保守連合政権の国防白書

政局展望

保守連合政権の国防白書

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

2月25日、ターンブル率いる保守連合政権が、2013年9月に誕生した保守政権としては初の国防白書を公表している。

国防白書の位置づけ

豪州の国防白書や外交白書とは長期的な戦略を論じたものであり、そのため何年に1回しか策定、公表されないものである。実際に、近年の国防白書の歴史を見てみると、83年から96年まで続いたホーク/キーティング労働党政権の場合は、87年に1回策定されただけで、また96年から07年まで続いたハワード保守連合政権の場合も、00年に1回策定されただけであった。ところが、07年に誕生した労働党政権の場合は、ラッド首相時代の09年に国防白書が策定、公表されたにもかかわらず、それからわずか4年を経ただけの13年5月に、ギラード政府は再度国防白書を策定している(注:翌6月にはラッドが首相に返り咲いた)。

87年国防白書以降、今回までに計5回の国防白書が公表されたわけだが、そもそも豪州軍の主要役割としては、①平和時の国内活動、②豪州領土の防衛、③近隣地域での作戦、④遠隔地での共同作戦、などが挙げられる。近年の豪州国防白書で明示された国防ドクトリンとは、主として上記の内のどの役割を重視するのかを論じたものに他ならない。ちなみに、70年代後半以降の豪州の国防戦略は、②を中核とした「大陸/本土防衛戦略」(Defence of Australia)と呼称されるもので、これはホーク労働党政権の下で策定された87年の国防白書によって改めて確認されている。

一方、ハワード保守連合政権下で策定された国防白書では、③をより重視した「地域防衛戦略」(Defence of Regional Australia)なるものが明示されている。同戦略は、大陸/本土防衛が引き続き国防の基本とはしつつも、豪州の安全に直接かつ迅速に影響を及ぼす近隣諸国・地域については、必要であれば軍を投入して平和執行/強制活動を展開するという点で、従来の国防戦略よりは積極的なものであった。しかもハワード政権は、その後「地域防衛戦略」を深化、発展させて、実質的には④により接近したタカ派の戦略へと変更している。

ラッド/ギラード労働党政権の国防白書

今次白書で「温暖化問題」に言及したターンブル政権。少しでも独自色を出したい、というターンブルの願望の反映か。写真は、2月に発足した第2次ターンブル内閣の閣僚(Photo: Office of the Official Secretary to the Governer-General)
今次白書で「温暖化問題」に言及したターンブル政権。少しでも独自色を出したい、というターンブルの願望の反映か。写真は、2月に発足した第2次ターンブル内閣の閣僚(Photo: Office of the Official Secretary to the Governer-General)

労働党は、野党時代より「大陸/本土防衛戦略」への回帰、あるいは少なくとも同戦略をより根幹とすることを志向しつつ、ただ以前に比べると、近隣諸国情勢への積極的な関与の必要性を主張してきた。例えば野党時代のラッドも、東ティモールやPNGから南太平洋島嶼(しょ)国に跨るいわゆる「不安定の弧」(Arc of Instability)の情勢が、豪州の安全保障には死活的に重要と演説で指摘していた。ラッド首相時代の09年に公表された国防白書の内容も、野党時代の国防路線を踏襲したもので、実のところオリジナルな意味での「地域防衛戦略」、換言すれば、00年ハワード国防白書の公表時点における「地域防衛戦略」に近いものであった(注:00年国防白書が公表された当時の野党労働党は、同白書のドクトリンに対しては全面的な支持を表明していた)。ただし、09年白書で明らかにされた主要正面装備の増強計画、とりわけ巡航ミサイルの取得計画などを見る限り、野党時代のそれよりはタカ派的とも言えた。結局、ラッド労働党政府の国防戦略とは、強いて言えばオリジナルな「地域防衛戦略」と、ハワード保守政府が実質的に深化、発展させた「地域防衛戦略」との中間に位置したものと考えられよう。

さて09年国防白書については、それが著しい軍備拡張を続ける中国への脅威論に基づくものとの見方や、ラッドが親中国派政治家の筆頭と見られていたことから、中国に対するかなり辛口の評価については意外との声も聞こえた。確かに同白書の主筆者であったのが、中国を潜在的、戦略的脅威と明瞭に捉えるペズーロ副次官であったこと、また軍備増強を正当化するためには、(潜在的)脅威の存在が不可欠ということもあって、全体のトーンが中国に対してかなり警戒的であったのは否定できない。そのため親中派のラッドが、このような白書を承認したのはなぜなのかとの疑問の声が上がり(注:外交にしても国防分野にしても、政策決定過程の最重要プレイヤーはラッドであった)、あるいは、そもそもラッドは親中派ではなく知中派に過ぎないのではないかとの指摘もあった。

ただ、国防省内タカ派の真の思惑、判断は別にして、そもそも09年白書の中国に関する記載を重大視するほうが誤りであったように思える。というのも、白書の中で指摘された戦略環境上の重要ポイント、しかもラッド政府が強調したかったポイントとは、中国の脅威そのものというよりも、中国やインドの経済面、軍事面での台頭によって生じつつある多極化の趨勢(すうせい)、換言すれば、米国の影響力の相対的低下という点にあったように思えるからだ。かかる状況が現出することは、米国の紛争抑止力の低下、そして有事の際に豪州の対米依存がより困難となる、米国の軍事的支援があまり当てにできなくなることを意味する。そのため、ハイテク正面装備の充実を通じた一層の自主防衛努力が肝要、というのが09年白書の論理、あるいはラッド政府の主張の主眼点であったように思われる。そもそも労働党は、歴史的に見ても自主防衛路線を志向する度合いが強く、「大陸/本土防衛戦略」とは、自助努力、自主防衛をより強調するものである。

次に、ギラード労働党政府の公表した13年国防白書だが、まず注目すべきは白書策定、公表のタイミングであった。労働党政府ももちろん、国防白書とはあくまで長期の戦略を論ずるものであると認識してはいたが、豪州を取り巻く戦略環境の変化のスピードに鑑み、これまでは各白書の策定の間が長過ぎたとの思いを抱いていた。そこで労働党政府は、09年国防白書を公表した際に、5年以内に次回の白書を策定、公表することを約束していたという経緯がある。13年白書では、豪州の安全保障に影響を及ぼす、09年白書以降の戦略環境の重大な変化として、(ア)インド-太平洋地域の経済、戦略、軍事上のウェイトの高まり、(イ)アフガニスタン、東ティモール、ソロモン諸島からの豪州軍の撤兵の動き、(ウ)米国オバマ政権による「アジア-太平洋軸足」戦略の採用、(エ)豪米両国の同盟関係の一層の深化、進展、そして(オ)08年世界金融危機(GFC)の世界景気、国内財政、国防予算案などへの継続的な負のインパクト、などを挙げつつ、戦略環境の見直し、それに伴う国防戦略の見直しの必要性を強調していた。

ラッドの09年国防白書と比較した場合の、ギラードの13年白書の最大の特徴としては、まず米国と中国の相対的位置付けの高まりと、将来の戦略環境に関するより楽観的なトーンが指摘できる。すなわち、09年白書の分析では、中国やインドの台頭を指摘しつつ、将来アジア・太平洋地域の主要国、具体的には、米国、ロシア、中国、インド、そして日本の間の相互関係が齟齬(そご)を来たし、通常兵器による紛争が発生する可能性も全く否定はできないと述べるなど、豪州を取り巻く戦略環境、平和と安定に、長期的な不安定要因が存在することを指摘していた。

ところが13年白書では、最大の影響要因として上記5カ国の中の米国と中国を挙げ、また両国の関係についてもやや楽観的な見方を披瀝(ひれき)している。09年と13年白書とのもう1つの相違点としては、中国への見方、正確には中国の形容、表現が大きく変わったことが指摘された。上述したように、09年白書は、中国への強硬姿勢に関し過剰に評価されたきらいはあるものの、確かに同白書が中国を軍事的脅威と見なし、あるいはかなり露骨に敵性国家扱いしていたのは否定できない。他方で、13年白書では、中国は当地域の勢力バランスを変えつつあるとはしつつも、驚異的な経済発展を遂げつつある中国の軍の近代化にも一定の理解を示すなど、相当に友好的なトーンで、実際に豪州の政策ゴールとして、中国の平和的台頭を歓迎、奨励することを挙げている。

さらに同白書は、しばしば国内で論議の的となる「二者択一論」を否定し、豪州は伝統的な同盟国の米国を採るのか、あるいはますます経済的に依存する中国を採るのか、といった選択を迫られているわけではなく、肝心の両国も、豪州が選択することを望んではいないと主張している。ただし、13年白書の表向きの、あるいは全般的な友好的トーンとは別に、白書や政府が主張する他の諸点や、ギラード政府の実際の行動にも十分留意する必要があった。すなわち、中国側も指摘していたように、主として外交上の配慮などから13年国防白書のトーン、あるいはレトリックは中国に友好的とはなったものの、09年白書の多極化対応の国防ドクトリンにほぼ変化は無かったと言える。

ターンブル国防白書の特徴

今次国防白書は、世界一の軍事超大国としての米国のステータスは、少なくとも向こう20年間は保証されており、今後も地域の安定を維持する上で米国が決定的な役割を果たすと予測している。また白書は、豪州を取り巻くインド-太平洋地域の向こう20年間の戦略環境を決定する最大の要因として、米国と、急激に軍備拡張や国力を増強しつつある中国との関係を挙げている。ところがその中国は、国際法を無視した南シナ海での領土拡張や軍事化、自由航行を阻害する動きなど、当地域の不安定化につながる行動を強めているとして、白書はかなり強い調子で中国を批判している。

一方、国防白書は戦略環境の評価や脅威認識に基づき、かなりの軍備増強を志向しており、例えば、当初の予定を3カ年度早めて、FY2020/21には国防予算の対GDP比率を2パーセントにまで上昇させると宣言している。更に、主要正面装備の整備計画についても、労働党前政府の09年国防白書や13年白書で提示されたものと同様に、何よりも海軍力、次に空軍力の強化を目指しているものの、ただ、その内容は両白書よりも野心的なものとなっている。

さて16年国防白書の最大の特徴は、中国の膨張主義や軍備拡張、不透明性、国際法の無視といった、地域の安定と繁栄を脅かす要因の指摘と、中国への率直かつ公然とした批判、そういった戦略環境の認識に基づく国防費の相当な増額決定など、要するに、今回の国防白書が相当な硬派路線を採用していることであろう。16年白書の国防ドククトリンは、ハワード政権時代よりも一層上記の④を強調するものである。もちろん、公表された国防白書は、昨年9月にターンブル政権がスタートした時点で、既にほとんどが策定済みであったことから、今回の16年白書はターンブル政府の白書というよりも、むしろアボット政府の白書と見なすべきものである。また安全保障分野では硬派のアボットが、このような硬派路線を採用するであろうことは、十分に予想されていたことであった。

一方、政界入りする前に、投資家や投資銀行家としても活躍したことから、ターンブルは経済通、ビジネス通とは広く認められているものの、自由党の穏健派に分類されることもあって、ターンブルが安保通であると見る向きは少ない。今回の国防白書の硬派路線は、何よりもターンブルやペイン国防相の現状認識に基づくものであるとは言え、党内右派や連立先の国民党の懐柔を狙ったものでもある。また、ターンブルが安保分野でのタフさを国民に「売り込むため」のもの、更に労働党前政府と、ひいては労働党と「差別化」を図るためのものと言えよう。

ただ、首相就任時にほぼ完了していた国防白書を5カ月も「温存」していたのは、交代したばかりの国防相に学習の機会を与えるためでもあったが、同時に安保問題で、アボット政府と何らかの「差別化」を図るためでもあった。それが、安保問題の文脈の中で、あるいは豪州の直面する脅威問題の一環として、わざわざ地球温暖化問題を取り上げることであった。周知の通りターンブルは、地球温暖化問題では自由党内でも屈指の「確信犯」で、しかも同問題への対応については、市場メカニズムである温室効果ガス排出権取引き制度(ETS)がベストとの考えの持ち主である。

ところが、アボット政府が「直接行動」なる政策を採用、施行したことから、意に反して「直接行動」への支持を余儀なくされており、それに伴い、温暖化問題でのターンブルのクレディビリティーも低下気味となっている。アボット時代のオリジナルの国防白書では同問題を扱っておらず、今次白書でわざわざ温暖化問題に言及したのは、少しでも独自色を出したい、あるいは毀損されたクレディビリティーを回復したいといった、ターンブルの願望を反映したものと言えよう。いずれにせよ同白書は、ターンブル個人の国内向けの思惑、選挙対策の政治文書という特徴も併せ持つものである。

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