ターンブル首相の失脚とモリソン首相の誕生

ターンブル首相の失脚とモリソン首相の誕生

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

8月半ばに入って一挙に顕在化した与党自由党のリーダーシップ問題は、予測を大きく上回る勢い、ペースで急展開し、結局、8月24日の正午に、連邦議会内で連邦与党自由党の臨時両院議員総会が開催される事態となった。臨時総会では、まずターンブル指導部への不信任動議(Spill)が採決に附されたが、結果は45票対40票で動議が可決され、それに伴い、自由党の党首選出選挙が実施されることとなった。ただ公約通りに、ターンブル首相(自由党党首)は党首選挙に出馬せず、モリソン財務大臣、ダットン内務相、そしてビショップ外相(自由党副党首)の三つ巴の混戦となったが、まず投票の第1ラウンドで最下位であったビショップが脱落。次の第2ラウンドのモリソンとダットンとの一騎打ちでは、党首挑戦の「仕掛け人」であったダットンが40票であったのに対して、ターンブルの不出馬宣言を受けて、急遽党首選挙への出馬を決意したモリソンが45票を獲得し、勝利を収めている。

首相交代劇の経緯

長期にわたった冬季休会も終了し、8月13日には連邦議会が再開されたが、ターンブル保守政府にとり、2週間にわたる8月の議会での最重要案件は、過去2年程にわたって注目を集めてきた、地球温暖化/エネルギー(電力)政策問題であった。具体的には、議会再開直前の8月10日に開催された連邦・州等エネルギー閣僚会議において、継続討議が了承された、連邦保守政府の「全国エネルギー保証」(NEG)政策であった。

予定通り14日には、定例の保守連合連邦両院議員総会において、NEG政策の採択の是非が討議されたが、討議時間は数時間にも及び、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が展開されたものの、予想通りNEG政策は、与党保守連合議員総会のマジョリティーによって、無事採択されている。ところが、13日に公表された、ニューズポール世論調査におけるターンブルの個人評価の下落もあってか、与党内強硬右派を中心とした反NEG陣営の抵抗はその後も続き、結局、ターンブルは党内右派、抵抗勢力を懐柔するために、NEG政策の重大な変更を余儀なくされている。しかも同問題は、保守連合内の政策路線をめぐる闘争のみならず、自由党のリーダーシップ問題にまで発展している。

すなわち、元々ターンブルのイデオロギー上の立ち位置に不満を抱いてきた党内右派議員や国民党議員の一部、あるいはターンブルに個人的遺恨を抱くアボットや、アボットの支持派などが、NEGをめぐる政策論争を、ターンブルのリーダーとしてのクレディビリティーを毀損(きそん)するための、それどころか、ターンブルを「引き摺り下ろす」絶好の機会と捉え、一挙に活発な動きを見せ始めたのである。

そして実際に、ターンブル後継候補の最右翼とみなされていた、自由党内右派の大物であるダットン内務大臣が、ターンブルに党首挑戦する可能性、あるいはダットンに挑戦を促す党内の動きが活発化している。そのため、さすがに党内右派の動きに警戒感を抱き始めたターンブルは、「先制攻撃」に訴えている。

具体的には、8月21日午前に開かれた定例の連邦自由党両院議員総会において、いきなりターンブルが自ら党首ポストを空席にして、党首選挙の実施を強行したのである。ターンブルとしては、早晩ダットンによる党首挑戦の動きは不可避との想定の下、ダットンの出鼻をくじく、要するに、ダットンが党内票集め工作を本格化させる前に、完膚なきまで叩き潰そうとしたのである。

ところが、これは完全に裏目に出た。というのも、ターンブルの「先制攻撃」によって、それまでやや逡巡(しゅんじゅん)していたダットンも、逆に党首挑戦の覚悟を固めたからである。しかも出馬した党首選挙では、敗北こそ喫したものの、ターンブルが48票であったのに対して、ダットンは35票を獲得している。ダットンの党首挑戦工作が本格化していなかったことに鑑(かんが)み、ダットンが全体の4割ほどに当たる35票を集めたことは、ターンブル陣営の予測を大きく上回るものであった。この予想外の好結果によって、ダットン陣営は大いに気を良くし、「ターンブル降ろし」の政治活動は、一挙に公然とした、かつ拡大、強化されたものとなった。

そしてモーメンタムを高めたダットン陣営側は、21日に既に実施されたばかりであったにもかかわらず、可及的速やかに臨時の自由党連邦両院議員総会を招集し、第2回目の党首選挙を実施することをターンブルに強く要求したのである。

ターンブル失脚の背景

2015年9月に首相の座に就き、しかも16年7月の連邦選挙で再選を果たしたばかりのターンブルだが、大きな実績は少ないものの、反対に実績に乏しいわけでも決してなかった。ところが、前回の連邦選挙からわずか2年ほどで、ターンブルは絶対絶命の危機に陥り、結局失脚している。その理由、背景として主張されているのは、主として以下の8点であるが、実のところ一部は客観性を欠く、あるいは事実に反するものである。

具体的には、①反ターンブル勢力の妨害行為、②ターンブルの「左旋回」に対する右派の反発、③ターンブルの「腰砕けぶり」と信条への疑問、④ターンブルのリーダーシップ・スタイルへの不満、⑤16年連邦選挙での苦戦、⑥恒常的な世論調査の低迷、⑦「スーパー・サタデー補欠選挙」での敗北、そして⑧保守系メディアによるターンブル攻撃である。

ここでは上記の①に関してのみ、補足してみよう。まず過去を振り返ってみると、ターンブル支持派陣営による「アボット降ろし」の動きが一挙に先鋭化したのは、15年9月初旬に公表された、ニューズポール世論調査の結果を直接の契機とするものであった。その直後の9月14日に、自由党両院議員総会で党首選挙が実施され、ターンブルがアボットに勝利を収めたのである。敗北したアボットは、翌15日の午後12時半に、首相オフィス前の中庭で、首相としての最後の演説を行っている。

13年選挙での勝利に大いに貢献したアボットは、首相在任期間が2年にも満たない時期に辞任を余儀なくされたのである。最終演説の中でアボットは、国家や国民に仕える首相に選ばれたことに真摯に謝意を表するなど、その内容、姿勢は総じて潔いものであったが、他方で、党内の「アボット降ろし」の動きや、それに協力、支援するかのようなメディアを批判するなど、やはり悔しさをにじませたものであった。

ただ同演説でアボットは、今後自身が党内求心力の阻害要因となるようなことは決してないと、断言、約束している。ところが、このアボットの「誓約」も、結局は反故にされたと言って良い。確かに同様な経験を経た労働党のラッドは(註:10年6月に、ショーテンを首謀者の1人とするギラード陣営によって首相の座を追われた)、ギラードに不利となるラッド政府の閣議での発言を、自ら、しかも選挙キャンペーン中にメディアに漏洩(ろうえい)するといった、陰湿かつ卑劣なサボタージュ行為を行ったものの、これに対してアボットの方は、裏での陰湿な行為とは無縁であった。

ただアボットは、その後陣笠議員となってからも、ターンブル政府の各種政策に関し、執拗かつ公然と批判を加えてきた。それに呼応するように、かつてはアボットの中核支持派で、ターンブル政府の下では「冷や飯を食わされてきた」右派系の自由党有力政治家が、事あるごとにターンブルへの批判や、政府への恫喝(どうかつ)を行ってきたのである。

また、自由党内の反乱分子の存在もさることながら、当初から懸念された通り、ターンブルが連立先の国民党との関係を悪化させたことも大きい。何と言っても、身内からの批判、前首相という大物からの公然とした発言、しかもターンブルによって失脚させられ人物の発言であっただけに、各種メディアも大いに注目すると共に、国民の間では保守連合内の求心力が低く、ターンブルの党内支持基盤は脆弱、とのパーセプションが醸成されるに至ったのである。

上述したように、前任首相のアボットは、13年9月の選挙における保守連合の大勝利の立役者であり、また当時第1期目に過ぎない首相であった。それにもかかわらず、15年9月にターンブル陣営によって「引き摺り下ろされた」ことから、アボット並びにアボット陣営が、ターンブルに対し深い個人的遺恨を抱いてきたのは当然であったと言える。しかしながら、ターンブルの失脚につながった、今回の驚天動地の「お家騒動」、首相交代劇については、「一体全体何のためだったのか」との声が上がっている。

ターンブルをこの時点で葬り去る、客観的、合理的理由、あるいは正当化する理由が見当たらないからだ。それもそのはずで、というのも、今回のリーダー交代とは、党益を無視した、主として個人的、感情的な理由によるもの、具体的には、党内アボット派や強硬右派の、ターンブルに対する極めて根深い嫌悪感、恨みを最大の動機とするものであったからだ。

モリソン勝利の理由

スコット・モリソン新首相
スコット・モリソン新首相

勢いに乗り、一時期は首相就任の公算が大と見られていたダットンだが、結局、モリソンに敗北している。その理由も幾つか挙げられるが、重要であったのは2つである。

まずモリソンが「クリーン」であったこと、すなわち、反ターンブル陣営、あるいはダットン陣営に与していたわけではなく、それどころか、臨時議員総会の直前までターンブルに忠誠であったことが大きい。

言うまでもなく、今回の自由党党首交代劇に対しては、「国民生活の改善を無視して、私利私欲に基づく権力闘争に現(うつつ)を抜かしている」として、国民の大半が自由党に反発し、憤りを抱いている。そのため、早々と次期連邦選挙は保守連合の大惨敗と予測する向きも多く、そのことは自由党議員も重々承知している。他方で、上述したように、今回の「ターンブル降ろし」は大義名分を欠くものであった。その結果、一部の自由党議員は、闘争の当事者、「仕掛け人」であったダットンを敬遠し、他方で、非当事者であったモリソンに投票したものと思われる。

もう1つ重要な理由は、ダットンの思想やイメージに対する不安である。確かに、ダットンの強硬右派の思想、そして「強面」ぶりは、強硬保守系の有権者には受けるであろう。また次期連邦選挙で重要なのは、QLD州での戦績であり、しかも同州では極右政党のワンネーション党に保守票が食われており、他方で、同州には保守連合議員の激戦区が多いとの事情がある。

ただ同州選出のダットンの首相就任は、QLD州の地方選挙区で保守政党の議席を護る上ではプラスであろうが、逆にNSW州やVIC州の都市部、都市郊外部の選挙ではマイナスとなる恐れが十分にある。それに対して、モリソンの場合は、右派とはいえ「強硬」イメージは薄いことから、全国で満遍なく票を集める事が期待されるのだ。

もう1つ、ダットンに関して不安なのは、強硬保守で、しかも今回の政変劇の「主役」を務めたダットンでは、とりわけ自由党内穏健派の怒りを鎮めることはできず、選挙を間近に控えた政党にとって必要不可欠な、「党内融和」のイメージが醸成できないことであろう。

モリソン新首相の課題

驚天動地の「お家騒動」を経験した保守連合、とりわけ自由党にとって、次期選挙までに最も重要で、優先すべき課題とは、何と言っても党内求心力の維持である。

確かに、選挙を間近に控えているにもかかわらず、自殺行為である深刻な党内不和に陥った自由党は、もはや「死に体」、あるいは当面の間は再起不能との見方もある。しかしながら、仮に次期連邦選挙で保守連合が敗退する可能性があるとしても、敗北の規模を限定することは、その次の選挙で返り咲くためにも極めて重要である。従って党内求心力の維持は、自由党にとり中期的にも、戦略的にも重要なものである。

党内求心力の改善のためには、「臨戦態勢下にある」とのムードを党内に作り出すことが効果的であろう。次期連邦選挙がいつ実施されてもおかしくないという状況であれば、自ずから党内求心力も高まるであろうからだ。実のところ、各政党が「臨戦態勢」に突入するのも、それほど先のことではない。

もう1つ重要であるのは、独裁政権が危機に際して「ナショナリズム・カード」を切るように、保守連合内の目を外敵に向けさせる、すなわち、真の対抗相手である野党労働党へと向けさせることである。具体的には、これまでのターンブル以上に、徹底した労働党の政策への攻撃、とりわけショーテン党首個人へのスミアー・キャンペーンを大々的に実施することが肝要である。

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