2015年5月 ニュース/総合


安定した人気を背景に2期目の続投を決めたマイク・ベアードNSW州首相

ベアード保守連合政権が続投

NSW州議会選挙

オーストラリア最大の都市シドニーがあるNSW州の議会選挙が3月28日、行われた。マイク・ベアード州首相の保守連合(自由党、国民党)が定数93の下院で過半数(47)を制し、2期目の続投を決めた。保守連合は議席を減らしたものの、ベアード州首相への安定した人気を背景に安定多数を維持した。昨年11月のVIC州選挙と今年1月のQLD州選挙では保守連合がいずれも1期目で政権を失ったが、NSW州では逆風を食い止めた。

優先順位付連記投票制と呼ばれる複雑な選挙制度を採るため4月10日時点で各党の最終的な議席数は確定していないが、公共放送ABC(電子版)によると、下院で保守連合は自由党37、国民党17の合計54議席の当選が確実となった。保守連合が圧倒的な勝利を収めた前回2011年州選挙の反動で、自由党は14、国民党は1、それぞれ前回選挙比で議席を減らした。

最大野党で中道左派の労働党は同14増となった。ただ、1月に急きょ就任したばかりのルーク・フォーリー党首は知名度が低く、準備不足も否めなかった。州営電力ネットワークの部分民営化に反対するなど保守政権との違いをアピールしたが、波に乗り切れなかった。一方、左派の環境保護政党グリーンズ(緑の党)は改選前の1議席から3議席に勢力を伸ばした。無所属は前回と同様2議席を確保した。

選挙結果を受けてベアード州首相は4月1日、閣僚人事を発表。翌2日に第2次ベアード内閣を正式に発足させた。前任の4閣僚を更迭する一方で、4人のバックベンチャー(陣笠議員)を新たに入閣させた。トロイ・グラント副首相は留任するとともに警察・司法省の兼任となった。前交通相のグラディス・べレジクリアン氏が同州初の女性財務相に就任した。前家族・地域サービス相のガブリエル・アプトン氏も初の女性法相に就いた。

2期目のベアード政権は当面、労組などの反発が根強い公約の電力ネットワーク部分民営化の成否が焦点となる。民営化で得られる売却益を優先課題に掲げるインフラ整備の財源にできるかどうかが、長期政権のカギを握ることになりそうだ。



1982年に米国を訪問したマルコム・フレーザー首相(当時)

フレーザー元首相死去
70〜80年代に長期政権—アジア重視

第22代連邦首相を務めたマルコム・フレーザー氏が3月20日、死去した。84歳だった。昨年他界したゴフ・ウィットラム元首相に続き、多文化主義やアジアとの関係強化など現代オーストラリア社会の基礎を作った有力政治家が世を去った。

1930年メルボルン生まれ。父親は元上院議員。英オックスフォード大で政治学と経済学を学んだ後、VIC州にあった実家の放牧場で働いていた時代に自由党に入党した。55年の連邦選挙に25歳で初当選し、当時最年少の連邦議員となった。66年から陸軍相、教育・科学相、国防相などを歴任した。

75年8月に野党自由党党首に就任した。同年11月、労働党のウィットラム首相(当時)が連邦総督に解任されるという歴史的事件を受け、暫定首相に任命された。以来、首相として3回の連邦選挙に勝利し、83年の選挙で敗北して議員を辞職するまで8年間、保守政権を率いた。

首相在任中は、保守的な経済合理主義の下で歳出削減を進める一方、社会・外交ではリベラル路線を鮮明にした。先住民アボリジニの土地所有権を容認し、南アフリカのアパルトヘイト政策に反対した。急増していたベトナム難民を大量に受け入れるなど、アジアからの移民を大幅に拡大した。当時最大の脅威だった共産圏の勢力拡大を阻止するため東南アジア諸国連合(ASEAN)を支援した。76年に日豪友好協力基本条約を締結するなど東アジアとの関係も強化した。

政界引退後も途上国への人道支援に力を注いだ。同じ自由党のハワード首相(当時)に対しても、難民船を押し返したり先住民への謝罪を拒むなどした保守的な傾向を批判した。トニー・アボット氏が自由党党首に就任した2009年に自由党を離党していた。

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