凋落気味の共和政体への支持

凋落気味の共和政体への支持

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

過去20年近くにわたり、政治の表舞台からはほぼ消え去っていた共和政体への移行問題だが、近い将来に再度注目を集める公算が高い。ところが、最近になって共和制移行への支持が弱まっていることが観察されている。

豪州の共和制移行運動

豪州は、旧宗主国である英国のエリザベス女王を元首とし、女王の名代として連邦及び各州に総督を置くという立憲君主制度を採用しているが、1990年代初頭より、同制度を廃止して豪州人を元首に戴(いただ)く共和政体へ移行すべきとの議論が活発化している。この議論の火付け役となり、共和制移行運動を強力に推進したのは、「ビッグ・ピクチャー」(注:共和制移行問題の他に、豪州先住民との「和解」、そしてAPECの充実問題などを指す)志向であった労働党のキーティング首相であった。

キーティングは92年2月に、キャンベラを訪れた豪州元首のエリザベス女王を前にして、「我々の将来が真の独立にあることは必然である」と述べて、豪州首相として初めて共和制推進の立場を旗幟(きし)鮮明にし、それを契機に共和制問題はメディアでも大きく取り扱われることとなったのである。

共和制移行論争と共にしばしばデザイン改定が議論されるユニオンジャックがあしらわれた豪州国旗(Photo: Lachlan Fearnley)
共和制移行論争と共にしばしばデザイン改定が議論されるユニオンジャックがあしらわれた豪州国旗(Photo: Lachlan Fearnley)

キーティング発言の背景には、豪州は過去と訣別して新生国家へ脱皮すべき分水嶺にあるという、当時のキーティングの認識があった。キーティングがこのような認識を抱くに至ったのは、「多文化社会豪州」の発展に伴い、疑似英国人という、かつての豪州人のアイデンティティーが徐々に無意味なものとなり、従って英国女王を元首に戴く現行制度も、時代にそぐわないものとなってきたからであった。

さらにキーティングの共和制推進は、豪州の対外イメージ、とりわけアジア諸国の対豪州観の改善を意図したものでもあった。労働党政権は、豪州の将来がアジア諸国との関係に大きく依存しているとの事実を踏まえ、アジアとの一体化を志向すると共に、同地域における政治の舞台で発言力を増すべく鋭意努力していたのだが、アジア諸国からいわば身内として、豪州が完全に認知されてきたとは言い難かった。そして認知を阻んでいた少なくとも一因は、未だに「旧英国植民地の頚木(くびき)から脱していない豪州」というアジア諸国の対豪州観にある、というのがキーティングの認識であった。

このように、キーティングにとり共和政体への移行とは、主として新生豪州のアイデンティティーを確立するという、国家百年の計、グランド・ストラテジーに基づくものであった。

憲法改正国民投票と共和制移行案の否決

このキーティングの挑戦に直面し、また「野党は時代錯誤」との攻撃に晒されていたハワード野党保守連合は、何とか労働党の優勢を「中和」する必要に迫られたのだが、そこで提案したのが、国民各層の代表によって共和制問題を論議するとの、憲法国民会議の開催案であった。

96年3月にはハワード保守連合が政権を奪取したが、強硬なモナキスト、すなわち現行立憲君主制の擁護派であった自由党のハワードも、紆余曲折はあったものの、結果的には公約を守り、98年2月にはキャンベラの旧議事堂で国民会議を開催している。

会議の目的は、共和制移行の是非と、移行を図るとして、その最適な共和政体モデル、具体的には、大統領と呼称される元首の選出及び罷免方法、並びに元首の権限などについて、最適なモデルを国民に提示することにあった。そして同会議では共和制移行への支持が代議員の過半数を超えたことから、99年末までに、会議で採択された、いわゆる「議会選出型モデル」、すなわち大統領と呼称される国家元首を、連邦議会により選出するとのモデルに基づく共和政体への移行の是非が、憲法改正国民投票(Referendum)を通じて国民に問われることになったのである。なお、共和制移行は労働党の党是であり、逆に立憲君主制擁護は国民党の党是である。一方、自由党には、共和制論者と立憲君主制の擁護者が混在している。

さて99年11月6日に実施された憲法改正国民投票は、共和制移行案が圧倒的に否決されるという、惨澹(さんたん)たる結果に終わっている。共和制案の否決は大方の予想通りであったとはいえ、同案の全国支持率が45%程度で、しかも支持が過半数となった州は皆無という結果は、一部の予想を大きく裏切るものであった。確かに、日本と同じく硬性憲法を採用する豪州では(注:豪州憲法第128条によると、憲法改正に必要とされる国民投票の通過要件には、全国で過半数の支持かつ4州以上で過半数の支持と、二重の足枷(かせ)が設けられており、豪州では憲法の改正が相当に困難となっている。ただし、改正の議会での発議は日本よりも「軟らかい」)、歴史的、統計的にみても、当時の共和制移行案のような、超党派的支持を欠く憲法改正案の通過はまず不可能である。

実際に、1901年に連邦が結成されて以降、これまでに国民投票で採決された憲法改正案44件の内(注:99年国民投票も含む)、通過したのは8件だけで、しかも8件は全て超党派的支持を得たものであった。ただ、ここで特筆に値するのは、共和制移行案が否決された最大の理由が、投票に附された、大統領を議会で選出するとの「議会選出型共和制モデル」に対する、多数の国民の反発にあったことだ。

投票直前に実施されたニューズポールの世論調査によると、「豪州人を国家元首に戴く」共和制への移行自体を支持する者は、実に74%もの高率に達し、しかも国民投票で反対票を投じると回答した者も、その内の53%が共和制を支持するとしていた。この調査からも明らかなように、否決の最大要因が投票に附されたモデルにあったことは間違いない。

実のところ、国民の大多数が支持する共和政体とは「一般選出型共和制モデル」、すなわち、元首を一般選挙により選出するというものであった。もちろん、共和制問題は国民生活に直接の影響を与えるものではないし、更に憲法改正という法律問題でもあることから、一般国民が強い関心を抱くイシューでもない。他方で、国家元首が外国人であるとの現状に、漠然とした不満を抱く国民は依然として多い(注:共和制運動の核心的スローガンとは、現在でも「外国人ではなく、豪州人を国家元首として戴くべき」というものである)。また共和制問題とは、つまるところ豪州の新アイデンティティーの問題であり、その意味で政治的シンボリズムの観点からは極めて重要な継続イシューと言える。

世論と英国ロイヤル・ファミリー

ただ、理由はともかくとしても、20年近く前に既に憲法改正国民投票が実施され、そこで圧倒的な差で否決された事実は大きい。そのため当時は、同問題が再度国民投票の俎上(そじょう)に乗せられるまでには相当な期間を要すると見られたし、また共和制移行論者の間でも評価の高い、エリザベス女王の退位といった特殊な状況が現出しない限り、共和制問題が政治の表舞台に重要イシューとして再登場することも、当面の間はあり得ないと予想されたのである。

実際にもその通りとなった。各政党にとり、共和制問題といった「ビッグ・ピクチャー」の追求、しかも特段の「実利」を伴わないイシューに引き続き、国費、エネルギーを費やすことは、有権者、特に社会的弱者層を中心とした国民の反発、怒りを、一層強める恐れがあったのだ。あれほどの明確な結果が出た後にも同問題に拘泥(こうでい)することは、政党にとり自殺行為であったと言える。いずれにせよ、99年憲法改正国民投票が実施されてから早くも19年が経過したが、投票直後に予想された通り、その後共和制移行問題は政治の表舞台からはほぼ完全に消え去っていた。

ただそういった中でも、共和制に関する世論調査はしばしば実施されてきたのだが、共和制移行への支持は常に反対を上回ってきたという経緯がある。ところが、先月にニューズポール社が実施した調査によると、共和政体への移行を支持するとの回答が40%であったのに対して、反対との回答は48%と(註:未回答が12%)、移行支持率は過去四半世紀で最低の水準となり、しかも99年の憲法改正国民投票で共和制移行案が否決されて以降では初めて、反対率が支持率を上回っている。

こういった世論の変化の背景にあるのが、豪州国民の英国ロイヤル・ファミリーに対する再評価である。周知の通り、ダイアナ妃が非業の死を遂げた直後には、エリザベス女王ばかりか、英国ロイヤル・ファミリー全体の権威が一時揺らぐこととなったが、現在では同ファミリーは再び国民各層からの尊敬を集めている。豪州内でも同様で、共和制移行論者の中にもエリザベス女王のファンは多い。附言すれば、これまではしばしば、共和制移行論者にとっての「頼みの綱」は、チャールズ皇太子と言われてきた。というのも、ダイアナ妃のファンらは、とりわけチャールズやカミラには辛辣であったことから、チャールズが英国王に即位し、従って豪州の国家元首にも就任すれば、一挙に共和制移行運動が盛り上がると期待されたのだ。

ただ、その可能性は依然として否定できないものの、実のところ、15年の夫妻の来豪時も、今年の来豪時にも、チャールズ夫妻に対する国民の態度は総じて好意的で、歓迎したものであった。豪州国民の夫妻への評価も、最近では相当に改善していると言えよう。また何と言っても、英国ロイヤル・ファミリー要因の中で忘れてならないのは、ウィリアムズ王子夫妻とハリー王子夫妻への高い人気である。「団塊の世代」が若かった時代とは違い、現在の若年層には立憲君主制に抵抗のない人々が増加している。その最大の理由は、新世代ロイヤル・ファミリーへの好感度にあると言えよう。

11月の世論調査では、現行制度への支持の増加が明らかとなったが、その背景にも、両王子夫妻への高評価があるのは間違いない。しかもつい前月に、王子が主催者役を果たしてきた国際傷病兵運動大会がシドニーで開催され、そのためにハリー王子夫妻も来豪し、国民各層に極めてポジティブな印象を与えたことが、大きく影響したものと思われる。

共和制移行問題の行方

ただ、ロイヤル・ファミリーへの人気が高まっているとはいえ、やはりエリザベス女王が退位した場合には、もともと共和制移行への支持がかなり高い豪州国民の間に、再度共和制移行への機運、モーメンタムが高まると見る向きもある。一方、現時点では極めて健康ではあるものの、高齢のエリザベス女王の君臨が今後も長期にわたって続くことはあり得ない。また次期連邦選挙では、ショーテン労働党政権が誕生すると予想する向きも多いわけだが、ショーテン労働党は、政権第1期目に共和制移行問題に取り組むことを公約している。

具体的には、労働党は選挙で勝利を収めた暁には、政権第1期目の末までに、共和制移行の是非を問う国民/住民投票(Plebiscite)を実施し、そして移行案への支持が過半数に達すれば、共和制モデルを選定し、同モデルを憲法改正国民投票に附す計画を明らかにしている。そのため、近い将来に同問題が大きく注目され、再度重要な政治イシューとなる可能性も十分にあるのだ。

問題は、引き続き共和制移行を推進するとして、「いったいどこに向かうのか」である。「議会選出モデル」が圧倒的に否決されたことから、当然次のステップは、国民の間で人気の高い「直接選挙モデル」、すなわち大統領を一般選挙で選出するモデルに基づく共和制の追求になると思われるが、実は同モデルはさまざまな、かつ深刻な問題を孕(はら)むものである。とりわけ重大な瑕疵(かし)は、同モデル下の共和制政体は、その意義、重要性について強いコンセンサスが形成されている現行の議員内閣制、直接的には首相の権限、権威と競合するという点にある。なぜなら、国民から直接選ばれた大統領の権威は、議会を通じて間接的に選出された首相よりも、正統性(Legitimacy)があると見なされる恐れがあるからだ。

政治不信、政治家不信が蔓延していることを背景に、国民の多くに人気のあるこの「直接選挙モデル」は、実のところ現実的なオプションとは言い難く、また同モデルで何らかのコンセンサスが得られる見込みは極めて低いか、少なくともそれには相当な時間がかかることが予想される。結局、共和制支持派は、一応はベストと言える「議会選出型モデル」の国民への啓蒙を忍耐強く継続していくしかなく、当然のことながら、それにはやはり相当な時日を要するものと考えられる。しかも、ただでさえ共和制移行への不透明感が漂っている中で、肝心の国内世論も現状維持志向を強めつつあるのだ。(了)

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