新・豪リークス/「北朝鮮を撮った映画監督ブロイノウスキー氏インタビュー」

新・豪リークス

現在TBSのシドニー通信員を務める筆者が、オーストラリアの“ホット”な話題を独自の視点で分析する。あっと驚く“裏情報”や“暴露(リーク)情報”も!?

第19回
「〝北朝鮮を撮った”女性映画監督、アンナ・ブロイノウスキー氏独占インタビュー」

北朝鮮によるミサイル発射や核実験が繰り返される中、北朝鮮で暮らす国民はどのように感じているのか? 実際に北朝鮮に行きドキュメンタリー映画を撮影、映画関係者や一般国民と直接触れ合ったという映画監督で作家のアンナ・ブロイノウスキー氏へのインタビュー。

◇東京生まれの社会派ドキュメンタリー映画監督

10月30日、ノース・シドニーのホテルで行われたFCAオーストラリア・南太平洋外国人記者協会の会合にゲスト・スピーカーとして招かれたアンナ・ブロイノウスキー氏に、自身が監督し、北朝鮮で撮影を行ったドキュメンタリー映画『Aim High in the Creation』(邦題『プロパガンダが映画を包む時』、2013年、日本未公開)などについて話を聞いた。

――外交官のご両親の元、日本で生まれたと聞きました。

FCA豪・南太平洋外国人記者協会でスピーチするアンナ・ブロイノウスキー氏(写真左)(10月30日、ノース・シドニー・ハーバービュー・ホテル)
FCA豪・南太平洋外国人記者協会でスピーチするアンナ・ブロイノウスキー氏(写真左)(10月30日、ノース・シドニー・ハーバービュー・ホテル)

東京の西荻窪で生まれました、もちろんずっと前ですが(笑)。両親がオーストラリア大使館で働く外交官だったので、その後もイラン、ミャンマー、フィリピン、韓国、ベトナムなどで暮らしました。16歳の時、東京の本多劇場で俳優の加藤健一さんと一緒に女優として出演したこともあります。

――それからどのようにしてドキュメンタリー映画監督になったのですか?

日本のアメリカン・スクールを卒業してから、シドニーの大学で法律を学んだのですが、ある時、ヒッチハイクの旅をしていて、通りがかったトラック運転手に連れ去られるという経験をしました。これで“法律家”になるのがバカらしくなって(笑)、演劇の学校に通うことにしました。その後、90年代の日本の“アングラ社会”を描きたいと考え、『ヘル・ベントー(Hell Bento)』(1995年)というドキュメンタリー映画を作りました。これは、日本のオタクや同性愛者、ヤクザなどの実際の生活や本音を描いたもので、シドニー映画祭で大きな反響を呼びました。私は日本で生まれ、いろいろな国で暮らしたことがあるので、型にはまった陳腐な日本やアジアへの見方は間違っていて「本当のアジアの社会はこうなんだ!」と、訴えたかったのです。

◇北朝鮮に映画を撮りに行く!

――なぜ北朝鮮で映画を撮ろうと思ったのですか?

私の40歳の誕生日に、北朝鮮での取材から帰ったジャーナリストの友人が、故・金正日総書記が書いた映画制作の手引書をくれたのです。その友人は、ジョークのつもりだったのですが、その英語で書かれた小冊子には、ハリウッド風の映画制作手法などが書かれていて、とても興味を持ちました。金正日氏は2万本以上の映画コレクションを持ち、特にハリウッド映画や日本のゴジラなどが大好きでした。私は、隠しカメラで北朝鮮の飢餓や核開発などの実態を暴くということには興味がなく、北朝鮮の人びとが実際にどのようなことを思い、暮らしているのかを撮ってみたいと思ったのです。

――北朝鮮に行くのは大変だったのでは?

故・金正日総書記の映画制作手引き書を北朝鮮人監督に見せるブロイノウスキー監督(ピョンヤン市内、映画『Aim High in the Creation』より)
故・金正日総書記の映画制作手引き書を北朝鮮人監督に見せるブロイノウスキー監督(ピョンヤン市内、映画『Aim High in the Creation』より)

当初、「金正日氏の書いた本について映画を撮りたい」と、あらゆる国の知り合いを通してアプローチしましたが、何の応答もありませんでした。そこで、中国の北京から北朝鮮へのツアーを催行している友人から北朝鮮の映画関係者を紹介してもらい、2012年の6月にピョンヤンで彼らと直接会うことができました。その時にはもちろんカメラはなしでしたが、ソジュというお酒を酌み交わし打ち解けると、それからわずか3週間で、北朝鮮の映画制作現場や関係者へのインタビューなどの撮影許可が下りたのです。このような撮影が許された西側諸国の映画監督は、おそらく私が初めてだと思います。

――北朝鮮国内ではどのような撮影をしたのですか?

故・金正日総書記の寵愛を受けたという映画監督に、外国人は滅多に入れない、ピョンヤンにある映画スタジオを案内されました。そこには、日本の占領下にあった当時のソウルの街のセットがあり、日本語で書かれた看板も立っていました。韓国との軍事境界線にも行き、そこで前線の若い兵士へのインタビューをしました。驚いたことに彼は、『タイタニック』『アバター』『マッドマックス』などのハリウッド映画を観たことがあると話しました。また、年配の映画制作者とは日本語でコミュニケーションをとりました。

――日本語で!?

ええ、彼らは結構流暢に日本語を話します。映画制作関係者らとピクニックに行った時、酒に酔った1人の映画監督から「マイルド・セブンが一番良いタバコ」と聞かされました。撮影中に道に迷い、ピョンヤンの郊外に出てしまったこともあったのですが、その時どこからか歌声が聞こえてきたので、草むらの陰から声がする方をのぞいてみました。すると、お年寄りや子ども、兵士など20人ほどが畑に集まって歌っていました。それは、北朝鮮では非常に珍しい、“将軍様”が歌詞に登場しない歌だったのです

◇北朝鮮の人びとも我々と同じ人間

――撮影中、危険なことはなかったのですか?

晩年の金正日氏を描いた肖像画を撮影した時、その映像を収録したカードを取り上げられそうになりました。とっさに撮影したカードを靴下の中に隠し、別のダミーのカードを当局の監視員に渡しました。当時は金正日氏が亡くなった直後で、若い金正恩氏の下で、北朝鮮も変わるのでは?

という、何か明るい雰囲気もありました。ですから、あまり深く考えないでカードを隠したのですが、今の状況を思うと少しゾッとしますね。

ポーリン・ハンソン上院議員密着ドキュメンタリーについての著書『Please Explain』(2017 Penguin Books Australia)
ポーリン・ハンソン上院議員密着ドキュメンタリーについての著書『Please Explain』(2017 Penguin Books Australia)

もちろん北朝鮮国内は、首都ピョンヤンでさえも貧しく、インフラやテクノロジーもかなり遅れています。ただ、北朝鮮の人びとがあの国に生まれたのは、彼らのせいではないのです。私が話した北朝鮮の若者の多くが平和を望んでいました。彼らも日本人やアメリカ人と同じ人間で、子どもや家族を愛しているのです。もしこのことを忘れるなら、私たちはたやすく世界各国のリーダーたちに“戦争”を始めさせてしまうでしょう。私は一介の映画監督で、政治のことは分かりません。もちろん北朝鮮の現政権はひどい政権です。しかし、戦争はもっと悲惨です。核による紛争解決は絶対に避けるべきなのです。私たちの仕事は、“向こう側”のまだよく理解していない人たちとの架け橋を作ることだと感じています。

16年には、移民排斥などを訴える極右政党ワン・ネーションの党首、ポーリン・ハンソン上院議員に密着したドキュメンタリー映画も撮ったアンナ・ブロイノウスキー氏。先日、来年ピョンヤンで開催される国際映画祭の招待状が届いたという。北朝鮮をめぐる状況は5年前とは違っているが、今度は“日本製”の小型カメラで北朝鮮の今を撮ってみたいと目を輝かせながら語ってくれた。

アンナ・ブロイノウスキー◎ドキュメンタリー映画監督・作家。元駐韓豪大使の父と外交官の母を持ち東京で生まれる。独自の視点で日本のアングラ社会を描いた『Hell Bento』(1995)でドキュメンタリー映画監督デビュー。その後北朝鮮で撮影した『Aim High in the Creation』(2013)やポーリン・ハンソン上院議員に密着したドキュメンタリーや著作で、オーストラリアの優れた報道などに贈られるウォークリー賞などを受賞


PROFILE

飯島浩樹(いいじま・ひろき)
日本の民放キー局でニュース番組のディレクターなどを経て来豪。ウーロンゴン大学院でジャーナリズム修士号を取得後、TBSのシドニー五輪支局現地代表となる。現在、TBSのシドニー通信員として多くのニュース・リポートを日本に送っている。2017年8月より、FCAオーストラリア・南太平洋海外特派員協会会長を務める。

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