【政局展望】炭素価格設定製作の変更

政局展望

炭素価格設定製作の変更

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

つい最近、労働党政府は炭素価格の設定政策に関する重大な2つの変更を公表している。第1の変更は、温室効果ガス排出権取引制度下で設定される予定であった、排出認可証価格の「床」を廃棄するというもので、第2の変更は、温室効果の観点から極めて「汚い」褐炭を燃料とする5火力発電所の買収/閉鎖交渉を、政府が断念するというものであった。今回は「床」の廃棄問題に関し解説する。

「床」価格の廃棄

ギラード労働党政府の炭素価格の設定政策、すなわち温室効果ガスの排出にコストをかけるとの政策は、炭素税と排出権取引制度(ETS/CPRS)から構成されるが、この内の炭素税については既に今年の7月1日より導入されている。一方、政府の計画では、2015年7月1日から炭素税に替わってETSが導入されることとなる(注:ただ次期連邦選挙でアボット保守連合政権が誕生した場合には、ETS計画が「没」となる公算が高いが)。

これは「総量規制と取引方式」(Cap and Trade Approach)と呼称されるもので、制度の内容はラッド労働党政府時代に採用されたETSとほぼ同様のものである。ただギラード政府のETSには、特筆に値する変更点が盛り込まれていた。それは、ETS制度下での排出認可証(Permits)価格の「安全弁」に関するものであった(注:規制の対象となる排出主体(Entities)は、二酸化炭素換算値(CO2-equivalent)1トンの温室効果のガス排出に際し、1排出認可証を提出する必要がある)。

「安全弁」とは、ETSに移行した直後に、認可証価格が大幅に変動することを回避するためのものである。そもそも認可証価格は、主として排出認可証の発行総数、すなわち排出量の総量規制値、さらに発行総数の内の有償分の認可証総数などによって決定される。そして総量規制値を決定する重要要因となるのが、政府の温室効果ガス中期/長期削減目標値であり、あるいはETSの規制の網が被せられる排出主体の範囲、数などとなる。

ただ価格が市場メカニズムにより決定されるとは言っても、政府としては、とりわけ制度導入初期の混乱を回避するために、価格の安定化、スムーズな変動が望ましいとの見方で、そのためラッドのETSでは価格の平準化に資する、しかも削減コストの抑制にも繋がることが期待できる、いくつかの諸施策をETSの中に盛り込んでいた。 

その中でも中核的な施策が、暫定的措置として、排出認可証価格に「安全弁」をつける、すなわち価格にシーリングを設定するというものであった。

具体的には、制度開始の初年度に、1排出認可証当たりで40ドルという価格の上限を設定し、その後も実質で年率5%ずつ天井を上昇させるというものであった。そして価格の大幅な高騰ゆえに、十分な提出認可証の取得が困難な排出主体は、政府が固定価格で追加発行した認可証を取得することが可能で、この固定価格認可証の発行を通じて価格の抑制が図られる予定であった。

このようにラッドのETSでは、価格高騰による豪州ビジネス界、産業界への負のインパクトのみが懸念されていたが、これに対してギラード政権下で策定されたETSには、「天井」と同時に「床」が設定されていた。

すなわち制度導入から向こう3カ年にわたり、国際市場における排出価格の20ドル増しを国内認可証価格の上限とする一方で(注:しかも毎年実質で5%ずつ上昇させる)、15ドルを国内認可証価格の下限にするとされた(注:毎年実質で4%ずつ上昇させる)。

言うまでもなく「床」が導入された背景には、ETS移行の初期に起こり得るのは、認可証価格の高騰ではなく、むしろ暴落の方で、そのため高価格の維持を望むグリーンズが「床」の設定を強硬に主張したとの事情があった。

実際に、欧州連合(EU)経済の低迷による排出認可証需要の低迷、他方で、無償認可証の過剰発行による供給過多ということもあって、現存する最大のETSであるEU市場の認可証価格は低迷を続けており、最近では10ドルを割っている状況である。そのため、むしろ価格の大幅下落を防止することの方に関心が寄せられたのである。

ところが今回ギラード政府は、この「床」の設定を廃棄するとともに、ETSへの移行と同時に、豪州のETSをEUのETSとリンケージさせることを決定、公表している。

ただ「床」の導入を強硬に主張してきたグリーンズが、今回の変更策を呑んだことからも明らかなように、新ETSには認証価格の暴落を防止するほかのメカニズムが盛り込まれている。それは京都柔軟性メカニズムに基づく炭素クレジット、具体的には、クリーン開発メカニズム(CDM)によって生み出された認証排出削減量(CER)の使用を制限するというものである。

ラッド/ギラード政権のETSでは、規制対象となる排出主体は国際市場からクレジットを購入することもできるが、ただし、少なくとも排出量の半分については、国内排出認可証か、国内で発生したクレジットによって支払うものとされている(注:一方、炭素税の施行期間中には国際クレジットの活用はできない)。

問題は、CDMのクレジット価格が現在排出量1トン当たりで4ドル未満と、極めて低い水準にあることだ。そのため、このままでは豪州の国内企業が、排出量の最大で半分をCDMクレジットに依存する公算が強かったわけだが、今回の変更策で政府は、国際市場からのクレジットの利用を最大半分までとする点は現行通りとしつつも、CDMクレジットの利用率を最大で排出量全体の12.5%にまで制限している。

結局、その分、より高価なEU認可証(もしくは同価格の豪州認可証)の利用度が高められるわけで、これが事実上の「床」の働きをすることとなる。

変更策の背景


8月29日、ETSへの移行と同時に豪州のETSをEUのETSとリンケージさせることを決定、公表したグレッグ・コンベイ連邦気候変動相

今回労働党政府が変更策を公表した政治的動機、背景だが、まず第1に、政府のネガティブ面の限定化と、政府のポジティブ面の強調という、最近のギラード政府の戦略の一環であると考えられる。

ネガティブ面とは、炭素税に代表される気候変動対策とボート・ピープル問題である。

両問題はギラード政府に相当なダメージを与えてきたが、そこで政府は、政治的面子や恥も外聞も投げ捨てて、妥協するところは妥協し、両問題を少しでも「中和」しようと躍起となっている。

そしてネガティブ面を限定化する一方で、政府は労働党の「十八番」とされ、また労働党の伝統的支持基盤に直接恩恵を与える分野、具体的には社会保障、医療、教育分野などにおいて、労働党の優位さを喧伝しようとしている。

第2に、変更策によって、気候変動対策では、豪州だけが突出しているとの批判をかわすことが期待できる。炭素税の導入に対する国民の強い怒り、反発の主因は、それがギラードの公約違反であったからだが、そのほかにも政府の気候変動対策への批判点としては、他国の温暖化対策ぶりを過大に評価し、単独的に大規模な温暖化対策を計画しているというものが挙げられる。

またこの点に関連して、政府の施策は充実した国際的なETS市場が存在することを前提にしているが、この前提自体が甚だ疑問という批判もある。

そこで政府としては、EUのETS市場とリンケージさせることによって、豪州が決して単独的、「ドンキホーテ的」に振る舞っているわけではないこと、また豪州市場とのリンケージによってEU市場も一層充実することから、充実した国際市場の存在という前提も誤りではないことを喧伝したかったものと考えられる。

なお、豪州のETS計画は、もともと国際市場とのリンケージを想定していたもので、その中でも最大のETS市場がEUのETSである事実に鑑かんがみ、早晩EU市場とリンケージされることは以前から十分に予期されていたものである。

政府の変更策の第3の動機としては、アボット野党保守連合の最大の公約である炭素税ならびにETSの廃棄策を、ますます困難なものとし、もって、アボット公約の信憑性に疑問符をつけることが挙げられよう。

ただEU市場との「片務的」リンケージは15年7月から(注:当面の間、豪州企業のEU認可証の購入は可能だが、その逆は不可)、また「双務的」リンケージについては18年7月からの予定で、一方、アボット政権が誕生するとすれば、それは13年であろうから、時間的には廃棄も可能であろう。

変更策の意味合い・反応

今回の変更策の意味合い、批判点としては、以下の4点が挙げられる。

第1に、これまで政府は、「床」の存在は将来のコスト上の不透明感を払拭するものと強弁しつつ、少なくとも表向きはこれを正当化してきたが、「床」を廃棄し、またEU市場とリンケージさせることによって、実際に将来の不透明感が増すとの批判がなされている。その理由は、30カ国から構成されるEUのETSとのリンケージによって、豪州−EU市場の排出認可証価格は同一となるが、このことは豪州国内企業に甚大な影響を与える排出認可証価格が、より強力なEUの政策、動向によって大きく左右されることを意味するからだ。

これは野党の主張する通り、豪州政府が気候変動政策をEUに丸投げする、あるいは責任を委譲する行為であるとも言える。

また例えばEUの産業構造が、資源・エネルギー分野に大きく依存する豪州とは異なることから、EU主導の温暖化対策は豪州にとって余計に危険とも言えよう。

さらに言えば、今年末には京都議定書の適用期間が終了するが、ポスト京都を巡るマルチ交渉の行方は混沌としていることから、そういった不透明な時期に、気候変動問題では「先進国」のEUと連携すること自体が誤り、との見方もある。

第2に、相手を間違っているとの批判もある。というのも、金融危機を巡ってEUの混沌ぶりや、政策決定システムの欠陥が露呈されたし、また肝心のEUのETSにしても、輸出産業を除外するなど、豪州よりもはるかに緩やかなもので、腐敗の温床ともなっていることから、むしろ失敗策と見られているからだ。

要するに、クレディビリティーの低いEUに自国の政策、将来を委ねるようなまねをしていいのかとの声である。

他方、何と言っても豪州が経済面でもリンケージすべき相手とは、斜陽気味のEUではなくアジア・太平洋地域である。しかもより重要な点として、豪州産業の主要な競争相手もEUではなく、アジア・太平洋地域諸国であることから、むしろ国内産業が競争上「同じ土俵に上がるために」、豪州が気候変動対策面でリンケージしなければならない相手も、アジア・太平洋地域諸国と言える。

第3に、再生可能エネルギー源への投資インセンティブが一層阻害されることだ。

確かに、設定されていた「床」が相対的に高い水準とは言っても、初期水準は1トン当たりで15ドルに過ぎないもので、また「床」自体が3年後には廃棄される計画であったし、他方で、再生可能エネルギー源の投資インセンティブを刺激するためには、認可証価格ははるかに高い必要がある。ただ、それでも一応「床」が設定されているのと、それよりも価格が下落する可能性があるのとでは、投資インセンティブにも一層の差が発生しよう。

最後に第4点として、野党側の主張通り、「床」の廃止とEUのETSとのリンケージは、「豪州側の誰もが敗者」となる危険性を孕はらんだものでもある。

その理由は、仮にEU認可証価格が相当程度上昇した場合、豪州国内産業はEUレジーム外の国々で、かつ炭素価格の設定がない、あるいは緩やかな国々の産業に対し競争上不利となるからだ。

また仮に現在の大方の予測通りにEU認可証価格が低水準のままであった場合には、政府の排出認可証収入が予測を大きく下回る一方で、世帯への補償策などは「固定」であることから、豪州の将来の財政に甚大な影響を及ぼすことになる。

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