連邦政府の医療制度改革案

政局展望

連邦政府の医療制度改革案

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

4月20日、ラッド首相が各州等政府のリーダーと共同記者会見を開き、連邦・州首相会議(COAG)において、連邦政府提示の抜本的な全国保健・医療制度改革案が認証されたことを宣言している。ただ唯一の保守系政府であるWA州のバーネット州首相は、連邦労働党政府とほかの7労働党政府が署名したCOAG合意書への署名を拒否している。また改革内容も、連邦の当初の主旨からは大きくかけ離れたものとなっている。

労働党政府の医療制度改革案

保健・医療分野は連邦と州との共管的権限分野、すなわち両者がともに関与する分野である。

例えば、国民皆保険制度であるメディケア制度を主管するのは連邦政府で、一方、全国で約750の公立病院を直接所管するのは州等政府となっている。連邦政府は、5カ年ごとに使途指定交付金の形で州等政府の医療予算の相当分を負担しているものの、公立病院の管理・運営は州等政府の自主性に委ねられている。

周知の通り、保健・医療分野は教育分野とならび、国民の関心度が極めて高い分野だが、全国の公立病院、とりわけNSW州の病院では、医療過誤問題、手術あるいは入院待ち時間の長さなど、問題が山積しており、国民の多くが現行の医療行政には強い不満を抱いている。そのため連邦労働党は、既に前回連邦選挙の時に、医療制度の抜本的改革を実施することを公約している。

労働党の改革実施スケジュールは、当初の計画よりは遅延していたが、さまざまな政治的思惑もあって、ラッドは今年の3月3日に、突然、連邦の介入を高めた保健・医療制度改革案の「全国保健・公立病院ネットワーク」を公表している。

その主要骨子は、①連邦が負担する公立病院予算の比率を、現行の4割強から6割にまで高める、②その代わりに州等政府は、連邦から税収の全額を受け取っている財・サービス税(GST)収入の3分の1を放棄することに同意する、③公立病院の実際の管理・運営は、法定機関として設立する地元の運営機関「ローカル・ホスピタル・ネットワーク」が担当、④連邦から運営機関に直接配分される財政支援額は、連邦の決定する診療基準料金に基づき、かつ診療サービスの実績ベースで決定される、などとなっている。

そして、万事せっかちとも言えるラッドは、4月19日に開催予定の連邦・州首相会議(COAG)で、各州等政府が改革案に合意することを期待すると述べる一方で、仮に合意が得られなかった場合には、次期連邦選挙と同時に改革案に関する憲法改正国民投票(referendum)を実施し、国民に直接信を問うと、州等政府側を牽制、恫喝していた。

連邦・州首相会議(COAG)の結末

3月3日の連邦改革案の公表から、4月19日と20日の両日にわたり開催されたCOAGまでの間にも、連邦と各州等政府との間ではさまざまな駆け引き、交渉が繰り広げられた。

COAG初日の時点でラッド改革案に最も肯定的であったのは、ラン率いるSA州とブライ率いるQLD州の労働党政府で、また3月の選挙で辛うじて政権維持に成功したバートレット率いるTAS州労働党政府、さらにスタンホープACTならびにヘンダーソンNT労働党政府も、連邦案を支持するものと予想されていた。

これに対して、反対派の急先鋒であったのが、代替改革案まで提示したブランビーVIC州労働党政府で、またバーネットWA州自由党−国民党保守政府も改革案には反対を表明していた。とりわけ、VIC州の医療制度は全国一と自負するブランビーVIC州首相は、舌鋒鋭く連邦案を批判してきたばかりか、恫喝まがいのラッド首相の姿勢に対しても強く反発していた。

ちなみにVIC州とWA州政府が反対した最大の理由は、公立病院予算への連邦の貢献度の大幅アップなるものが、実は一種のトリックに過ぎない点、すなわち貢献額の増加の多くが州等から奪う財・サービス税(GST)の税収によって賄われるという点にあった。

また、GSTの一部を医療政策の財源とすることについては、連邦案を支持していた州の官僚機構内にも、そういった先例を作ることに対して警戒感があった。1度先例ができれば、将来連邦政府がほかの分野で州の所掌を奪おうと画策し、しかも奪った所掌の予算にGSTの一部を充当する可能性も高まるからだ。

実のところ、GSTの充当問題ばかりか、将来の医療行政の財源全般についても不透明感があり、州等政府はこの点でも不安感を抱いていた。COAG開催の時点で連邦政府が、税制改革について検討したヘンリー分析・提言報告書の公表を差し控えていただけに(注:連邦財務省事務次官のヘンリーが中心となって策定したもの。既に完成し昨年末に政府に提出ずみ)、州等政府の不安も納得のいくものであった。

最後にケネリー率いるNSW州労働党政府だが、同政府のスタンスは上記両グループの中間に位置していたと言ってよい。

いずれにせよ、今次COAGでは、主としてブランビーVIC州政府の強硬な姿勢によって、交渉が決裂する可能性も取り沙汰されていたが、会議初日の時点での各州等政府のスタンスも、翌日には大きく変化している。まず、圧倒的な追加大盤振る舞い策を提示され、NSW州政府が改革案の支持に回っている。これを契機にして、あれほど強硬であったVIC州政府も支持を表明し、結局、連邦案内のGST関連策を最後まで頑なに拒否したのは、唯一の保守系州政府であるWA州だけであった。ただ連邦側の度重なる妥協により、WA州以外の8政府間で支持された連邦改革案なるものは、以下のように、連邦の当初案とは相当に異なるものである。

その主要骨子としては、①新制度が本格的に施行される前に、連邦が州等に対し、向こう4年間で合計54億ドルの追加医療支援を行う、②各州等政府はGST税収の3分の1を連邦に委譲する、③公立病院の予算拠出率は連邦6割に対し州等が4割、④各州等ごとに公立病院予算の「プール」を作り、連邦と当該州等が上記③の率で拠出、⑤新設される公機関が、「予算プール」から地元の病院運営機関である「ローカル・ホスピタル・ネットワーク」に予算を配分(注:全国のネットワーク数は当初の計画の150から90へと削減)、⑥予算配分は連邦の決定する診療基準料金、かつ診療サービスの実績ベースに基づき決定、そして⑦公立病院の管理、運営は引き続き州等政府が担当、などが挙げられよう。

COAG案の評価と改革の行方

COAGで「合意」したとされる連邦医療制度改革の評価だが、第1に指摘すべき重要点は、ラッドが政治的得点を上げることに血眼になった挙句、あるいは昨年の温室効果ガス排出権取引制度問題での失敗に続き、面子丸潰れの状況に陥ることを回避したいあまり、「手段を目的化」した点である。

そもそも連邦労働党の医療制度改革案とは、全国の公立病院の諸問題の根源は州等政府の医療行政の不備、医療分野における政策立案、執行能力、あるいは管理、運営能力の欠如にあるとの認識に基づくものである。そのため連邦の改革案の主旨、戦略的目的とは、能力も資金もあり、また大局的見地から医療行政を遂行できる連邦政府が同分野に一層介入し、医療分野をコントロールするということであった。

もちろん、連邦が一方的に口を出すことに、州等政府が黙って納得するはずはない。そこで、連邦が介入強化の見返りとして提示したのが、公立病院予算への連邦の貢献分を増加させるというものであった(注:そのためにGSTの一部を使うというトリックはあったが)。そして連邦の医療行政コントロールのための方策が、「ローカル・ホスピタル・ネットワーク」を新設し、連邦が同ネットワークに対して直接、換言すれば、州等政府をバイパスして、連邦の病院予算貢献分を配分するというものであった。

ところが今次COAGでラッドは、連邦の貢献分の増加およびGSTの3分の1取得という、単に連邦改革の目的のための「手段」に過ぎないにもかかわらず、政治的観点からは見栄えも良く、不可欠でもある成果を上げるために、上記④⑤⑦にある通り、連邦のコントロール強化、州の介入弱化という肝心の「目的」を放棄してしまっている(注:「ローカル・ホスピタル・ネットワーク」は州等がコントロール)。

要するにCOAG改革案は、当初の連邦改革案の主旨からは大きく外れるもので、強硬なVIC州が支持に回ったのも、同州の中核的な要求の1つが満たされたからにほかならない。ところがラッドは、変更されたおかげで制度改革がより改善されたとうそぶいている有様である。

最後に改革案の行方だが、まずラッドは、COAGで既に解決されたとして、憲法改正国民投票はもはや不用になったと宣言している。またラッドは、各州等への追加支援策がスタートする今年の7月1日前に、WA州政府と合意に達することに自信を示すとともに、仮にWA州が頑なに改革案を拒否しても、改革に向けて必要な法整備を進めるとしている(注:結局、WA州とほかの州等で「別立て」の取り決めとなる可能性もある)。

その法整備だが、言うまでもなく問題は、重要な連邦上院で与党が過半数を制していないこと、それどころか、定数76の上院で与党は32議席を擁するに過ぎないことにある。したがって、仮に野党保守連合が反対に回った場合には、与党としてはグリーンズの5人に加え、家族優先党のフィールディング、無所属のゼノフォンの計7人の支持を得ることが必要となる。

では肝心の野党保守連合のスタンスだが、アボット野党代表は、官僚機構を一層肥大させるもので、また連邦と州等との間の「責任の擦り合い」に終止符を打つどころか、逆に悪化させるものと述べつつ、政府の改革関連法案に反対票を投ずる可能性も示唆している。

ただ野党が反対に回った場合、次期連邦選挙で医療制度改革案が主要、最大の争点となることは確実である。そして伝統的に同分野は労働党の得意分野と見なされていること、また国民の多くが政府に「何らかの行動」を期待していることに鑑み、野党は困難な選挙戦を強いられることとなろう。

むしろ野党としては、一応は政府法案を支持する一方で、政府の改革案は中途半端と指摘しつつ、アボットが保健大臣時代に閣議に提案し、そして拒否された、連邦の100%拠出案を掲げる方が得策であろう。

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