政局展望「幸先の良いスタートを切った第2次モリソン政権」

幸先の良いスタートを切った第2次モリソン政権

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

7月1日のハーレイ新連邦総督の認証式を経て、第46回連邦議会の第1回集会が開かれたが、5月18日の連邦選挙で番狂わせの勝利を収めたモリソン保守連合政権は、新議会の開始早々に、個人所得税減税策の施行法案を無事成立させている。同減税策は、ターンブル保守政権の2018年連邦予算案でも、またモリソン保守政権の19年連邦予算案でも、「目玉」と位置付けられた重要政策である。しかもモリソン政府は、先日の連邦選挙で同政策を前面に掲げて戦い、見事勝利を収めている。そのため、新議会開始早々の法案成立は、政府にとって大きな金星であり、モリソンは幸先の良いスタートを切ったと言えよう。

個人所得税減税策の内容

スコット・モリソン連邦首相
スコット・モリソン連邦首相

19年連邦予算案は通常の予定を1カ月ほど早め、今年の4月2日に公表されたが、同予算案で採択された方針や路線は、昨年5月公表の18年予算案と驚くほど類似したもの、それどころか両者は「双子予算案」と形容すべきものであった。要するに19年予算案の特筆すべき特色とは、昨年の予算案の路線などをそのまま踏襲した上で、内容を「量的に拡大」したものという点にあった。

具体的には、19年予算案も18年予算案と同様に、包括的な個人所得税の大幅減税策や運輸インフラを中核とする大規模な整備プロジェクトを予算案に盛り込み、しかも教育や保健・医療といった、基盤的サービスを提供する部門にも十分な歳出を行い、他方で、アンダーライング現金ベースの財政収支の黒字転換を確実にし、しかも以上のことを、他部門の増税や新税の導入、もしくは他部門の厳格な歳出カットという方策によらずに達成しようとしている。

ただ19年予算案では、予測を上回る法人所得税収や個人所得税収の一層の増加に助けられ、例えば18年予算案内の大規模な個人所得税減税やインフラ整備に、莫大な追加予算措置が盛り込まれているのだ。その「寛大さ」と「規律性」ゆえに、19年予算案に対する各層の評価は、政府にとって満足のいくものとなっていた。

そして「双子予算案」という形容の最たるものが、18年に続いて19年予算案にも「目玉策」として盛り込まれた、構造改革を伴う個人所得税の減税政策であった。

そもそも財政的に余裕がある場合、労働党が教育や医療サービスといった、社会資本への歳出増加を通じて国民に還元する傾向があるのに対して、個人主義を標榜する自由党の場合は、所得税の減税を通じて還元することが一般的である。実際にターンブル前保守政府は、同政府としては初の16年予算案の中にも、個人所得税の減税策を盛り込んでいる。

16年予算案は、16年7月の連邦選挙の直前に公表されたものであったが、ただその中の減税策は、選挙対策としては穏当過ぎるものであった。むしろ16年減税策は、当時のモリソン財務大臣(注:現首相)が繰り返し強調していたように、通常かつ短期的な、いわゆる「ブラケット・クリープ」効果対策に過ぎないものであったと言える。

これは、インフレに伴う賃上げによって名目賃金が上昇し、その結果、多くの就労者の個人所得に一段高い税率が適用され、税収入が増加する現象を指す。実質賃金/給与が上昇しない一方で、納税額だけが増加する「ブラケット・クリープ」の存在は、国民の勤労意欲を削ぐものであることから、政府としては税率適用の「敷居」の上昇などを通じて、頻繁に同現象を回避することが必要となる。16年予算案の減税策とは、あくまでそういった「ルーティン的」なものに過ぎなかった。

これに対して、昨年に公表された18年予算案に盛り込まれた個人所得税減税策は、多くの納税者がほぼ永続的に「ブラケット・クリープ」効果自体から免れることを狙った、構造的な変更であった。政府減税策は3段階/ステップから構成され、第3段階の実施はFY2024/25からという、相当長期的な減税計画となっていた。減税第3段階の実施後には、94%の納税者に適用される限界税率は最高でも32.5%となり、多くの納税者が「ブラケット・クリープ」の頸木(くびき)から逃れることとなる。

最新の19年予算案でも、この18年予算案の個人所得税の減税策が、再度「目玉」として採択されたのである。しかも減税政策の基本コンセプト、枠組みについては18年政策とほぼ同じで、相違点は限界税率の一層の低下や税率適用の「敷居」の上昇といった、減税の規模、すなわち量的な相違に過ぎないものであった。しかしながら、「量的な相違」とは言っても、その規模の差は極めて大きなものである。

すなわち、18年予算案の中で公表され、既に昨年に法制化も完了した減税規模が、向こう10カ年度で総額1,440億豪ドルであったのに対して、19年予算案に盛り込まれた所得減税策は、これにさらに1,580億豪ドルが追加されて、向こう10カ年度の減税総額は実に3,020億豪ドルと、倍増されているのだ。

今回の追加減税政策の結果、FY2024/25以降、限界税率が最高でも19%となるのは、納税者の内の24%、30%となるのは全体の70%で、そして最高限界税率の45%が適用されるのは、全体の6%になるものと予測されている(注:ただし、国民皆保険メディケアの財源のための目的税、すなわちメディケア・レビィーの2%が税率に上乗せされる)。

野党労働党の「腰砕け」

今回の政府減税施行法案を巡る各政党の動きであるが、まずショーテン指導下の野党労働党は、減税第2ステップ、いわんや減税第3ステップには強く反対していた。その理由として野党は、何よりも富裕者までが大きな減税額を受け取るなど、不公平も甚だしく、減税策はあくまで中・低所得者だけに的を絞ったものであるべきと主張していた。「社会的弱者の味方」を標榜し、事あるごとに「階級闘争カード」を切っていたショーテン野党には、当然の反応であったと言えよう。

またショーテン野党は、第3ステップの開始が2024年からという、相当先のことであることから、将来の経済情勢が不透明な中で、大きな支出策を現時点で決定、採択することは無責任とも主張していた。

さて19年選挙後、労働党の党首は左派のアルバニーゼへと交代し、新党首下での労働党の政府減税策への姿勢、対応が注目されていたのだが、アルバニーゼ新野党も、ショーテン野党とほぼ類似の議論を展開してきた。ただ、第3ステップには反対しつつも、第2ステップに関してはショーテンよりも柔軟で、新野党は22年からスタートする第2ステップの3カ年度の前倒し実施と、並行してインフラ整備への追加支出などを提案していた。そして野党は、上記提案を盛り込むべく、政府減税施行法案の修正を要求していた。

ただし、下院に上程された政府法案については、野党は採決の際に支持票を投じている。与党が過半数を制している下院で、野党修正案が可決される見込みはなく、そのためアルバニーゼ野党は、政府法案が上院に送られた段階で、野党の修正法案を可決させようと目論んだのだ。

ところが、上院では「その他」の6上院議員の内の4人、すなわち、中道同盟2人、そしてバナーディーに加えて、ランビーの計4人が政府法案への支持に回ることが明らかとなり、政府は早々に39票の最低過半数に達している。そこで野党も修正案を放棄し、一転して政府の(オリジナル)施行法案に賛成票を投ずることを余儀なくされている。

野党労働党の姿勢、投票行動にかかわらず、政府法案の成立が確実であったとは言え、野党が実際に反対票を投ずれば、「野党は国民の喜ぶ減税策に反対した」として、今後も政府の執拗な攻撃を受けることは必至であったからだ。実のところ、野党が政府減税策に反対し続けることは不可能であった。何と言っても、モリソン政府が減税策を中核的選挙公約と位置付けた上で先の選挙を戦い、しかも選挙で勝利を収めたことが大きい。そのため、「国民からの委託を受けた」(Mandate)との政府の主張に対し、野党が反論することは極めて難しく、また実際に反対に回れば、「野党は国民の声、判断を無視した」との政府からの辛辣な攻撃に晒されることとなる。

更に言えば、6月4日に続いて7月2日にも、豪州準備銀行(RBA)が政策目標金利(注:キャッシュ・レート)を引き下げたこと、すなわち金融緩和策を発動したとの事情もあった。最新の統計によれば、GDPの年率も1.8%と低目の水準で、以上からもうかがえるように、国内景気の行方には不透明感が漂っている。RBAが指摘するように、中央銀行による金融緩和政策ばかりか、政府による財政出動も要請されているわけで、消費を喚起することを通じ、景気刺激策として効果を発揮する減税政策については、アルバニーゼ野党としても余計に反対しづらかったと言えよう。

注目のラムビー上院議員

施行法案は、結局、野党労働党の支持を受けた上で、上院でも圧倒的多数で可決され、成立したわけだが、その際に重要な役割を果たしたのが、中道同盟に所属するSA州選出の2人の上院議員と、二重国籍問題でいったんは議員を辞職したものの、今次選挙で返り咲きを果たした、TAS州選出のラムビー上院議員であった。とりわけラムビー女史は、同法案に関し最終的に「バランス・オブ・パワー」、すなわち法案の決定/議決権を握っている。こうした状況は、今後も頻繁に出現することが予想されることから、泡沫(ほうまつ)政党の「ジャッキー・ラムビー・ネットワーク」を創設したラムビーの存在感が大いに高まっている。

その理由、背景には、何よりも現行上院の政党勢力分布がある。周知の通り、豪州の上院は日本の参議院よりも重要だが、両院の選挙制度の違いもあって、豪州では2大政党のどちらが下院を制して政権党となっても、上院では過半数を制することができないとの状況が、ほぼ恒常化している。既に7月1日には、19年上院半数改選選挙後の新上院の任期がスタートしたが、定数76の上院の政党勢力分布は、モリソン与党保守連合が35、アルバニーゼ野党労働党は26、グリーンズ党9、そして「その他」が6となっている。「その他」の内訳は、①ワンネーション党2、②中道同盟2、③豪州保守党1、そして④ラムビーとなっている。ただし、③の豪州保守党は選挙後に消滅したことから、正確には③は、同党の党首から無所属となったバナーディーとなる。

以上のように、モリソン保守連合政府は、法案の可決に必要な過半数の39票には4票不足していることから、仮に野党労働党とグリーンズ党とが揃って政府法案に反対した場合は、「その他」6議員の内、少なくとも4人からの支持を獲得する必要がある。従って、「その他」6議員のそれぞれが、場合によっては「バランス・オブ・パワー」を掌握する立場になり得るわけだが、ただ上記の①と②は、ほぼ全ての採決において、あくまで2人ずつの「ブロック」として行動する。ところが、個人所得税減税法案のケースのように、法案の行方が、最終的にラムビー個人の判断、1人の判断、決定によって左右される事態が、今後もかなり頻繁に発生する見込みであるのだ。

確かに、たった1人の上院議員が、最終的な決定権を持つというケースは、ラムビーだけではなくバナーディーにも当てはまる。ただ両者の相違は、自由党を離党した強硬保守のバナーディーのケースでは、政府はほぼ間違いなくバナーディー票を当てにできるのに対して、思想、信条的にやや不透明なラムビーについては、その行動が予測し難い、読み難いという点にある(注:ラムビーは、保守系の中道同盟との関係を深めつつある)。そのため、保守政府にとっての重要度は、ラムビーの方が高いのだ。

ちなみに、バナーディーは早晩政界から引退すると見る向きが増えている。そうなれば、後任は自由党から選出されることから(注:後任は自動的に、当該辞職議員が前回当選した時点で所属していた政党から選ばれる)、保守連合は合計36となり、政府は「その他」の5人の内、3人からの支持を獲得すればいいこととなる。いずれにせよ、その場合、ラムビーの重要性は継続するどころか、ますます高まることから、同上院議員の言動を注意深く見守っていく必要がある。

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