2016年5月 ニュース/コミュニティー(2)

「日本食本来の魅力を伝えていきたい」

日本食普及親善大使・出倉秀男氏インタビュー

和食がユネスコ無形文化遺産登録を受けたことを契機に、農林水産省は国内外への日本食・食文化の継承・普及にいっそう力を入れている。その一環として今年2月には、日本食・食文化の魅力を発信し、普及に関する的確なアドバイスを行える日本料理関係者らを「日本食普及親善大使」(以下、親善大使)として任命した。日本国外で任命されたのは13人。そのうちオーストラリアからは料理研究家の出倉秀男氏とセレブ・シェフとして人気のアダム・リャオ氏が選出された。出倉氏は オーストラリアにおける日本料理の草分け的存在で現在はシドニー北部チャッツウッドで日本食カリナリー・スタジオを主催する傍ら、料理評論や日本食に関する書籍の執筆活動などを行いその著作は18 冊を越える。シドニーで日本食の普及に尽力する出倉氏に話を聞いた。取材・撮影=馬場一哉


──特別親善大使への選出おめでとうございます。既にさまざまな活動をされていると伺っています。

「ありがとうございます。今は4月末にニュージーランドで行われる日本食普及のイベントの準備に追われています。5月にはシドニーでも普及イベントがあります。その他、シドニーの有名ファイン・ダイニングとのコラボレーション・ディナーなどもやる予定です」

──実際、日本食への関心はかなり高まっているのでしょうか。

「非常に注目を集めているのは確かです。単純に日本食だけを学ぶのではなく、レストランのシェフが料理に日本のタッチやフレーバーを取り入れたいなどといった狙いもあるようですね。ただ気を付けなければならないのはそういったフュージョン料理にはミスマッチもたくさんあるということです。根本的な部分で日本料理のことを理解していなかったり、また周りに説明できる人がいないなどの問題があるからです。オーストラリアはフリー・カントリーとも呼ばれる通り、気楽に何でも受け入れる気質がありますので画期的なものも生まれやすい。それが驚くほどおいしいという結果につながれば良いですが、そうではないケースも少なくありません」

──それでは困りますよね。場合によっては日本のテイストが誤解されてしまう。

「美味しさのクロスオーバーを実現してほしいですね。僕自身はそういうクロスオーバーはやらず正真正銘の伝統的な日本食を伝えていますが、見事なクロスオーバーを生ませるための土台となる伝統をしっかり伝えていきたいと思っています」

郷土料理に見られる日本食の魅力

──世界にはさまざまな食文化がありますがその中でも日本食は特別だと思われますか。

「日本食文化には他の食文化よりも抜きんでた説得力が背景にあると思います。仏教伝来後、日本国内で仏教が独自の発展を見せたことからも分かりますが、日本は外から入って来たものなどに対しても必ず独自のアレンジをしてしかもその完成度は非常に高い。これは料理にも表れています」

──細かいところにとことんこだわるというのは日本人の気質ですね。

「大先輩たちが何百年もかけて細かく発展させてきた蓄積が日本食のベースにはあります。日本食文化がすごい勢いで浸透するのは背景にそうした並々ならぬこだわりがあるからだと思います」

──日本食の魅力には器の美しさや彩りの豪華さなど食材以外の魅力もありますね。

「日本へ行く時には単純に観光ということではなく、各土地の食文化もしっかりと見ながら旅行すると楽しめますよと僕はよく伝えています。日本各地ではその土地独自の郷土料理が栄えていて、その中にはさまざまな技術が見られます。またその土地特産の漆器などに料理は必ずついてまわります。歴史を振り返った時にどういう人がどういう時にどういう風にその土地の料理を発展させてきたかなど、そういうことも考え始めると本当に面白いですよ。ただ、テクノロジーが登場したモダンな社会になってくると妥協点が出てきて失われるものが出てくるのが残念ですね」

──たしかに、実際帰国時に都市部で食べるご飯にはがっかりすることが少なくないです。どの土地の食材を使っているか分からず、味付けもパッケージ化されているようなものだったりなど。日本に帰ると何でも美味しいという言葉をよく耳にしますが、何を食べてもそこそこ美味しいけど味が均質化していて面白味がないというのが少なくとも都会の外食に対する相対的な印象です。ただ、そんな中びっくりしたのはやはり地方の郷土料理。その土地の食材を使い、その土地で独自に進化してきた食事にこそ日本食の魅力を感じました。

「いい着眼点ですね。最近は田舎のほうで新しいジェネレーションのシェフが活躍することも多くなっているようです。都会は家賃も高いですし、流通が激しいのでゆっくりと料理を見つめることが難しい。競争社会では利益の問題が最優先になりますから、味の問題、クオリティーの問題、そこにひずみが生じますね」

──経済優先のエリアでは美味しくて信頼できて、そして手ごろな価格のものを探すのはなかなか難しいですね。ただスーパーの食材は表示義務があるのである程度信頼できそうです。ただスーパーの表示は消費者の心理を意識してか野菜などの生ものは国産品がほとんどです。実際には日本は中国産の野菜などを大量に輸入していますがそういったものはあまり売れないのかもしれないです。ではその大量の野菜はどこへ消えるのか。そう考えるとやはり外食産業になりますよね。

「日本国内に限りませんが、実際レストランなどでひどいクオリティーの食材を使っているようなケースもあります。利益を追求する状況の中では人間の生活を無視したようなやっかいな問題も起こります」

──日本の外食産業では過度な価格競争が行われていますが、本当に食の安全や食文化の保持を考えるとどこかで踏みとどまらなければならないと僕は思います。

「そんな中地方ではしっかりとした取り組みをしているところもあります。例えば奈良県のある小学校では卵も地元の農家の協力で専門に作るなど、子どもたちの健康を第一にしっかりと食育をしています。タケノコの季節には子どもたちにタケノコを掘らせあく抜きをさせ、次の日に給食で出します。そういうところではやはり豊かな精神が育まれますね」

──素晴らしい取り組みだと思います。

「日本に限らず、オーストラリアでも例えば和牛のレギュレーションの問題などいろいろと課題は多いです。そういったものを変えていくことに国や各機関がしっかりと取り組んで欲しいと思います」

オリジナルの日本食への理解

──オーストラリアにも日本食レストランが数多くありますが、正直首をかしげてしまような店もあります。

「考えさせられるテーマですね。しかし、ここで考えなければならないのは同じようなことは日本国内でもあるということです。例えば日本には日本人のシェフがやっているフレンチ・レストランが多くありますが日本人はこれをおかしいとは思わないですよね。いい仕事をする人はもちろんたくさんいますが、オリジナルのフレンチとは違うものを出しているシェフも多いでしょう。かつて、フランスのフード革命児として知られるポール・ボギューズと話をする機会があったのですが、その時彼に『日本でお店を開いた時にはどういう料理をやっていたのか』と聞きました。すると『フレンチ・ジャパニーズ』と答える。つまり日本人に合わせたフレンチというわけです。外国で別の国の料理をやるというのはそういうことなのでしょう。ただ、優れたシェフは強力なオリジナリティーを持っているからアレンジをしてもそのおいしさは揺るがない。それは本当にすごいことです」

──なるほど。オリジナルをその国に合わせてアレンジするという選択肢も持たざるを得ないと。

「日本の政治家などからそうしたものの軌道修正を求められることもありますが、他の方がやられているビジネスに口は出せないですよね。ですから私は授業などを通して興味がある生徒さんに向けてオリジナルの日本食を伝える活動をしているわけです」

──オリジナルの日本食への理解が真に深まれば日本人であれば頭をかしげてしまうような日本食も徐々に淘汰されていくのではないでしょうか。

「そうですね。ただ、正しい理解をベースにモダンなものと良い形で融合させていくことは大歓迎です」

──なるほど。授業を受けられた生徒さんにはオリジナルの日本食も大切にしていってほしいですが、一方で日本食への正しい理解をした上での融合も期待したいですね。本日はありがとうございました。(4月15日、カリナリー・スタジオで)

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