ゼノフォン上院議員のSA州政界への鞍替え

政局展望

ゼノフォン上院議員のSA州政界への鞍替え

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

10月6日、ニック・ゼノフォン・チーム(NXT)の代表であるゼノフォンSA州選出連邦上院議員が突然、記者会見を開き、来る選挙結果訴訟裁判所(注:豪州最高裁判所内に設置)の判決如何にかかわらず、連邦上院議員を辞職し、そして来年3月17日に出身州のSA州で実施される州選挙に「SAベスト」なる政党から出馬して、再度州政界入りを狙うとの爆弾宣言を行っている。実力者ゼノフォンの連邦政界からの離脱は、連邦上院の混迷を一層深化させる恐れのあるものである。他方で、SA州与野党の評価の低さ、地元SA州でのゼノフォンの人気の高さに鑑(かんが)み、SA州選挙で「SAベスト」が次期州政権の行方に重大な影響を及ぼす可能性が高く、SA州選挙の帰趨が一層注目されている。

ゼノフォン議員のプロフィルと影響力

NXTのニック・ゼノフォン連邦上院議員は、1959年1月29日にSA州の州都アデレードで誕生している(58歳)。父親はキプロス島から豪州に移民してきたギリシア人である。この父親は移民後、建設関係のビジネスで相当な成功を収め、おかげでゼノフォンも、アデレードの富裕層の子弟が通う名門私立高校を卒業している。ゼノフォンの家庭では、政治談義が盛んであったというが、その影響もあってか、アデレード大学法学部入学直後には同大学の自由党クラブに入部。ただゼノフォンは、自由党とは袂を分かっている。

大学卒業後は、15年間にわたり辣腕の事務弁護士として活躍。ところが弁護士時代に、ポーカー・マシン賭博などで悲惨な財政状況、家庭状況に陥った多くの顧客を間近に見た経験から、本格的に政治の世界に入ることを決意している。

結局、ゼノフォンは、ポーカー・マシン賭博規制をほぼ唯一の選挙公約として掲げ、97年のSA州上院選挙に出馬して初当選し、その後、10年間にわたり州上院議員を務めた。そして、ハワード保守連合長期政権が敗北した2007年11月の連邦選挙において、無所属で上院選挙に出馬して当選し、連邦政界への鞍替えに成功している。

来年3月17日にSA州選挙に出馬すると表明したニック・ゼノフォンSA州選出連邦上院議員
来年3月17日にSA州選挙に出馬すると表明したニック・ゼノフォンSA州選出連邦上院議員

当選後のゼノフォンは、新米かつ唯一の無所属議員に過ぎなかったが、当時から家族優先党のスティーブ・フィールディングと共に強い影響力を誇っていた。というのも、連邦議会はほぼ恒常的に「(広義の)両院のネジレ現象」下にあり、仮に野党保守連合が反対する労働党政府法案を、ゼノフォンも反対すれば、自動的に政府法案は否決されることになったからだ。こういったゼノフォンの影響力は、13年9月にアボット保守連合政権が誕生してからも、また15年9月にターンブル保守連合政権がスタートしてからも同様であった。それどころか、昨年7月の両院解散選挙では、ゼノフォンを代表とするNXTは上院で3議員、しかも小政党候補の当選の困難な下院でも1議席を擁するまでに成長している。

一方、「(広義の)両院のネジレ現象」はますます悪化し、またショーテン野党労働党やグリーンズ党の相変わらずの「ネガティブ/反対一辺倒」路線によって、上院「その他」議員の中のNXTの存在感はかなり大きなものとなっている。実際にターンブル保守政府は、ゼノフォンNXTのおかげもあって、幾つかの政府重要法案を成立させることに成功している。

そのゼノフォンの信条だが、学生時代には保守の自由党に関与したものの、相当に左派的傾向もあり、現在でもゼノフォンの政治思想上の位置を特定することは難しい。また州議員時代には変節が多かったとの指摘もあり、ますます特定することは困難と言える。ただ、長らく反賭博運動に関わってきたことからも明らかなように、根底にあるのは社会的弱者の救済、弱者の味方という点である。更に、そもそも連邦上院議員の主要な役割とは出身州の権限の擁護で、しかも小政党や無所属議員の場合は、再選されるためにも、それを強調することが余計に必要となるが、ゼノフォンは上院議員の中でも、出身州の権限、利益の追求が極めて露骨な政治家である。

人柄だが、メディア好き、目立ちたがり屋などと揶揄される通り、しばしばテレビ・カメラの前で大道芸人顔負けのパフォーマンスを行う。ただ、大政党に所属しないゼノフォンとしては、知名度を上げ、維持するためにも致し方ないと言えよう。一方、ゼノフォンは知性の高い相当な政策通であり、大政党を向こうに回して、一歩も引けを取らない交渉上手でもある。なお、見るからに精力に溢れたゼノフォンだが、心臓疾患と慢性の腰痛を抱えている。

鞍替えの意味合いと背景

今回の爆弾発言だが、周知の通り、現在ゼノフォンは他の6人の連邦議員と共に、二重国籍問題の渦中にある。すなわち、ゼノフォンは豪州連邦憲法第44条の第1項に抵触する恐れがあるとして、選挙結果訴訟裁判所による議員資格審理の対象議員となっている。

ゼノフォンのケースについては、議員資格が剥奪される可能性は低いと予想する向きが多いが、仮に昨年の上院選挙での当選が無効となった場合は、NXTの次のSA「上院チケット順位」の者が繰り上げ当選となる。ただゼノフォンは、仮に当選が有効とされた場合も、連邦上院議員を辞職するとしている。その場合は、NXTの選択、指定した人物がゼノフォンの後任となる。

ところでゼノフォンは昨年の上院全数改選選挙で、SA州の当選上位6位以内に入っていることから、任期は6年、すなわち、22年の6月30日までとなる(注:下位6人は3年任期で、19年の6月30日まで)。ゼノフォンの後任は残り5年近い任期を継ぐこととなる。

いずれのケースであれ、NXTの上院議員が3人との現状は維持されるが、ターンブル政府にとって、ゼノフォンが連邦政界から引退することはやはり痛い。その理由は、確かに政府への支持の見返りはしばしば高くついたし、また政府はゼノフォンの要求により政府法案の修正を余儀なくされてきたものの、これまでは実力者のゼノフォンさえ何とか説得すれば、NXTの3票が自動的に確保できたからだ。ところが今後は、昨年の選挙で当選したばかりの、あるいはゼノフォンの後任として政界入りしたばかりの、政治家としては未だに「素人」に近いNXT議員と、しかも、おそらくは個別に交渉することとなる。

もちろん、ゼノフォンが政界から引退するわけではなく、本人も述べているように、今後もターンブル政府との交渉では一定の役割を果たすものと思われる。しかしながら、これまでのようには行くまい。

さてゼノフォンは州政界へと鞍替えする計画だが、その肝心の動機としては主として2つが挙げられよう。1つは個人的な動機で、実は精力的なゼノフォンも、長年にわたる地元を離れたキャンベラでの激務生活には嫌気がさしているとされる。またギリシア系ということもあって、今でも肉親とは濃密な関係にあり、年老いた親のためにも地元での生活を優先したいとされる。ただ個人的動機もさることながら、より重大な動機としては、ゼノフォンが次期SA州選挙への出馬を、大きな賭けではあるものの、自身の政治家人生の一大チャンスと捉えていることが指摘できる。というのも、次期SA州選挙で「SAベスト」がキング・メーカー役を果たす可能性もあるからだ。

次期SA州選挙

ここでSA州の政治状況を見てみると、まずSA州では4年間の固定任期制が採用されており(注:州下院選挙並びに上院半数の改選選挙は、常に4年ごと、3月の第3土曜日に実施される)、前回の同州選挙は14年の3月15日であった。実は前回SA州選挙は野党自由党の楽勝との下馬評が高かった。最大の理由は、SA労働党政権が既に12年もの長期政権であったことから、何よりも「イッツ・タイム・シンドローム」(注:「政権の替え時症候群」)が発生すると予想されたからだ。

ところが大方の予想に反して、年SA州選挙は大接戦となった。すなわち、前々回の10年選挙と同様に、州全体の第1次選好票の得票率では野党自由党が与党労働党を圧倒し、また「2大政党選好率」ベースでも、自由党が53%に対して労働党は47%と、野党が相当なリードを果たしたにもかかわらず、定数47の下院で、与党労働党が23議席に対し(注:選挙前は26)、野党自由党は22(同18)、そして無所属が2(同3)と、わずかながらも与党が議席数で野党を上回り、しかも下院は2大政党のどちらもが過半数に満たない、いわゆる「ハング・パーラメント」に陥ったのである。

結局、SA州政権の行方はブロックとサッチという、2人の無所属議員の意向次第となったが、選挙から1週間ほどが経過した3月23日、政権の安定性、持続性を最重視すると述べてきたブロックが、労働党を支持することを宣言している。その結果、労働党は過半数の24に達し、選挙前の大方の予想に反して、ウェザール率いる労働党がマイノリティー政権として存続することになったという経緯がある。

予想外の結果となった要因としては、ウェザール労働党の対アボット連邦政府スケアー・キャンペーンが効果を上げたことや、労働党が10年選挙に続いて、アデレード都市部の激戦選挙区の損失を、限定化することに成功したことが指摘できる。いずれにせよ、ウェザールSA州労働党政権は、そのパフォーマンスが評価された結果、14年州選挙で勝利を果たしたわけでは決してなかったのである。

それから3年半ほどが経過したが、依然として不振の州経済を背景に、ウェザール政権への評価は一層低迷している状況である。そして、同政権の無能ぶりを徹底的に印象付けたのが、今回ゼノフォンも指摘した、昨年9月28日に同州で発生した大停電事件であった。確かに大停電の直接の原因は、歴史的にも稀なほどの強烈な嵐にあったものの、地球温暖化対策偏重のウェザール政府による風力発電への過剰かつ急激な依存が、SA州の電力供給システムに脆弱性を持ち込んだことは否定できず、結果的に、同政権の経済運営能力の欠如が改めて認識されたのである。

ちなみにゼノフォンは、今夏における電力の安定的供給見込みという、極めて当たり前のことを、あたかも労働党政府の重大な貢献、能力であるかのように喧伝するウェザールを冷笑、揶揄するとともに、この大停電事件はSA州の「統治システム」が壊れていることを明示する、極めて象徴的な事件であったと主張している。

このように、実のところウェザール労働党州政権は、前回14年州選挙の時点ですら「死に体」に近い政権であり、しかもその程度は一層強まっているのだ。したがって来年3月のSA州選挙では、労働党の歴史的大惨敗が予想されてしかるべきなのだが、ところがSA州民にとって不幸な点は、野党の自由党の方も精彩を欠いており、代替政権となる資格が不十分であることだ。しかも就任当初は好調であった野党リーダーのマーシャルも、現在では評価を下げている。

それにしてもウェザール政権のお粗末さに鑑み、野党の評価が今一つであるのは驚くべきことと言える。要するに、次期SA州選挙で有権者は「不毛の選択」を迫られる状況にあるのだが、こういった閉塞的で「退屈」な状況も、高人気のゼノフォンの州選挙への参入で俄然変わることが予想される。実際に、10月中旬にSA州で実施されたギャラクシー世論調査によれば、政党支持率で「SAベスト」は30%と、31%の野党自由党に肉薄しており、一方で、与党労働党の26%を凌駕している。しかも「好ましいSA州首相」の項目では、ウェザール州首相とマーシャル野党リーダーが、共に21%に過ぎなかったのに対し、ゼノフォンは何と41%を獲得している。もちろん、ゼノフォンの「SAベスト」が擁立する候補者は、ゼノフォンの他に下院でせいぜい20人程度に過ぎず、次期選挙後に「SAベスト」が、最大勢力としてSA州下院に登場するとは考え難い。

しかしながら、2大政党の評価が共に低いことに鑑み、一方、SAでのゼノフォン・グループへの評価が高い中、次期SA州下院選挙の結果が、前回選挙と同様の「ハング・パーラメント」となり、従って少数政党の「SAベスト」の意向次第で政権が確定する、とのシナリオも十分にあり得ると言える(注:ただしゼノフォンは、どちらの政党を支持するにしても一定の距離を置く、換言すれば、閣内協力の可能性は否定している)。

そうなればゼノフォンは、SA州政界で絶大な影響力を手に入れることとなる。そのような予想、期待が、ゼノフォンの州政界への鞍替えの最大の動機であると言えよう。なお、ゼノフォンはアデレードの北東に位置し、現在自由党が保持するハートレー州下院選挙区から出馬する予定だが、ここはゼノフォンが長年にわたり居住する地元でもあることから、ゼノフォンが当選することは確実である。

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