅広い分野で21世紀型のルールを構築する経済連携協定(内閣官房TPP政府対策本部)」だと、その意義を強調している。

10月末時点で、まだ協定の条文そのものは明らかにされていないが、各国政府などが公表した協定の概要によると、今回の大筋合意により牛肉、豚肉、米、小麦など農産物や自動車部品などの工業製品の関税が撤廃または大幅に引き下げられる見込みだ。

日本からオーストラリアの市場アクセスについては、現行税率5%の乗用車、バス、トラックの新車の関税が即時撤廃されるほか、輸出額約1兆円のうち94.2%の関税がなくなる。これは、日豪経済連携協定(EPA)で撤廃された82.6%を上回る数字だ。

オーストラリアから日本への輸出は、米が当初3年は6,000トン、13年目以降は8,400トンが無関税となり、小麦などにも国別無関税枠が設けられる。

ターンブル豪首相は、TPPの大筋合意について「我が国の将来の繁栄のための巨大な礎石となる」と述べ、歓迎の意を表明した。

◇日豪国民の受け止め方に温度差も

今回のTPP大筋合意達成の一報は、日本ではトップニュースとして報道され、一連の交渉の経緯も連日テレビや新聞で大きく取り上げられたが、オーストラリア国内での注目度は日本ほどではなかった。

今回の大筋合意後にシドニーの街頭で市民に感想を聞いてみると、しっかりとした意見を持つ人がいた一方で、TPPという言葉すら知らない人も多かったことに驚いた。ある非営利団体に勤務する20代の女性は、「各国の経済をオープンにすることは良いことだけど、多国籍企業がどのくらいコントロールし、力を持つのか心配」と答えてくれた。

また、大筋合意後の日本とオーストラリア両国政府の発表の中にも「解釈の食い違い?」と受け取れる点もあった。今回アトランタでの交渉で最後までもつれたバイオ医薬品のデータ保護期間問題だ。アメリカが主張する「12年」のデータ保護期間に対しオーストラリアや途上国は、それでは安価なジェネリック(後発医薬品)が早く出回らないとし、従来通りの「5年」を求めた。結局両者一歩も譲らないギリギリの交渉の末、「実質8年」で妥協したと日本のメディアは一斉に報道した。しかし、大筋合意直後の10月6日にオーストラリアの国営放送ABCのインタビューに答えたロブ貿易・投資相は、バイオ医薬品データ保護期間を「5年」とする国の基準を「(交渉で)変えなかったし、今後も変えることもない」と明言した。アメリカ側は、「5年」のデータ保護期間はあくまで任意の合意で、これに安全確認のための検証期間「3年」を加えた「実質8年」としているようだが、これほど重要な案件で「解釈の食い違い」が生じるものなのだろうか?(もしくは故意にはぐらかしているのか?)

◇TPP条文をウィキリークスが暴露

このように大筋合意した後もまだ曖昧な点がある理由は、TPPに交渉内容を4年間秘密に保持するという規定があることと、今回大筋合意された協定の条文が未だ公開されていないことが挙げられる(カナダの政権交代により11月初旬にも条文が公開される可能性もある)。

秘密とされるTPPの交渉内容や条文の草案などをこれまで何度となく暴露してきた、内部告発サイト「ウィキリークス」は、今回も“リーク”された協定の条文の一部を公開した。豪公正貿易投資ネットワーク(AFTINET)という市民運動団体のパトリシア・ラナルド代表は、「ウィキリークス」などで暴露された文書を分析し、TPPの問題点を指摘した論文などを数多く発表してきた。ラナルドさんによれば、バイオ医薬品のデータ保護期間や協定に含まれる海外の投資家が相手国に異議申し立てをできる条項(ISDS条項)など、TPPをめぐる諸問題を検証するには「まず最終合意された協定の全条文に加え、サイドノートと呼ばれる付属文書を吟味する必要がある」と語る。

豪ABCのインタビューに答えるロブ貿易・投資相10月6日
豪ABCのインタビューに答えるロブ貿易・投資相10月6日

豪公正貿易投資ネットワーク(AFTINET)ラナルド代表
豪公正貿易投資ネットワーク(AFTINET)ラナルド代表

ロブ貿易・投資相は同じく豪ABCのインタビューで、日本は今回のTPP交渉で、かなりの譲歩を受け入れる“勇気ある決断”をしたと評価したが、言い換えれば、日本は交渉で“負けた”部分がかなりあったということになる。日本は今回の大筋合意により、聖域として関税撤廃の例外を目指していた牛肉、豚肉、乳製品といった重要5項目のおよそ3割にあたる品目の関税がなくなり、日本が関税をかけている9,800品目のうち95%の関税を撤廃することになる。

農業水産省は、TPPへの参加により、国内の農業生産額が大幅に減少し、食料自給率が現在の約40%から27%に減ると試算しているが(※経済産業省は参加しない場合、8兆円を超えるGDPの将来損失があると予測)、今回の交渉で、ニュージーランドは乳製品で粘り、オーストラリアなども医薬品データの保護期間でまさにギリギリまで”大国”に食らいついたのに比べ、果たして日本政府は自国の農家や中小の製造業者などを守るため最大限の努力をしたのだろうか?

今後、TPPの発効に向け、参加各国が議会承認などの手続きを行うことになるが、光が当たればかならず影ができ、その影に隠れた弱者を救うのも“為政者の徳”であることを各国のリーダーたちは肝に銘じて欲しいものだ。


PROFILE
飯島浩樹(いいじま・ひろき)
日本の民放局でニュース番組のディレクターなどを経て来豪。豪SBSの日本語教育番組の制作などに携わった後、TBSのシドニー五輪支局現地代表となる。現在、TBSのシドニー通信員として多くのニュース・レポートを日本に送っている。オーストラリア人の妻、子ども3人とシドニー北部に在住。

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