与党保守連合の辛勝に終わった連邦選挙

政局展望

与党保守連合の辛勝に終わった連邦選挙

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

7月2日に実施された両院解散選挙は、予想通りにターンブル与党保守連合の勝利に終わった。ただ、ショーテン野党労働党は選挙キャンペーンで好パフォーマンスを見せ、今次下院選挙は予想を上回る接戦となっている。また下院では何とか過半数を制した保守連合も、上院では議席数を減少させる見込みで、今後ターンブル保守政権は、これまで以上に困難な政局運営を迫られるものと思われる。

選挙帰趨

定数150の新下院の政党勢力分布は(注:7月末現在、超接戦であったQLDのハバート選挙区で票の再集計が行われている)、与党保守連合が76議席でぎりぎり単独過半数を確保し(注:選挙前は90)、野党労働党は69(同55)、そして「その他」が5(同5)となっている。野党労働党は、TAS、伝統的な地盤地域であるNSWのシドニー郊外、そしてSAの地方選挙区などで善戦し、選挙前の議席数を一挙に14増加させている。ただし、今次下院選挙における労働党の第1次選好票得票率は、わずか34.48%に終わっている。これは、過去80年の間で2番目に低い労働党の得票率である。

一方、定数76の上院の勢力が確定するまでには、さらに日時を要するものの、現時点での予測では、保守連合が30議席(注:選挙前は33)、労働党は27(同25)、グリーンズ9(同10)、そして「その他」が10(同8)となっている。「その他」10の内訳は、①再選されたラムビー議員、②再選されたゼノフォンを含む3人の「ニック・ゼノフォン・チーム」(NXT)、③再選されたレオンハイムを含む2人の自由民主党、④ハンソン党首を含む極右政党ワンネーション党が3、そして⑤初当選したヒンチ、となっている。

接戦の理由

「ターンブル政府はメディケアの民営化を画策」と、積極的にスケア・キャンペーンを展開した野党•労働党のショーテン党首
「ターンブル政府はメディケアの民営化を画策」と、積極的にスケア・キャンペーンを展開した野党•労働党のショーテン党首

豪州で政権が交代するのは3つの要因、もしくはパターン、すなわち、(A)国民も長期政権にはさすがに飽きがきて、いわゆる「政権の替え時症候群」(イッツ・タイム・シンドローム)が発生する、(B)野党の政権担当能力の方が明らかに上に見える、そして(C)政府を懲らしめたいという、多数の国民の強い願望がある、といった3要因の内の少なくとも1つが当てはまる場合とされる。

ところが、今次連邦選挙は上記の3要因のどれも当てはまる状況にはなかった。そのため、ターンブル保守連合政府が下院議席数を減少させるものの、一応は満足できる程度の「余裕」を確保して再選を果たす、というのが大方の見方、予想であった。ただ勝敗については予想通りであったものの、与党保守連合の喪失議席数は予想を上回るものであった。確かに、選挙キャンペーンに入ってからも、世論調査の「ドンブリ勘定」での、すなわち全国レベルにおける「2大政党選好率」では与野党が拮抗していたか、むしろ野党がリード気味ではあった。ただ、選挙の勝敗を決めるのは全国で数十の激戦選挙区の結果の積み重ねで、そしてキャンペーン後半に実施された激戦選挙区での世論調査結果は、野党にはかなり悲観的なものであった。

ところがふたを開けてみれば、与党が相当な苦戦を強いられたわけである。その最大の理由、しかも他の理由、要因の全てを併せた以上に重要であったのは、国民皆保険制度メディケアに対する野党のスケア・キャンペーンであった。今次選挙キャンペーンにおける、野党の主要戦略の1つは、国民の目を経済分野ではなく、教育や保健・医療分野に向けさせる、そしてネガティブ・キャンペーンに強く依存することであった。

まず前者だが、その動機、理由は、労働党は経済分野の評価では与党の後塵を拝しているし、一方で、教育や医療は伝統的に労働党の方が「得意」とされてきた分野であるからだ。しかも、教育と並んで保健・医療は、国民の政策分野別関心度についての各種世論調査において、恒常的に上位にランクされる重要分野でもある。だが教育と同様に、今次選挙では保健・医療が重要争点化するとは予想されていなかったし、そして実際に野党は選挙キャンペーンの中盤まで争点化には失敗している。というのも、ターンブルは懸案の公立病院助成額節減問題ではやや妥協していたし、またアボットの14年連邦予算案の公表時には与野党間で大きな差異のあった保健・医療政策にしても、例えばメディケア共同拠出策の放棄など、保守政府が国民の反発に恐れをなして同分野の重要厳格化政策を破棄したことから、以前よりも同分野での差異は小さなものとなっていたからだ。

当然のことながら、与野党の政策に大きな差が無ければ、争点化することは難しい。そこで、ショーテン野党は無理やり保守連合との「差別化」を図っている。それがキャンペーン第7週目に最も注目され、また論争を呼んだショーテンの主張、すなわち、6月19日にシドニーで開催された野党の正式キャンペーン・ローンチで、ショーテンが「ターンブル政府はメディケアの民営化を画策している」として、政府を強く攻撃したことであった。その直後から野党は、メディケア問題にほぼ特化して、豪州の医療制度は「社会的弱者に冷たい」米国型の医療制度になると警鐘を鳴らしつつ、対与党スケア・キャンペーンを強力に展開したのである。そして野党は、国民の間で依然として人気の高い、しかも現行のメディケア制度を導入したホーク元首相を政治宣伝に登場させ、同PRを後押ししている。

ただ問題は、そもそもメディケア制度の民営化が何を意味するのかは置いておくとしても、ショーテン野党の主張が根拠を欠く、あるいは根も葉もないものであったことだ。確かに保守政府は、旧態依然として費用対効果の低いメディケア支払いコンピューター・システムの改革、例えば外注化を検討してはきた。ただ、そういった改革の必要性は労働党も政権党時代には認識していたもので、また外注化については労働党も検討していた。しかも仮に支払い制度を外注化しても、それがメディケア制度の「民営化」を意味するものでは決して無い。更に言えば、野党の主張に対してターンブルは、繰り返しメデイケア民営化計画がナンセンスで、絶対に有り得ないと口を酸っぱくして強調している。

ところが野党は、その後も執拗に民営化スケア・キャンペーンを展開し、そして民営化計画など全く無いとの政府の全面否定に対しては、財・サービス(GST)の導入を否定していたハワードが、前言を翻してGSTを導入した例(注:ただし、ハワードは選挙の前に導入の意図を明言している)、あるいは、アボットが13年選挙日の前日に否定していたにも関わらず、各種節減策を採用した例などを挙げつつ、ターンブルも民営化否定の公約を守るとは思えないといった反論を行っている。この牽強付会どころか、事実無根の主張は、ショーテン野党のクレディビリティーを毀損する可能性のあるものであったし、また実際に今後ショーテンに跳ね返ってくる恐れもある。

ただ一部の国民の間には、保守政党は以前から公的医療制度には「クール」であったとのパーセプションとともに、公的なメディケア制度下では医療費が安い一方、民営化イコール採算重視、「ユーザー・ペイ」といったイメージが醸成されている。そのため、「ターンブルを選ぶか、それともメディケアを選ぶのかで、両者を同時に選ぶことはできない」とのショーテンの訴えは、結果的に甚大な効果を上げたのである。その証左が、今次選挙におけるTASの結果である。

同州の連邦下院定数は5だが、6月23日に同州の5つの選挙区ごとに実施された世論調査では、与党自由党の劣勢が明らかとなっている。その背景としては、調査実施日の前日に開催された野党のキャンペーン・ローンチで、メディケア・スケア・キャンペーンがぶち上げられ、早くもその効果が表れたためと考えられた。

というのも、上記世論調査の「投票行動を決める重要関心イシュー」に関する質問では、5選挙区の内の3つにおける圧倒的な第1位は、保健・医療助成問題となっていたからだ。本選挙では、実際に3選挙区の現職自由党議員が落選している。また今次選挙で野党は、元々労働党の地盤地域であったシドニー西部郊外で大善戦したが、低・中所得層の多く居住する同地域でも医療問題は極めて重要であり、したがって野党のスケア・キャンペーンが大きく奏功したものと思われる。

第2に、予想以上の抗議票が発生したことも指摘できよう。まずターンブルに対する失望感による抗議票、どちらかと言えば、かなり弱い動機に基づく抗議票が発生したものと思われる。そしてこういった抗議票は、ターンブル保守政権の勝利が予想されていただけに、余計に発生したものと思われる。というのも、この手の抗議有権者層は、政権の交代を望んでいるわけではないことから、政権が危ういと考えれば抗議票など投じないからだ。他方で、今次選挙ではいわば漠然とした動機による、ただし相当に強い動機に基づく抗議票も発生している。それは世界的傾向とも言えるもの、すなわち、米国大統領選挙を巡る「トランプ旋風」、あるいはEU離脱の是非を問う英国(連合王国)の国民投票運動でも観察されたもので、具体的には、社会的格差の拡大やグローバリゼーションに怒る有権者層、不満有権者層による、既成秩序や権威への挑戦の動きである。今次選挙でそれが強く認識されたのは、極右政党ワンネーション党の党首として、90年代後半に大いに物議を醸したハンソン女史が、ついに政界への復帰に成功したことであった。

最後に、与野党のキャンペーン戦略の優劣も挙げられよう。野党労働党のキャンペーン戦略の1つは、上述したような徹底的なスケア・キャンペーン、あるいはターンブル個人をターゲットとしたスミアー・キャンペーンへの強い依存であった。スケア/スミアー・キャンペーンは、しばしば相当な効果的を上げるものの、そのタイミングや主題、やり方には注意を要する。ところが今次選挙では、メディケア問題という格好の材料を得て、一挙に絶大な効果を上げることとなった。

これに対して保守連合は、政府の能力、実績や将来計画を誇示するといった、ポジティブ・キャンペーンを重視している。おそらくその背景には、ネガティブ・キャンペーンなどの姑息な手段に頼るのは沽券に関わる、とのターンブルのプライドがあったように思える。ただ保守政府は、ボート・ピープル問題の他にも、テロ問題を中心とする国家安全保障全般、財政再建問題、そして労働組合の「悪行」など、ショーテン野党を攻撃する材料には事欠かなかったはずである。ところが、それも「宝の持ち腐れ」に終わってしまった。

政局の行方

ターンブルが特殊な両院解散選挙の形態を選択した主要理由の1つは、上院から泡沫政党/候補を一掃することにあったが、これは完全に裏目に出た。言うまでも無く、保守連合は過半数には程遠く、また実力派のゼノフォン率いる「ニック・ゼノフォン・チーム」(NXT)はまだましとしても、「泡沫」議員の中でも取り分けカラフルであったラムビー女史が再選されたばかりか、極右政党ワンネーション党のハンソン党首まで当選したからだ。「まとも」とされるNXTについても、パーマー連合党(PUP)と同様の「危うさ」を抱えており、今後混迷要因となる可能性も無きにしもあらずである。というのも、ゼノフォンはパーマーとは違い、SA州上院議員や連邦議員を続けてきたベテランの「政治の玄人」であり、実力や人格も相当に評価されている人物でもあるが、ただ「オポチュニスト」かつ「ポピュリスト」であることは間違いなく、したがってグループ内にはPUPと同様の脆弱要因が存在しているからだ。

いずれにせよ、保守連合政府の上院での政府法案を巡る交渉は、極めて煩雑で困難なものになることが予想される。もちろん、このように小政党/泡沫候補が上院、政界で甚大な影響力を発揮できるのは、野党労働党やグリーンズが政府の政策に反対する場合に限られ、新上院の下でも、両党どころか、どちらか一方の政党が政府を支持しただけで、「泡沫」議員の影響力などは一挙に雲散霧消する。しかしながら、これまで「ネガティブ/反対一辺倒」路線を採用し、しかも今次選挙で善戦したことによって、それが奏功したと考えるショーテン野党が、今後建設的な路線を選択するとは思えない。また、ディー・ナターレ党首の下でよりプラグマティストになったとは言え、理想を追求し「ファンタジーの世界の住民」であり続けるグリーンズが、ターンブル政府に協力的となることも期待できない。

要するに、引き続き「泡沫」議員が政府法案の成立のカギを握る、との状況が頻繁に現出する可能性が高く、ターンブル政府は極めて困難な政局運営を迫られよう。

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