二重国籍問題で大揺れの連邦政界

政局展望

二重国籍問題で大揺れの連邦政界

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

二重国籍の問題から、現時点で7人もの連邦政治家の議員資格に疑義が呈されている。その中には、国民党のジョイス副首相といった大物政治家も含まれており、連邦政界は混迷状況に陥っている。

豪州憲法第44条と第45条

豪州連邦憲法の第44条には、連邦上院議員もしくは下院議員として選挙され、または出席することができないケースが幾つか列記されている。議員となることが妨げられる人物とは、要するに、①外国の「スパイ」等、②犯罪者、③破産者、④公務員、そして⑤連邦政府と金銭上の利害関係を有する者、の5つのケースである。

一方、第45条には、上院議員または下院議員がその職を失うケースとして、その第1項に、「前条に掲げる欠格事由の一に該当する場合」、第2項には、「譲受、和議その他の方法で、破産または支払い不能となった債務者に関する法律による救済を受けた場合」と規定されている。

周知の通り、昨年7月に実施された両院解散選挙後、既に家族優先党のデイと、ワン・ネーション党のカールトンの議員資格が無効となり、両者は上院議員を辞職している。デイのケースでは上記の③と⑤に抵触したことから、一方、カールトンの場合は②と③に抵触したことが理由であった。実は現在も、複数の議員が上記⑤との関連で議員資格に疑義が呈されているが、何と言っても大きな問題となっているのは、上記①絡みの問題である。

現時点で7人もの政治家が、二重国籍者や多重国籍者には議員資格がないことがうたわれた憲法第44条第1項、すなわち「外国に忠誠を尽くし、服従し、もしくは加担すると認められる者、外国の臣民もしくは市民である者、または外国の臣民もしくは市民の権利もしくは特権を有する者」が議員となることを禁じた規定に、抵触している恐れがあると見られているのだ。

これら「灰色議員」は、豪州最高裁判所内に設置される選挙結果訴訟裁判所によって、議員資格の有無が審理されることとなる。

灰色政治家

議員資格に疑義が呈されている7政治家とは、まず7月中旬にNZとの二重国籍であることを明らかにした、WA州選出豪州グリーンズ党連邦上院議員のラドラムと、カナダとの二重国籍者であることを明らかにした、QLD州選出グリーンズ党のウォーターズ女史である。

両議員共に、二重国籍者との事実は知らずにいたとされるが、公表と同時に早々と上院議員から辞職している。ただ、両者とも直前まで豪州グリーンズ党の副党首を務めていたことから、両議員の二重国籍問題は、グリーンズ党全体の信頼性を著しく毀損(きそん)するものであった。

3人目は、ワン・ネーション党のQLD州選出上院議員であるロバーツである。ロバーツは二重国籍の可能性を認識して、昨年7月の上院選挙の前には事実確認をし、他国籍を破棄するためにも一応動いてはいる。しかしながら、ロバーツによる英国国籍の破棄が正式に認められたのが、選挙の5カ月後であったことから、選挙の時点でロバーツが二重国籍者であった疑いが濃厚となっているのだ。

4人目は、7月下旬に明らかとなった、次期党首の有力候補とも目されている国民党のカナバン資源・北部豪州担当大臣である。イタリアとの二重国籍であることが判明したカナバンは、閣内閣僚からは即日辞任したが、引き続き上院議員には留まっている。その理由としてカナバンは、同条項に違反していることが明白なわけではないからとしている。背景には、イタリア国籍の申請は、カナバンの母親が自身のイタリア国籍申請を2006年に行った際に、カナバンの承諾どころか、カナバンには知らせることもなく、カナバンの国籍申請も併せて行ったとの事情がある。

ただ何と言っても、連邦政界にショックを与えたのは5人目であった。すなわち8月14日に、ジョイス副首相(注:与党国民党党首兼農業・水資源大臣)が連邦下院議場で、自身が隣国NZとの二重国籍者であることが判明したとの事実を明らかにしたのである。

また17日には、同じく与党国民党のナッシュ副党首も(注:地方開発・地方公共団体及び特別地域・地方通信相)、英国との二重国籍者であることを明らかにしている。

更に18日には、上院でしばしば「バランス・オブ・パワー」を掌握する、ニック・ゼノフォン・チームの代表であるゼノフォン上院議員も、英国との二重国籍者であることが判明したと公表し、これで憲法第44条第1項関連で議員資格問題の渦中にある議員は、合計で実に7人を数えることとなったのである。

ジョイス事件のインパクト

二重国籍問題の渦中にある国民党のジョイス副首相
二重国籍問題の渦中にある国民党のジョイス副首相

ジョイスを始めとする国民党の大物政治家の二重国籍問題、そして同問題へのターンブル保守連合政府の対応は、保守政府全体に対し、大きなダメージを与えるものであった。

まず第一に、ターンブルの面子が潰されたことだ。その理由は、上記グリーンズ党議員の問題が発生した際に、ターンブルがグリーンズ党の怠慢さやいい加減さを、極めて冷ややかな調子で批判したことによる。ところが、グリーンズ党のような歴史の浅いマイナー政党とは異なり、歴史も規模も堂々たる与党国民党でも同様な問題が発生し、また当事者は国民党に所属する閣内閣僚5人の内の3人、しかもその3人とは、党首、副党首、そして将来の国民党党首候補の最右翼の3人であった。そのため、ターンブルの「おめでたさ」が強く認識されることとなったのである。

第二に、重要な連邦議会の審議がジョイス問題一色となり、また政府は防戦を余儀なくされた結果、ターンブル政府はポジティブ・イシューの推進、重要な政府政策法案の審議や採決を諦めざるを得なくなったことだ。政府にとってとりわけ残念であったのは、重要案件のメディア業界規制改革法案が頓挫してしまったことであろう。

第三に、最も重要な点として、同問題を通じて、各種政策分野でも問題視されてきた、ターンブル政府の首尾一貫性の無さ、ご都合主義ぶりが一層認識されたことだ。その理由は、当該国民党閣僚の取り扱いの違いである。上述したように、カナバンのケースでは、カナバンは上院議員には留まり続けているものの、閣僚からは暫定的にせよ辞任している。ところがジョイスやナッシュのケースでは、議員の継続はもちろんのこと、両者共に閣僚にも留まり続けるとしている。そしてターンブル政府は、こういった取り扱いの違いに関し、納得のいく理屈を提示できずにいるのだ。

確かに、カナバンのケースについては、本人は知らなかったと主張しているものの、イタリア国籍の取得はカナバンの母親の意図的、積極的行動の結果によるもので、他方で、ジョイスやナッシュの場合は、たまたま父親がNZもしくはスコットランド生まれで、そのため自動的に二重国籍となり、しかもそのことを、あるいはそのような血統に由来する他国の国籍制度を、両者共に全く認知していなかったという違いはある。

また、かつては英国、豪州、カナダ、そしてNZといった英連邦諸国の国民は、同じく英国臣民であり、したがって相互に「外国」ではなかったとの事実もある(注:これに対しイタリアは、以前より「外国」である)。

更に言えば、ターンブル政府は、最高裁の過去の判例に基づく内部からの法律助言によって、ジョイスのケースでは、第44条第1項に抵触する可能性は低いとの感触、期待を抱いている。

しかしながら、以上の事実、諸点から、カナバンとジョイスやナッシュの取り扱いの違いを、野党はもちろんとして、国民に納得させることは難しく、とりわけカナバンとナッシュの場合はなおさらと言えよう。政府の首尾一貫性の無さは、政府の行動が極めて政治的であったことの証左と言えるものである。

政府にとって、ジョイスのケースは深刻な問題をはらむもので、何よりも国民党の党首、すなわち副首相という大物であるし、より重要な点として、ジョイスが下院議員であるからだ。周知の通り、政権党が決まる定数150の下院で、保守連合政府は過半数ギリギリの76議席を擁するに過ぎない。従って、下院議員であるジョイスの議員資格の行方は、ターンブル保守政府の存続にも関わりかねないものであるのだ。また、最高裁の判断が公表されるまでには時日を要することから(注:早くとも10月中頃との見方もある)、保守政府としては、それまでの議会運営をどうするかとの問題もある。

要するにジョイスのケースでは、それが首尾一貫性に悖(もと)るものとなっても、ターンブル政府には弱腰を採る余地はないと言える。というのも下院の状況に鑑み、政府が野党の閣僚辞任要求を受け入れ、ジョイス問題で妥協すれば、野党の一層の攻撃を招き、ターンブル政府自体の「正統性」(Legitimacy)を著しく毀損し、自ら政権の屋台骨を傾かせる危険があるからだ。

それが、ジョイスの副首相兼閣僚ポストの「続投」であり、ジョイスの議員資格に関するターンブルの強気、楽観的な主張ともなっているのだ。しかしながら、ターンブル政府の「強面」対応は、やはり相当に無理のあるもので、他方で、執拗かつ効果的な攻撃を加えた労働党の評価を高めるものであった。

ジョイス問題の行方

重要なジョイス問題の今後の行方について検討してみると、ターンブルは内部からの助言に基づき、ジョイスの議員資格は有効であり、また最高裁もそのように判断する公算が高いと述べている。

ターンブルの主張する議員資格有効の根拠とは、連邦憲法第44条第1項の目的、趣旨とは、議員が「忠誠の衝突」、あるいは「忠誠相反」の状況に陥ることを排除することにあるが、ジョイスのNZ国籍は本人の預かり知らぬところで、血統上の理由から自動的に授与されたもので、しかもその事実をジョイスは知らずにいたことから、そもそも「忠誠の衝突」など発生する余地がない、といったものである。

政府の論拠に従えば、ジョイスばかりか、カナバンやナッシュ、更にグリーンズ党のラドラムやウォーターズの議員資格も、有効と見なされることとなる。ただ他方で、最高裁が憲法の条文を文字通り厳格に解釈して、二重国籍問題を抱える議員の多くの議員資格を剥奪する、と予想する向きもある。そのように予想される理由は、ひと言で言えば、やはり「知らなかったでは済まされない」問題であるからだ。

言うまでもなく、第44条は憲法が発布した1901年から存在しており、また外国で誕生したり、両親もしくは片親が外国生まれであった場合などに、二重国籍や多重国籍の問題が生じる可能性があることも、当然予想されてしかるべきものである。しかも、ここで二重/多重国籍問題の議論の対象となっているのは、国政を担う議員や議員予備軍の人びとである。そのため、単に知らなかっただけでは済まされず、最高裁も厳しい判断を行うと見る向きもあるのだ。

さて、仮に最高裁が二重国籍問題でジョイスの議員資格を剥奪した場合は、上院の方式とは異なり、すなわち、前回選挙における州別上院票を再集計して、資格が剥奪された上院議員の後任を決定するとの方式とは異なり、ジョイスの選挙区であるNSW州のニュー・イングランド連邦下院選挙区で補欠選挙が実施され、後任が決定されることになる。

上院のケースでは、再集計作業を経ても、当該議員が所属する政党の「上院チケット順位」(注:各政党が事前に決定した、選挙における当該政党候補者の当選優先順位)の下位の者が繰り上げ当選となることがほぼ確実で、したがって上院の政党勢力バランスも維持される公算が大となる。

ところが、下院の場合には選挙のやり直しとなり、そのため選挙後に与野党の下院議席数が変化する恐れがある。しかも与党が過半数ギリギリという下院の現況に鑑み、補欠選挙の結果が政界に重大なインパクトをもたらす可能性もあるのだ。

ただし、結論から言えば、仮に補欠選挙となっても、下院の政党バランスが変化する公算は低い。その理由は、議員資格が剥奪されたジョイスが補選に出馬するのは確実で、そして補選で再選されることもほぼ確実であるからだ。一方、補選が実施され、例えば労働党候補が勝利するといった、可能性が極めて低い特殊なシナリオであった場合でも、一部「その他」議員が保守政権の存続を支持していることから(注:政府への不信任決議案に反対することと、政府本予算案には反対しないことの2点を保証)、ターンブル政権が一挙に瓦解(がかい)する可能性は相当に低いと言える。

ただし政権が維持されても、「下院の過半数」を喪失したターンブルは、保守連合内部からの造反には一層ぜい弱となり、この事実が与党内の求心力をますます弱めることは必至である。

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