【政局展望】連邦下院議長の交代劇

政局展望

連邦下院議長の交代劇

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

旅費・交通費に絡むスキャンダルでビショップ連邦下院議長が苦境に陥り、結局、8月2日の夕刻、議長ポストから辞任することを公表している。後任の議長には、VIC州選出自由党議員のスミスが就任した。

ビショップ下院議長のスキャンダル

今回のスキャンダルとは、昨年の11月に発生したもので、ビショップが「公務」でVICのジーロンを訪れた際に、メルボルンからヘリコプターをチャーターし、往復の料金として公費から5千数百ドルを支払ったというものである。問題は、下院議長としての「公務」なるものが、実は自由党の政治資金集めパーティーへの出席、すなわち党務であったことだ。そのため、野党労働党はビショップを鋭く攻撃したのである。一方、ビショップはアボット首相からの指示もあって、チャーター料金を返済したものの、当初は規定違反であったことを否定していた。その後もビショップは、野党労働党からはもちろんのこと、身内の与党自由党内からの批判にも晒され、アボットの助言もあって、7月30日には公式に謝罪している。ただ、ビショップは議長ポストからの辞任については明瞭に否定し、また旅費・交通費規定に問題があることは認めつつも、チャーターが違反であったことは依然として認めていなかった。ところが、ビショップの「余罪」が暴露されるに及び、それまでビショップをかばい続けてきたアボットも、ついにビショップの辞任はやむなしとの結論に達している。

公費乱用のスキャンダルを巡り辞任したビショップ氏
公費乱用のスキャンダルを巡り辞任したビショップ氏

後任の下院議長を選ぶ連邦自由党下院議員総会での選挙には合計4人が出馬したが、下馬評通りにスミスが当選し、8月10日から再開された下院で正式に議長に選出された。なお、自由党では通常下院議長の人事も首相の専権事項となっている。ところが、アボットが任命したビショップが、保守政府に甚大なダメージを与え、しかも同スキャンダルへのアボットの稚拙な対応が、党内からの強い批判に晒されたことから、さすがにアボットも、今回は議長に関する人事権を自ら放棄したという経緯がある。さて国の公費で賄われる「公務」と、政党が費用を負担する「党務」との境界はかなり曖昧であるし、また後述するように、不透明な支出、旅費規定に抵触する支出問題については、労働党も叩けばいくらでも埃の出る身である。要するに、こういった問題を追及しすぎることは、自身の首を締めかねない危険な行為でもあるわけだが、それにも関わらず、労働党が大物のバークを前面に立てて、執拗にビショップを攻撃してきた背景には、労働党がビショップのあまりに党派的な議長ぶりに、これまで怒りを募らせてきたとの事情がある。実は下院議長就任直後から、ビショップが強硬右派で攻撃的な性格でもあることから、野党労働党との摩擦は必至と見る向きが多かった。確かに与党議員が就任することから、下院議長に完全な厳正中立さは期待できないものの、危惧通りにビショップの偏向ぶりは相当なものであった。今回のスキャンダルは、憤慨した野党労働党が、ビショップに意趣返しする絶好の機会を与えたのである。

豪州の国民気質と政治家のスキャンダル

ビショップ・スキャンダルの政治的影響を分析する前に、まず、州政界のレベルではしばしば観察される大規模な汚職事件と比べると、かなり他愛のないビショップ・スキャンダルにも、なぜこれほど多くの国民が怒っているのかを考えてみよう。そのカギは豪州人の以下の気質、国民性にあると考えられる。

「豪州人気質とは何か」との問いに対する回答は千差万別であろうが、おそらく仲間意識や互助の精神こそが、豪州人気質を表わすものと主張する向きが多いかもしれない。これは、豪州では「メイトシップ」と呼称されており、会話の最後にも頻繁に「メイト」という呼びかけがつく。仲間意識、互助の精神の背景には、開拓時代の厳しい生活があったわけだが、このメイトシップに豪州人は強い誇りを抱いており、例えば99年11月に、共和制政体への移行の是非、ならびに憲法前文案の是非を巡る憲法改正国民投票が計画されていた際も、首相のハワードは、この言葉を当初憲法前文案の中に含めたほどであった(注:ただし、この言葉は性差別的で格調にも欠けるとの反対もあり、実際に国民投票に諮られた最終前文案からは削除された)。

また互助の精神と並び、フェアーの精神を豪州人気質として挙げる向きも多いかもしれない。確かに、豪州には「フェアー・ゴー」あるいは「フェアー・ディンカム」といった、フェアー精神に絡む多くの言葉が存在する。国民の間でも盛んに使用されていることから、豪州人がフェアー精神を重視していることは明らかであろう。したがって互助の精神重視とは言っても、フェアー精神に反する行為、取り分け特権的地位にある者が、コネを駆使して仲間に便宜を図るといったことには強い抵抗感、反発がある。このフェアー精神重視という国民性ゆえに、豪州では、政治家の不正行為に対しての国民の目が取り分け厳しいのだ。そのため、取り立てて悪質とは言い難い、しかも数千ドル程度の旅費・宿泊費の不正受給で、連邦閣僚が辞任したり、同じく些少な額の不正行為で、州の首相クラスまでが禁固刑判決を受けるほどである。

さて、メイトシップやフェアー精神も確かに大事だが、さらに豪州人気質としては、「庶民性」も重要である。例えば日本の平均的国民のイメージが、ホワイト・カラーのサラリーマンであるのに対し、豪州国民の平均的イメージはブルー・カラー層と言って良い。それを如実に表わしているのがテレビのCMで、日本では「代表的、平均的国民」としてサラリーマンが登場するが、豪州では頻繁に肉体労働者が登場している。ごく少数のエスタブリッシュメントは存在しているにせよ、英国の階級社会とは異なり、豪州はブルー・カラー層が高い生活水準を誇り、何よりも堂々とできる社会であると言えよう。そういった「庶民社会・庶民の国」では、当然のことながらスノビッシュな人物は敬遠される。「人気商売」の政治家にとっても、このことは極めて重要で、尊大で偉そうなイメージ、あるいは人を見下しているようなイメージを有権者に抱かれることは、政治家として致命的でもある。ビショプ・スキャンダルへの国民の強い反発の背景には、ビショップが「フェアー精神」ばかりか「庶民性」という、重要な豪州人気質をないがしろにしたとの事情があるのだ。

スキャンダルの政治的影響

ビショップ・スキャンダルの政治的影響だが、言うまでもなく、今回の一件はアボット政府には大きなマイナスで、また政府にダメージを与えるものであった。

その理由は、第1に、政府は野党攻撃の絶好の機会を逃したからだ。周知の通りショーテン野党労働党は、つい先日開催された労働党全国党大会に先立って、さまざまな重要政策を公表し、また党大会でも重要政策を採択しているが、その内のいくつかは深刻な欠点、問題を含むものであった。また今次党大会にしても、労働党の「悪しき」派閥政治ぶりを改めて認識させるものであった。ところが、自らのスキャンダルで野党への攻撃は不可能となり、政府はショーテンを徹底的に叩く機会を喪失したのである。

第2に政府は、今年の5月に公表した連邦予算案を「売り込む」機会も減らしている。昨年の予算案に比べると、今年の予算案への評価は悪くはないものの、国民への積極的な「売り込み」は、「(広義の)ネジレ状況」にある上院の「その他」議員たちを説得し、予算関連政策法案への支持を得る上でも重要なものである。ところが政府のスキャンダルは、この活動を著しく阻害している。

第3に、ビショップ・スキャンダルの最も重大な政府への影響とは、アボットのリーダーシップに再度疑問符がついたことであった。例えば、ビショップ外務大臣、ホッキー財務相、ターンブル通信相、そしてモリソン社会サービス相といった身内、しかもアボットの後継候補と目されている大物議員も、ビショップに対しては相当に冷淡な姿勢を採っていた。そういった状況下で、熱心かつ公然としたビショップ擁護派は、パイン教育相とアボットだけであった。アボットがビショップを守ろうとしたのは、ビショップが長年にわたる政治的盟友であることに加えて、野党に政治的得点を上げさせたくない、あるいはビショップを早々と更迭すれば、早晩自身の過去の旅費・交通費についても、今後問題視されかねないと懸念したためであろう。

またアボットは、チーフ・オブ・スタッフのクレダリン女史の一件を想起しつつ、ビショップ問題も早晩沈静化すると高を括っていたのかもしれない。確かに、昨年の末から今年の3月頃にかけて、「ミクロ管理者」クレダリンを更迭すべきとの圧力が相当高かったにもかかわらず、アボットが突っぱね続けた結果、いつの間にか更迭要求も雲散霧消している。しかしながら、アボットは両ケースの重大な相違点に留意すべきであった。それは、クレダリンのケースでは、クレダリン批判の内容は政府内、あるいは党内の運営、管理問題という、国民には無関係なもので、しかも更迭圧力は身内からのものであった。これに対してビショップのケースでは、豪州人気質に反する行為が問題視、批判され、したがって怒っているのも国民であった。

議員諸手当て制度の改革

今回の政治スキャンダルの原因となった旅費・交通費など、議員の諸手当て問題は、一件落着にはほど遠く、それどころか同問題は、ただでさえ強い国民の政治不信、政治家不信を一層煽っている。言うまでもなくその理由は、自由党や国民党、そして労働党といった大政党ばかりか、常にモラル面から大政党に「説教を垂れる」グリーンズ議員までを含めて、叩けばいくらでも埃の出る身であることが、国民の目にも明らかとなったからだ。

例えば、ビショップ攻撃の急先鋒であった、労働党のバーク影の予算相のケースである。バークは労働党前政権時代に閣内相を務めた大物政治家だが、現職の閣僚時代に仕事にかこつけて、すなわち公費で、子どもたちもビジネス・クラスを利用させた家族旅行を行っている。こういったバークの偽善ぶりに対して、バーク本人やショーテン野党リーダーは、ビショップの場合は規定違反だが、バークの場合は規定内と反論した。ところが国民は、規定に違反したか否かなどを問題視しているわけでは毛頭なく、寛大な規定自体に強い怒りを抱いているのだ。こういった怒りに煽られて、それまでは実情を知っておきながら、特段問題視することもなかった国内メディアも、現在は「宝探し」に躍起となっており、次々に国民のひんしゅくを買う事例が報道されている。そのため、バークと同じく「脛に傷を持つ」パイン教育相が、バークを弁護するという事態まで発生している。有力な閣内相がこぞってビショップには冷淡で、ビショップ擁護派はアボットとパインの2人であったこと、そのためパインが野党を執拗に攻撃してきただけに、パインのバーク擁護は正に珍事であった。これは、このままでは共倒れになると危機感を抱いた政府が、野党に発出した「休戦呼びかけ」メッセージであったと言えよう。

いずれにせよ、議員諸手当ての問題がここまで大きくなった以上、超党派的な制度改革は必須の情勢である。附言すれば、豪州の政治機構は連邦、州等、そして地方公共団体の3層から構成されているが、例えばNSW州のオベイ一家の大規模な汚職事件などからも明らかなように、州等や地方公共団体のレベルでは、深刻、悪質な政治家の汚職事件がしばしば発生する。ところが、連邦レベルでの汚職事件は極めて少なく、今回のスキャンダルのように、問題となるのはせいぜい、旅費・宿泊費を過剰請求した、あるいは不正請求したといった、相当に他愛のないものである。ただ、これは連邦政治家には清廉潔白な人格者が多いことを意味するわけでは決してない。

要するに、汚職が頻繁に発生するのは土地開発プロジェクトといった分野であるが、こういった利権が絡む分野、したがって汚職の温床となりやすい分野は連邦の所管ではなく、州等や地方公共団体の所管であり、連邦政治家としては、利権にありつこうにも不可能との事情もあるのだ。

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