【東日本大震災1周年】南三陸町の中学生がゴールドコーストへ

東日本大震災特集

 

東日本大震災1周年

元気いっぱい!
南三陸町の中学生がゴールドコーストへやって来た

豪日交流基金助成
南三陸町中学生春休みオーストラリア研修旅行

昨年3月11日の東日本大震災の被災地域、宮城県北東部にある南三陸町の中学生24人が、ワクワク、ドキドキしながらゴールドコーストでのホームステイと学校生活を体験した。


2012年3月24日。前夜は雪が降るほど、まだ寒い東北。そんな春休みに、オーストラリア連邦政府外務貿易省および豪日交流基金の復興支援活動の一環として招待された、宮城県南三陸町の中学生24人が、まだ真夏のような日差しが照りつけるゴールドコーストへと旅立った。参加したのは、歌津中学校、志津川中学校、戸倉中学校の3校の生徒たち。彼らはオーストラリアで体験したいことを題材に作文を書き、ゴールドコースト訪問という夢を実現させた。

昨年の震災発生直後、豪政府は76人からなる都市捜索救助隊を同町に派遣した。昨年4月にはジュリア・ギラード首相も同町を訪れ、町長と会談している。そんなオーストラリアと南三陸町の深まる友好関係の一環として実施された、今回の中学生春休みオーストラリア研修旅行。生徒たちは、元気いっぱいにゴールドコーストでの日々を楽しんだ。

生徒たちはまず、ホームステイをしながらQLD州立へレンズベール高校での学校生活を体験。4日目にはカランビン・ワイルドライフ・サンクチュアリを訪れ、コアラを抱っこしたり、ユーカリの苗木を植えるボランティアを行った。「震災後、たくさんの支援をしてくれたオーストラリアにお返しをしたい」と、泥んこになりながら植林に取り組む生徒たち。ユーカリの木が成長するのに5年かかると職員に説明を受けると「5年後にユーカリに会いに再びオーストラリアに来たい」と話しながら、植林した苗木に願いを込めて水と肥料を与えていた。

ボリュームたっぷりの朝ご飯と楽しいビーチ

そしていよいよ帰国前日。この日は朝からノースクリフ・サーフ・ライフセービング・クラブを訪れ、地元ライフセーバーとの交流を深める日となった。

テーブルには、オレンジ・ジュースと典型的なオージー・ブレックファストのベーコン、スクランブル・エッグ、マッシュルームとソーセージにトーストが並ぶ。量の多さに少し驚きながらも「美味しかった」、「卵のかたまりが柔らかくて日本の炒り卵と違う。色も違う」、「ベーコンとソーセージが日本よりしょっぱくて、味が濃いと思った」と、調理方法や素材の違いを楽しんだ。

そして朝ご飯でお腹いっぱいになった後は、ビーチへ。砂の白さ、きめの細かさに感動した彼らの表情が印象的だ。ライフセーバーの方の話を一生懸命に聞きながらも、思わずきゅっきゅっと音を鳴らしながら、足下の砂の感触を楽しむ生徒たち。


(左)カランビンでは植林ボランティアを体験、(中央)朝の光輝くようなビーチを眺めながら朝食を楽しむ、(右)こちらでは一般的な朝食も、日本から来たばかりの生徒たちには新鮮

その後はライフセービングの競技の1つ、ビーチフラッグス・レースを体験することに。ヨーイ、ドン!で走り出した生徒たちの顔は、一気に笑顔でいっぱいに。「南三陸の海は普段は全然波がないから、海の雰囲気が違う」、「海は全く怖くない」、「やっぱりちょっと怖いけど、でも平気」…。そんなコメントを残しながら、海へざぶざぶと入って行き、美しいゴールドコーストのビーチを思いきり楽しんだ。

地震、津波そしてオーストラリアへ


ビーチフラッグス・レースは、反対の方向を向いて寝転んだ状態から、立ち上がって走る

昨年3月11日に東北地方三陸沖で発生した東日本大震災。宮城県南三陸町では、震度6弱もの地震が襲い、さらにその後の津波で甚大な被害を被った。南三陸町の人口は、震災前には約1万7,000人。そんな小さな町で、死者609人、行方不明者270人と、合計1,000人近い人々の姿が消えた。

志津川中学に勤め、授業中に被災したという菊田教道(きょうどう)先生は、学校が高台にあったため生徒全員とともに難を逃れたが、津波が町を飲み込んでいく様を学校から見たという。「中学は高台にあったため、地元の方がたくさん逃げて来て、避難所となり、電気もないまま、真っ暗な中で最初の夜を過ごしました。地元のおばあちゃんたちが持っていたアメなどをかき集めて、皆で分けて食べました」。


笑顔いっぱいで走る生徒たち。「海は怖くない」

それでも、今回の参加者もいる戸倉中学校では生徒1人が亡くなり、先生も地元のお年寄りを助けようとして亡くなっているという。「生徒の中には、まだ仮設住宅から学校に通ってきている者もいます」。

志津川中学の阿部京香さん(13歳)は小学校の卒業式直前での被災だった。家は山の方にあったため助かったが、卒業式などできる状態ではなかった。かなり日にちが経ってからようやく卒業式を迎えられ、中学へはさまざまな支援のおかげで通うことができたという。「制服は隣町の支援から。かばんや靴、靴下まで支援してもらいました。オーストラリアでは、ホスト・ファミリーにショッピングや馬のショーに連れて行ってもらい、とっても楽しかったです」。

同じ志津川中学の及川優幸(ゆうこう)さん(14歳)は「スポーツは何でも好きなので、『サンオーレそではま』という地元の海水浴場にもよく行っていました。震災後はまだ泳いでいません」。

山内大士(ひろと)さん(14歳)も、志津川中学の生徒。「オーストラリアで一番楽しかったのは、英語研修です。言葉が通じる喜びを体験しました」。

そのほかの生徒たちも口々に「楽しかった」、「ずっといたい」、「また来たい」とオーストラリアの最終日を名残惜しそうに楽しんでいた。

取材協力:ゴールドコースト観光局、豪日交流基金、オーストラリア大使館

「オーストラリアでは海が一番楽しかった」という生徒も

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