2017年11月 ニュース/総合

ターンブル首相が22日、安倍首相に祝意を伝えたツイッターの投稿
ターンブル首相が22日、安倍首相に祝意を伝えたツイッターの投稿

安倍首相に祝意—ターンブル首相

「オーストラリアの偉大な友人」

マルコム・ターンブル首相は10月22日、自身のツイッターで、日本の衆院選で圧勝した安倍晋三首相に祝意を伝えた。ターンブル首相は「@アベ・シンゾー、圧勝おめでとう。あなたはオーストラリアの偉大な友人だ。厳しい時代の中で、私たち(日豪)の絆は今までになく重要だ」とつぶやいた。シドニー湾をバックに撮影したターンブル夫妻と安倍夫妻4人のスナップ写真も投稿した。

ターンブル首相は24日、安倍首相との日豪電話会談で、衆院選勝利について改めて祝意を伝えた。日本の外務省の発表によると、ターンブル氏は引き続き安倍首相と緊密に連携したいと伝えた。これに対して、安倍首相は「ターンブル首相のお祝いに感謝する。長くて厳しい選挙戦だった。選挙戦では北朝鮮の脅威に対し、国際社会と緊密に連携して可能な限りの圧力をかけ、北朝鮮に政策を変更させなければならないことを力強く訴えた」との旨を述べた。

また、両首脳は12月のアジア太平洋経済協力(APEC)会議、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳関連会合、環太平洋経済パートナーシップ(TPP)首脳会合に向けて、北朝鮮問題も含めて引き続き緊密に連携していくことで一致した。

ターンブル首相と安倍首相は共に1954年生まれの63歳。安倍首相は、この日にちょうど誕生日を迎えたターンブル首相に祝意を伝えたという。


改憲論議の行方に関心
豪主要メディアの反応――衆院選

10月22日投開票の日本の衆院選の結果、安倍首相の自民党と公明党の与党が議席の3分の2以上を占めたことについて、オーストラリアの主要メディアは改憲論議の動向に関心を寄せている。

23日付の公共放送ABC(電子版)は「短期的には、北朝鮮への強硬姿勢、安保を含む対米協調、大規模な金融緩和、原発推進など、約5年間の安倍政権の主な政策が継続する」と予想した。その上で、安倍氏が2018年9月の自民党総裁選で勝利すれば、21年まで続投する可能性があるとして、「日本の平和主義憲法の改正という安倍氏の長期的な目標に向けて、改憲に消極的な国民の支持を得るための時間を稼ぐことができる」と指摘した。

同放送は、日本国憲法第9条の英語訳を掲載。改憲派の「現行憲法は第2次世界大戦の負の遺産であり、勝利者(連合国側)の世界秩序と価値観を反映したものだ」とする意見と、護憲派の「日本の平和と民主主義の根幹だ」という主張の両論を併記した。

一方、保守系のメディア大手ニューズのウェブサイト(24日付)も、改憲の見通しに言及した。同サイトのニューヨーク特派員を務めるジェームズ・ロー氏は、「野党の混乱に乗じて早期選挙に踏み切った安倍首相の政治的な賭けはうまくいった。日本の軍隊(自衛隊)の根拠を明確にするために、憲法を改正しようという自身の計画を推進する上で、安倍氏は国民の信任を得たと主張するだろう」と論じた。

ロー氏は、「北朝鮮の核開発とミサイル発射の脅威が増す中で、安倍首相は日本の国防力増強を目指している」と説明した。米国の圧力下にあった日本が戦後、陸海空軍兵力の放棄をうたった憲法を制定したものの、朝鮮戦争の勃発を背景に自衛隊の設置に至った歴史を紹介した上で、「自衛隊の存在は憲法上のグレー・ゾーンだ。にもかかわらず、日本は世界で8番目の国防費を投じ、世界でも指折りの先進的な防衛力を有している」と指摘した。

日本は、オーストラリアにとって第2次世界大戦で戦火を交え、大きな犠牲を強いられた、かつての敵国。ほぼ1990年代までは日本の防衛力拡大や自衛隊の海外貢献に否定的な世論やメディアも目立った。しかし、近年は旧日本軍との戦闘を実際に経験した世代が減っていることもあり、日豪の安保協力の拡大をおおむね前向きに捉える論調が多い。


10月3日、トヨタ・オーストラリアのVIC州アルトナ工場で開かれた閉所式。最後に生産されたセダン「カムリ」を前に、従業員ら3,000人が別れを惜しんだ(Photo: Toyota Australia)
10月3日、トヨタ・オーストラリアのVIC州アルトナ工場で開かれた閉所式。最後に生産されたセダン「カムリ」を前に、従業員ら3,000人が別れを惜しんだ(Photo: Toyota Australia)

豪自動車製造業の歴史に終止符

トヨタ、GMが相次ぎ現地生産撤退

米GM子会社のGMホールデンは10月20日、最後の現地生産車を出荷した。トヨタ自動車の現地法人トヨタ・オーストラリアも3日、VIC州アルトナの乗用車工場を閉所した。米フォードの現地法人も昨年、88年間にわたった現地生産を終えており、これでオーストラリアの自動車製造業は消滅した。国内で販売される新車は今後、100%輸入車に置き換わる。

オーストラリアの国産車はかつて国内新車市場で一定の存在感があったが、関税の段階的な引き下げや豪ドル高の進行を背景に、輸入車に対して競争力を失った。消費者の嗜好が変化し、新車需要の中心が国産の大型セダンから輸入車のスポーツ・ユーティリティー・ビークル(SUV)や小型トラックに移行したことも響いた。

国産大型セダンの人気下落と共に、2012年頃まで続いた資源ブームによる人材不足で人件費が高騰、現地生産メーカーの採算も悪化した。多額の補助金を投入した連邦政府の「つなぎ止め策」によってかろうじて存続する形だった。自動車製造業は下請け部品メーカーなどの供給網を含めると裾野が広い。地域の雇用を維持する観点から継続させるべきだとの声が根強かった一方、特定の産業の保護に税金を投入するべきではないとの主張も支持を集めた。

そうした中で、新自由主義的な立場を採る自由党のトニー・アボット前首相が2013年に保守政権を奪回した。アボット政権は自動車メーカーを補助金でつなぎ止めない方針に転換した。このため、豪フォードとGMホールデンの2社が13年に、トヨタ・オーストラリアが14年に、それぞれ数年以内に現地生産から撤退する計画を発表していた。

国民に親しまれ69年――GMホールデン

SA州アデレード北郊にあるGMホールデンのエリザベス工場では20日、鮮やかな赤のボディー・カラーに塗られた最後の大型セダン「ホールデン・コモドア」が、従業員に見守られながら生産ラインから発進。1948年に最初のホールデン・ブランドの乗用車を出荷して以来69年間の歴史に幕を閉じた。

GMホールデンのマーク・バーンハード会長兼社長は「何世代にもわたる情熱的な人たちの貢献に心から感謝したい」と述べた。工場閉鎖による地元の雇用への影響が懸念されるが、同社長によると工場閉鎖によって仕事を失う従業員の85%が転職先を見つけたという。

ホールデンは地場の馬具メーカーが源流で、20世紀初頭のモータリゼーションの黎明期に米国車の車体に取り付ける外装を手掛けた。第2次世界大戦前にGM傘下に入ったが、ブランド名にホールデンを残し、オーストラリアの自動車文化の象徴的な存在になった。1970年代初期の「HQ」、78年から今年まで5世代続いた「コモドア」などのヒット車は、国民車的な存在として親しまれた。

GMは今後もホールデンのブランドで販売を継続する。これまでの後輪駆動のオーストラリア製コモドアに代わり、独オペルの前輪駆動車をベースとした新型コモドアを2018年初頭に投入する予定だ。

豪州は世界展開の原点――トヨタ

VIC州アルトナのトヨタ・オーストラリアの工場では3日、従業員や元従業員、部品メーカーの関係者、トヨタ本社の社員や約3,000人が出席して閉所式が行われた。同社のデーブ・バトナー社長は「トヨタをオーストラリア国内トップの自動車メーカーに育てたのは、献身的な従業員のお陰だ」とねぎらった。トヨタ自動車の豊田章男社長もビデオ・メッセージで「オーストラリアにおけるトヨタの製造事業を支えてくれた献身的な社員と供給業者、顧客、地域社会、政府に厚く御礼を申し上げる」と述べた。

世界市場で販売台数首位を争う巨大なグローバル企業に成長したトヨタだが、1960年代初頭に初めて完成車を輸出した国はオーストラリアだった。海外生産を初めて行ったのもオーストラリアで、63年にVIC州ポート・メルボルンで小型車「ティアラ」の組み立てを始めた。

同社によると、54年間にわたって小型車「カローラ」や中型セダン「カムリ」など9つの車種で合計345万1,115台を生産し、中東市場を中心に124万5,914台を輸出したという。1979年には日本以外で初めてエンジンの生産も開始し、これまでに253万5,963基を出荷した。

現地生産撤退と共に、トヨタ・オーストラリアは輸入・販売会社として再出発した。これまで、車種別で最多の216万8,104台を現地生産したカムリは11月、フル・モデル・チェンジした輸入車にバトン・タッチする。


総合クラス4位に入った東海大の「トーカイ・チャレンジャー」
総合クラス4位に入った東海大の「トーカイ・チャレンジャー」

過去2回優勝の東海大は4位

ソーラー・カーの国際レース

ソーラー・カーの国際レース「ブリヂストン・ワールド・ソーラー・チャレンジ」が10月8〜15日、オーストラリア大陸を縦断する3,021キロのコースで行われた。太陽光のみを動力源とする1人乗りの車両で最速を競う「チャレンジャー・クラス」では、オランダのデルフト工科大の強豪「ヌオン・ソーラー・チーム」が通算7回目の優勝を決めた。

同チームが投入した「ヌオン9」は12日午後2時過ぎ、アデレード市内ビクトリア・スクエアのゴール地点に到達。平均時速は81.2キロに達し、2位の米ミシガン大(時速77.1キロ)より2時間近く早くゴールに到着した。続いて、ベルギーの「パンチ・パワートレイン・ソーラー・チーム」が時速76.2キロで3位に入った。

日本勢では、通算2回の優勝経験を誇る東海大が時速75.9キロ、4位でゴールインした。工学院大学は時速63.8キロで7位、名古屋工業大は時速58キロで12位だった。

8日にダーウィンのスタート地点を出発し、約5日間でアデレードのゴール地点を目指した。走行できるのは太陽光が得られる午前8時〜午後5時の日中に限られ、夜は各チームが停車地点で野宿するという過酷なレース。3つのクラスのうちチャレンジャー・クラスには21カ国から31チームが出場し、12チームが完走を果たした。

同レースは自動車技術の発展と従来型エンジンの代替促進を目的に、1987年に初めて開催された。1999年から2年に一度開催されている。2013年大会から日本の大手タイヤ・メーカー、ブリヂストンがスポンサーを務めている。

30周年となった今回は、14回目の開催。今年の大会は、3クラス合計で26カ国から50チームが参加し、過去最大の規模で開かれた。

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