新・豪リークス/豪中関係、毛沢東記念コンサート中止の背景

新・豪リークス

現在TBSのシドニー通信員を務める筆者が、オーストラリアの“ホット”な話題を独自の視点で分析する。あっと驚く“裏情報”や“暴露(リーク)情報”も!?

第10回「豪中関係に微妙な変化も…
毛沢東記念コンサート中止の背景にあるものは?」

今オーストラリアでは、中国企業による政治献金やインフラ投資の加熱が社会問題化し、新聞やテレビのニュースで連日のように報道されている。そんな中、シドニーとメルボルンで行われる予定だった毛沢東をたたえる記念コンサートが、開催直前になってキャンセルされた。なぜコンサートは中止となったのか? そこから見えてくる豪中関係の今を探る。

◇毛沢東没後40年コンサートが中止に

シドニー市内中心部ジョージ・ストリート沿いにそびえる時計台が象徴的なタウン・ホール。19世紀後半に建てられたビクトリア様式のこの建物の内部はコンサート・ホールになっていて、高い天井にきらびやかな装飾が施されている。

1976年9月9日に82歳で死去した中国共産党の指導者、毛沢東の没後40年に合わせた記念コンサートが、ここシドニー・タウン・ホールとメルボルンで行われる予定だった。しかし粛清運動などにより150万人以上が犠牲になったと言われる「文化大革命」を先導した毛沢東をたたえるコンサートを開くことに、地元の中国系住民らが猛反発。3日間で1万4,000に上る反対請願署名をインターネットなどで集め、タウン・ホールを管轄するシドニーやメルボルンの市当局にコンサート開催を許可しないよう申し入れた。

この反対運動の代表者の1人で、1989年の「天安門事件」当時学生だったシドニー在住のマイク・ゾンさん(53)に直接話を聞くと「文化大革命中に私の祖父は殺された。オーストラリアに住む中国人が、いわばスターリンやヒトラーのような虐殺者である毛沢東をたたえるコンサートをなぜ開くのか?全く理解できない」と語気を強めた。

一方、集まった署名の中には、約6,000の中国語で書かれたコンサートに賛成する書き込みもあり、地元の中国系住民の中でも意見が分かれていたことが伺える。シドニー工科大学(UTS)のチョンジー・フェン准教授は、今回のコンサートのメイン・スポンサーが、中国系の住宅販売会社と文化交流団体で、いずれも中国政府から利益と便宜を享受できる関係にあるとしている。

シドニー市当局は当初、市とイベント主催者とは何の関わりもないと反対運動グループの要請を突っぱねていたが、反対派がコンサート当日に抗議デモを起こす構えを見せたため「イベント開催に当たり十分な安全が確保できない」として、コンサートはキャンセルされることになった。

◇中国元女性ジャーナリストが政治亡命

この毛沢東記念コンサートの反対運動に参加していたウー・ジュンメイ(呉君梅)さん(42)。中国共産党の機関紙「人民日報」のオンライン版の編集などに携わっていたウーさんは、今年2月、シドニー近郊に短期留学していた高校生の息子に会うためオーストラリアを訪れた際、亡命申請することを決意した。以前は中国の地方テレビ局でリポーターやプロデューサーとしても活躍していた彼女は、中国企業による環境汚染について書こうとした記者が、中国政府から買収され、記事の執筆を諦めるケースなどを多く目撃してきた。

毛沢東記念コンサート開催反対を訴える中国系住民。左端が呉君梅氏(シドニー・タウン・ホール前9月7日筆者撮影)
毛沢東記念コンサート開催反対を訴える中国系住民。左端が呉君梅氏(シドニー・タウン・ホール前9月7日筆者撮影)

中国国内では、検閲され目にすることができなかったさまざまな情報にオーストラリアで接したウーさんは、メディアが中国政府のプロパガンダ機関となっている事実を知り愕然とした。「今まで信じてきたものが全て壊れ、とてもショックだった」と真剣な眼差しで語ってくれた。

自らも2005年にオーストラリアに政治亡命申請をした元在シドニー中国総領事館員のチェン・ヨンリン(陳用林)氏にも話を聞くと「天安門事件以降、徐々にメディアの買収を続けてきた中国政府は、今では海外の中国語紙の多くをもプロパガンダのツールとしている」と教えてくれた。

「文化大革命」に関しては、現在の中国政府も「誤り」だったと認めているが、毛沢東自身は、中華人民共和国の建国者として今も大きな影響力を持っている。習近平国家主席は「毛沢東の30年に及ぶ統治時代を否定できない」と述べていて、「ヒーロー」としての毛沢東を復活させようという動きも中国国内にはあるという。「海外在住の中国系住民にもこれを広げようとしている」とチェン氏は指摘する。

◇中国からの投資、政治献金が社会問題化

オーストラリア国内では今、中国政府と関係の深い企業が、与野党の政治家に多額の献金を行っている実態などを新聞など各メディアが連日のように報道し、社会問題となっている。公共放送ABCによれば、13年~15年に中国関連企業が与党自由党に約550万ドルを政治献金したと伝えたのを始め、最大野党労働党のサム・ダスティアリ上院議員が、旅費約1,600ドルを中国系企業に肩代わりをさせ、その見返りとして南シナ海情勢で党の公式見解とは異なる中国寄りの発言をした他、東シナ海での防空識別圏設定にも賛同していたことが発覚。同議員は「私は過ちを犯した」と記者会見で繰り返し謝罪し、党のポストも辞任した。

一方で、中国人投資家によるインフラ投資や土地買い占めの拡大を懸念する声も高まっている。昨年、中国の嵐橋集団が、ダーウィン港の99年間の長期リース契約を5億600万ドルで北部準州政府と結ぶと「国益を損なう契約だ」との批判が噴出。ダーウィンに海兵隊を駐留させているアメリカのオバマ大統領も「なぜ前もって知らせてくれなかったのか?」と苦言を呈した。

その後、中国企業が落札していた牛肉製造大手キッドマン社所有の約7万7,000平方キロの広大な牧場の売却案件は承認されず、今年8月には、シドニーなどで送電事業を行う電力公社オースグリッドの中国企業による買収も「安全保障上懸念がある」として阻止された。

中国からの政治献金問題などを伝える地元紙。シドニーの中国語紙も大きく報道
中国からの政治献金問題などを伝える地元紙。シドニーの中国語紙も大きく報道

このように中国企業への風当たりが強まる中、オーストラリア政府は9月7日、外国人が所有する国内の農地は全体の13.6%で、そのうち中国の投資家が所有しているのはわずか0.5%以下に過ぎず、イギリス、アメリカ、オランダ、シンガポールに次ぐ5番目だと発表、この問題に対する国民の懸念払拭を図った。

9月14日に日本メディアを含む海外メディアと会見したジュリー・ビショップ外相は、自分自身は個人的な政治献金は一切受け取っていないとした上で「オーストラリアで活動する外国企業が自らのビジネス環境の向上のため政治献金をするのは国内企業と同様だ」と述べ、外交政策に関しては、「南シナ海情勢」を含め政府はあくまで国益に適う政策を行っていると強調した。

また、同じく海外メディアと会見したチオボー貿易・投資相は、外国企業の投資について全ての国に差別のない競争条件を保証するため「近いうちに外国企業による投資についての政策方針を見直す」としている。

「中国寄り」と言われるターンブル首相の誕生以来、オーストラリアと中国の関係はより深まるかに見えた。しかし、中国経済の失速や南シナ海情勢を巡る米中の対立などにより、その関係は微妙に変化しつつある。毛沢東記念コンサートも少し前であれば、反対派の要請にもかかわらずそのまま開催されていたかもしれない。世界の保護主義的な動きとともに、今後のオーストラリアと中国の両国関係の行方は、日本にも多方面で影響を及ぼすかもしれない。


PROFILE
飯島浩樹(いいじま・ひろき)
日本の民放局でニュース番組のディレクターなどを経て来豪。豪SBSの日本語教育番組の制作などに携わった後、TBSのシドニー五輪支局現地代表となる。現在、TBSのシドニー通信員として多くのニュース・レポートを日本に送っている。オーストラリア人の妻、子ども3人とシドニー北部に在住。

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