連邦選挙の重要争点と与野党のキャンペーン戦略

政局展望

連邦選挙の重要争点と与野党のキャンペーン戦略

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

そもそも選挙争点は2つに大別できる。1つは豪州の選挙全般に共通し、また常に争点となる「ルーティン的」なもの、かつ非政策的なもので、具体的には、与野党のリーダーシップに対する好悪や評価と、与野党の経済運営能力に対する「漠然とした」評価である。もう1つが政策争点で、これは各選挙によって争点化する分野も異なるし、しかも選挙によって争点の意義にも差異がある。今回の両院解散選挙では、労使問題と税制問題が比較的重要な政策争点となった。

選挙争点の歴史

過去6回の連邦選挙を振り返ってみると(注:選挙形態は全て下院の解散と上院半数改選の同時選挙)、ハワード保守連合政権下で戦われた初の連邦選挙、すなわち1998年10月の選挙では(注:ハワード政権の誕生は96年3月)、保守政府の財・サービス税(GST)の導入策という、大きな、かつ唯一とも言える経済政策争点があった。次の2001年選挙時には、重要政策争点はなかったものの、選挙帰趨にも影響を及ぼした大イベント、具体的にはボート・ピープル絡みの事件があった。また04年選挙でも政策争点は比較的少なかったが、他方で、TAS州の森林政策を巡る興味深い「政治事件」があり(注:同州を訪問したハワードが、森林労働組合のメンバーから拍手喝采を浴びた)、それによって与野党のリーダーシップ問題が大きく注目された。ハワード保守連合長期政権に終止符が打たれた07年選挙では、98年選挙並みの重要政策イシュー、具体的には、保守政府が06年3月から施行した、労使政策「ワーク・チョイス」が重要選挙争点となり、また、それが保守連合の直接かつ最大の敗因ともなった。

そして前々回の10年選挙では、政策争点というよりも、労働党の稚拙な政策執行ぶりや、第1期目のラッド首相を引きずり下ろした労働党の非民主的な体質、他方で、アボット野党保守連合代表の「ネガティブ一辺倒」の姿勢などが取り上げられた。最後に、前回13年9月の選挙でも、10年選挙に続き、選挙帰趨に重大なインパクトを与えた政策争点は存在しなかった。ちなみに13年選挙でアボット野党が大勝利を収めた最大の理由は、国民のアボット野党への積極的な評価によるものでは決してなく、国民への奉仕という、政府の本来の使命をないがしろにしたかのようなラッドとギラードとの権力闘争、ギラードの選挙公約違反、そして労働党政府の失政に対する国民の不満や憤りであった。

選挙争点の歴史

労使問題と税制問題が重要な政策争点となる今回の選挙戦。与党保守連合のマルコム・ターンブル首相(自由党党首=左)と野党労働党のビル・ショーテン党首
労使問題と税制問題が重要な政策争点となる今回の選挙戦。与党保守連合のマルコム・ターンブル首相(自由党党首=左)と野党労働党のビル・ショーテン党首

豪州では他の議院内閣制の国々と比べ、リーダーシップ問題が選挙帰趨の決定要因としてより重要である。その背景には、豪州が世界的にもユニークな義務/強制投票制度を採用しているとの事情がある。同制度の意味することは、任意制度の下では決して投票など行わないような、数多くの無関心層、無党派層までが投票を迫られるということだ。こういった層も投票所では、意図的に無効票となるような行為を行わない限りは、特定の政党を選択せねばならない。ところが、多くの人びとは与野党の政策の差異などには関心を抱いておらず、そもそも知識もない。

結局、政党を選択する動機は、いきおい漠然とした各政党のイメージや好悪とならざるを得ない。そして有権者の漠然とした政党のイメージを形成する上で重要なのが、何よりもリーダーへのイメージや好悪であるのだ。そのため、通常、選挙運動は与野党の党首が中心となって展開される。党首中心の選挙キャンペーンは近年になってますます顕著となり、メディアに登場するのはほとんどが与野党の党首だけとの状況となっている。今次16年選挙もご他聞に漏れず、顕著な「大統領選挙型キャンペーン」となっている。そして与党は、対抗相手のショーテンに対するスミアー・キャンペーンを強力に展開している。

具体的には、与党はこれまでのショーテンの「ネガティブ/反対一辺倒」戦略や、「小さな標的戦略」への攻撃である。確かに、今年に入ってからの労働党は、いくつかの政策分野で政策を公表しているものの、ショーテンのネガティブ・イメージが払拭されたとは言い難く、与党の攻撃は依然として有効である。また07年11月から13年9月まで続いたラッド/ギラード/ラッド労働党政府が、「失政政権」であったのは否定できず、しかも、その記憶は未だに多くの有権者の中にも残っている。ターンブル保守政府は、今次選挙でリーダーシップ問題や経済運営能力、更に各種政策を争点化する上で、そのバック・アップのために、労働党前政権の「体たらくぶり」を盛んに取り上げている。

すなわち保守政府は、「あれほどひどかった労働党を、わずか3年ほどで政権の座に復帰させて良いのか」、と有権者に強く訴えかけている。これに加えて与党は、後述するヘイドン司法調査委員会の報告書を持ち出しつつ、ただでさえ「謎の人物」、あるいは「どことなく胡散臭い」と見られてきたショーテンのイメージ、信頼性を一層毀損することを目指している。

こういった与党の反ショーテン・キャンペーンに対抗して、野党労働党もターンブル個人へのスミアー・キャンペーンを採用している。例えば、地球温暖化問題でのターンブルの変節を指摘しつつ、ターンブルの「カメレオンぶり」、信念、信条の欠如、ひいては信頼性の欠如を攻撃している。またターンブルが大富豪であることを指摘しつつ、「ターンブルは庶民感覚から遊離している」、あるいは「社会的弱者には冷淡」とのレッテルを貼るべく、躍起となっている。

経済運営能力

与野党リーダーシップへの好悪や評価と並び、有権者の投票行動を決定する上での重要要因であるのが、つまり選挙争点として重要なのが、与野党の経済運営能力に関する有権者の評価である。最近の世論調査からも明らかなように、経済の先行きに不透明感が漂っている中、経済運営能力問題は今次選挙では一層重要なものとなった。ただし、経済政策の詳細比較を通じた与野党の評価ではなく、有権者の印象が重要となる。

要するに、国民の生活に直接影響を及ぼす経済の現況、また同状況の現出に責任があると見なされる政府の経済運営能力、舵取り能力、あるいは野党の運営能力に対する予想といった、与野党の経済手腕に対する有権者の「漠然とした」印象やイメージが重要と考えられる。リーダーシップ問題と同様に、ここでも義務/強制投票制度の存在、すなわち、豪州では経済政策に限らず、政策全般に無知な政治的無関心層が多数投票するとの事情が関係している。そして、経済運営能力に関する与野党の「漠然とした」評価、イメージを決定する要因となるのが、国民にとっても分かりやすい金利の水準と(注:金融政策は中央銀行である豪州準備銀行の主管だが、例えば高金利に対する国民の怒りは政府へと向かう)、より重要なものとして、国家財政の状況である。

労働党の場合は、州レベルで見ても財政赤字、莫大な政府純債務高を記録することが多く、こういった2大政党の財政面での「実績」によって、2大政党の経済運営能力に対する評価については、ほぼ恒常的に労働党が保守連合の後塵を拝している。ターンブル与党としては、わずか3年ほど前までの労働党政府の「体たらく」を国民に思い出させつつ、「労働党は重税かつ大浪費政党」との攻撃スローガンを繰り返している。

これに対して野党は、財政赤字問題を基本的には歳入問題として捉え、従って厳格な節減策を通じた財政再建を目指すことについては、「的外れ」と主張すると共に、保守政府のこれまでの節減策を「社会的弱者いじめ」と批判しつつ、社会的公正や公平の観点から鋭く追及している。

労使関係問題

ターンブル保守政府が重要争点化することを狙ってきたのが、この労使問題である。そもそも今回の選挙は、歴史的にもまれな両院解散選挙であるが、その「大義名分」となるいわゆる「トリガー」法案は、労使関連の2法案、すなわち豪州建築・建設委員会(ABCC)の再設置法案と登録団体監督委員会(ROC)の設置法案である。そのため、労使政策が重要争点であるのは当然だが、実のところ労使関連分野の選挙争点化を目指す政府の思惑は、政策イシューというよりも、労働組合の「悪行」を暴いたヘイドン司法委員会報告書に依拠して、労組ならびにショーテン野党を攻撃し、両者のクレディビリティーを毀損することにある。すなわち、労組の政治ウィングとして誕生した労働党が、これまで一貫して票や資金の面で労組に強く依存し、そのため労組の影響を受けてきたとの事情、しかも多くの労働党政治家のキャリア・パスが、労組幹部を経たものであることに鑑み、労組攻撃を通じて労働党や同党政治家にダメージを与えることをもくろんでいるのだ。

しかもショーテンが、政界入りする前に右派系大労組の豪州労働者組合(AWU)の全国書記長であった人物で、また当時のショーテンの首を傾げたくなるような行動も明らかになったことから、なおさら同目的は重要なものとなっている。もちろん、これに対して野党ならびに労組側は、一部労組、一部労組幹部による違法行為の存在は認めつつも、そういった行為はあくまで例外的、孤立したものに過ぎず、労組全体に蔓延しているとの司法委員会の指摘には異議を唱えている。また野党は、豪州労働組合評議会(ACTU)をはじめとする労組側と同様に、ヘイドン司法委員会の調査が公費の乱用であるばかりか、保守政府のお先棒担ぎ、労組叩きの偏向調査、あるいは「政治的魔女狩り」であるとの従来の主張を繰り返している。ただ07年の選挙の時とは異なり、「保守政府の政策は労働者いじめ」との野党や労組のスケアー・キャンペーンが、今次選挙で国民の多数にインパクトを与えるとは思えない。結局、労使問題の選挙争点化は、今次選挙ではターンブル与党に有利に働いている。

税制度改革

昨年末から今年の初頭にかけて、財・サービス税(GST)制度の改革論議が高まった。ターンブルやモリソン財務大臣もGST制度の変更には前向きであったが、相当長期にわたってGST改革に対する国民の「期待感」を煽ったあげく、ターンブルは当面の間はGSTの改革を断念することを決定している。その結果、ターンブルの決断力、リーダーシップに深刻な疑問符が付けられ、各種世論調査での与党支持率、またターンブルの個人評価は一時低迷することとなった。

ただGST問題ほどのインパクトや重みはないとは言え、税制問題は依然として重要選挙争点の1つである。その理由は、最近明らかとなった政府の税政策に関し、与野党の意見が衝突しているからだ。具体的には、5月3日公表の来年度連邦予算案に盛り込まれた法人税の減税政策である。ターンブルの16年予算案では、アボット15年予算案のように雇用の創出や経済成長を単に「期待」するのではなく、経済成長を実現するため、また成長を通じた財政再建を実現するために、既存の小ビジネス事業体への助成策が大きく拡大されたばかりか、全事業体に影響を及ぼす長期計画が提示されている。具体的には、10年後には中小事業体どころか、大事業体をも含む全法人企業の税率を、一律で25%にまで低減するというものである。

ところが、アボット15年予算案に盛り込まれた小規模事業体への法人税減税策については、反対するどころか、景気浮揚効果のためには生ぬるいと指摘していた労働党だが、16年予算案の法人税減税策に関しては、大企業に恩恵を与える必要はないとして、労働党は年間売上げ高が200万ドルまでの小規模事業体のみを対象に、しかも税率も27.5パーセントまで低減させることだけを支持するとしている。

政府の法人減税策への反対によって、労働党は向こう10カ年度で490億ドルを「セービング」することになるが、ショーテンは経済成長を図るためにも、これを教育や保健・医療分野などでの歳出増の財源とする計画である。法人減税策は、16年予算案の中の最大の「目玉」であり、この問題で与野党の議論や主張が大きく割れていることは、同問題が重要選挙争点化することを保証するものであった。また政府は、野党が制度変更提言を行っているのに対し、政府は現状維持を主張している、「ネガティブ・ギアリング」制度についても争点化している。

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