70年前日本に 勝ったのが誇り 大相撲力士の母国モンゴル


70年前日本に勝ったのが誇り



大相撲力士の母国モンゴル
文=青木公

国際ニュース反射鏡

 モンゴル国といえば大相撲の力士たち。09年8月26日、首都ウランバートルなど各地で対日戦争勝利70周年記念の式典や催しがあると聞いて、初めてモンゴルへ出かけた。モンゴルで「ハルハ河戦争」といわれる国境紛争は、1939年8月のノモンハン事件。日本の満州関東軍とモンゴル・ソ連軍の戦闘。関東軍が退却して終わった。モンゴル人は、日本をどう見ているのか――。

 夏は青空と草原の国。冬は氷点下30~40度となる。成田からわずか4時間半の隣国だ。ソ連崩壊で20年前に、「人民共和国」から「国」に変わった。大相撲の2横綱以下モンゴル力士は、出稼ぎ成功者である。社会主義時代、NHKの大相撲放送を見られるわけはない。1990年の民主化で、モンゴル人は草原でやるモンゴル・レスリングとは違う、土俵上のおかしな“CYMO”を知った。力士になり手が少ない日本の親方たち。人材をモンゴルに求めたというのが、日本・モンゴル関係だ。

対日戦勝利の記念式に出席のメドベージェフ・ロシア大統領。ジューコフ元帥像の前で対日戦勝利の記念式に出席のメドベージェフ・ロシア大統領。ジューコフ元帥像の前で

 月刊の日豪プレスは、海外日系新聞だが、モンゴル国営通信社は、日本語でA3版8ページの週刊新聞「モンゴル通信」を出している。その記事でハルハ河戦争(対日)勝利記念日を祝うという。ソ連のメドべェージェフ大統領までモスクワから飛んでくる、というではないか。

知ってますかノモンハン事件
 日本では「ノモンハン事件」という。モンゴル東北部と当時の満州の境目とされたハルハ河沿いの丘陵地で戦火を交えた。モンゴル騎兵隊は満州にいた日本の関東軍にはかなわない。兄弟国ソ連に助けを求め反撃。関東軍は、ソ連軍より戦車力が弱体で退却して終わった。
 モンゴルは、祖国防衛戦争で国土を守りぬいたとして、20年目、45年目に祝賀式典をソ連と一緒にやってきた。民主化後、初めて70周年をモンゴル自前でやることになった。民族意識の目覚めだろう。

モンゴル・中国国境は記念撮影の中国人でいっぱい。モスクワ-北京間の国際列車が通過する境界線でモンゴル・中国国境は記念撮影の中国人でいっぱい。モスクワ-北京間の国際列車が通過する境界線で

 短い夏は、モンゴル観光の季節。日本から乗馬好きや、テント様のゲル住居でのキャンプと、人気はある。たぶん、誰も対日戦争勝利の行事があるとは知らない。ワーホリ世代がカウラ事件を知らないのと同じだろう。国営航空の機内は、ディズニーランド見物のリッチなモンゴル人で満員。その機内雑誌は「日馬富士」特集号だった。
 さて、ハルハ河戦勝記念行事の1週間。モンゴル・メディアは、特集、特番であふれ、ロシア、モンゴル、中国、米国、日本から軍事史家が出席する国際シンポジウムも開かれた。
「日本の政府と関東軍では、意見が食い違っていた」「日本軍に押されて一時退却したモンゴル騎兵隊は、スターリンによって粛清(つまり死刑)された」「ソ連がジューコフ将軍(のち国防相)を派遣してくれたので、勝てた。兄弟国の絆は今も強い」「ソ連軍は、対ナチス・ドイツ戦に備えて、軍用機、戦車とも新型で、日本・関東軍は歯が立たなかった」
 といった学術的な発表があり、70年の歳月を感じた。しかし、日本は侵略国という歴史認識は変わっていなかった。 

戦争考古学で歴史発掘
 日本側は、岡山市と岐阜市からの2人で、戦争考古学という新しい手法で、他国の発表を驚かせた。
「私たち戦争世代だけでなく、日本人はこの戦争を知らない。GPS(全方位測定システム)で戦場を検証し、戦史、文献との食い違いを発見した。撃ち抜かれたソ連軍兵士のヘルメット、今も使えそうな弾薬箱、どこの国の兵士か分からぬ遺骨の山を現場で見つけ、映像とメディアを活用して、戦争の愚かさ、平和の大切さを世界に伝えたい」
 主催者のモンゴル国防省をはじめ、各国の参加者から拍手が沸いた。シンポで若手の大学人が「かつて日本とは戦火を交えたが、今は花束を贈り合う中だ」とコメントしたのが印象に残った。

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勝ったのが誇り 大相撲力士の母国モンゴル

ロシアと中国に挟まれて
 記念事業にはモスクワからロシア大統領がやって来た。シベリアから陸軍トラックでやって来たロシア兵も並ぶ中、対日戦の勝利司令官、ジューコフ元帥碑に献花した。モンゴル国は、民主化、市場経済化の後も、ロシアの兄弟国だ。  モンゴル族は地図で分かるように、中国、ロシアにも暮らしている。ロシア、中国に挟まれて、微妙な立場だ。ロシア人の多くは去ったが、銅鉱山には技術者が残っている。安い中国製品があふれ、韓国ビジネスマンも乗り込んでいる。
 駐ウランバートル3度目の城所大使によると、「日本は、ロシア、中国に次いで『第3の隣国』といえるでしょう」。
 日本は、第1位の援助国で、年50億円で発電所や農牧業などを支えている。日本で稼ぐ力士の中には、母国に投資、国会議員になった人もいる。国際援助と出稼ぎ者の送金が、牧畜と地下資源の広大国を生き抜かせている、といえよう。


筆者紹介・青木公(あおき・ひろし)
朝日新聞社友。日豪プレス創刊時に朝日新聞シドニー支局長。定年後、東南アジア、中南米、アフリカ大陸などの途上国を毎年、訪問・取材。現在、国際協力機構(JICA)サポーター。著書に『ODA最前線』『中高年、はつらつと海を渡る』『ブラジル大豆攻防史』ほか。海外日系紙に寄稿

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