一件落着にはほど遠いボート・ピープル問題

政局展望

一件落着にはほど遠いボート・ピープル問題

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

5年近くにわたり労働党政権を悩ませてきた密入国ボート・ピープル問題だが、昨年9月にアボット保守連合政権が誕生した直後から、豪州に到着するボート・ピープルの数は激減している。ところが、これまでに到着したボート・ピープルが収容されているPNGマヌス島の抑留施設で、絶望した抑留者による暴動事件が発生するなど、ボート・ピープル問題は引き続き政府を苦境に陥れている。

労働党政府の政策転換とボート・ピープルの激増

まずボート・ピープル問題に関するこれまでの経緯を、ごく簡単に振り返ってみよう。2007年11月の連邦選挙で勝利したラッド労働党は、人権重視、あるいは労働党が弱者に優しいことを喧伝するため、また、当時は海路豪州を目指す密入国ボート・ピープルの数が激減していたこともあって、翌08年の8月に、旧ハワード保守連合政権が構築し、大きな効果を上げたボート・ピープル外地難民審査レジームを大きくソフト化している。旧政権の政策は「パシフィック・ソリューション」と呼称されたが、これは、豪州を目指してきたボート・ピープルを即座にナウルおよびPNGに移送して、そこで難民認定審査を実施するというものであった。移送ボート・ピープルの長期抑留は普通であったし、また難民と認定されても豪州に受け入れられるとの保証はなかったことから、同施策は、豪州を目指すボート・ピープル予備軍への強い抑止効果となったのである。ところが案の定、ラッド労働党政府の政策変更によって、密入国斡旋業者やボート・ピープル予備軍の間に「豪州は甘い」とのパーセプションが醸成され、その後、豪州を目指すボート・ピープルの数は激増することとなった。そこで、10年6月の「クーデター」で首相の座に就いたギラードは、11年5月に「マレーシア・ソリューション」なる対応策を公表している。これは、海路豪州に密入国を企てて捕えられたボート・ピープル計800人を、マレーシアの難民キャンプに移送し、当地で国連難民高等弁務官(UNHCR)の難民認定審査を受けさせ、その見返りに豪州はマレーシアに滞在し、しかも既に難民認定を受けた人々を向こう4カ年で4,000人受け入れるというものであった。ところが、第1陣のグループを豪州のクリスマス島からマレーシアに移送しようとしていた矢先に、同政策を批判する人権団体が最高裁への訴えを行っている。労働党政府は、最高裁の判決には大いに自信を持っていたが、政府の自信、期待に反して、同年8月に公表された最高裁判決は、6対1の圧倒的多数で、「マレーシア・ソリューション」は、豪州の移民法に照らして違法というものであった。周知の通り、豪州の「サイレント・マジョリティー」はボート・ピープルには相当に冷淡であることから、最高裁判決を受けて政府がリベラル路線に再度傾けば、具体的には、マレーシアでの難民認定審査を放棄して現行の内地審査制度を維持すれば、国内有権者の反発は必至となる。そこで政府は、最高裁判決を迂回して、あくまで外地難民審査である「マレーシア・ソリューション」を実施すべく、移民法の改正を目指したのだが、野党勢力の抵抗により、結局、政府は改正を諦めたという経緯がある。

そこでギラード首相が、何とか政局の膠着状況を打開するために設置したのが、制服組のトップであったヒューストン前国軍司令官を委員長に、ルストレンジ元外務・貿易省(DFAT)事務次官、そして難民問題/人権問題活動家のアリストールの3人から構成される諮問委員会であった。ギラード政府としては、高い評価を得ている、しかも「第三者」でもある有識者の提言を利用して、政府が一層「右傾化」するきっかけ、言い訳を作り、一方で、政府案に頑なに反対し続ける野党に対しても妥協を迫ろうとしたのである。結果的にこの目論見は成功し、ギラード政府は政治的敗北によるダメージを限定化しつつ、これまで辛らつに批判してきたハワード旧保守政権の「パシフィック・ソリューション」を採用するという「厚顔無恥」な政策転換を行っている。ただし、それ以降もボート・ピープルの大量到着は続いていた。

ラッド労働党政府の「PNGソリューション」

連邦選挙を間近に控えた13年6月、ラッドが首相の座に返り咲くという、一大政変が発生したが、ラッドは炭素税やボート・ピープルなど、労働党政府を苦境に陥れてきた政治問題を何とか「中和」するため、次々に各種政策の転換を行っている。そしてラッドが7月に公表した、ボート・ピープル政策の転換が、いわゆる「PNGソリューション」(注:その後「PNG/ナウル・ソリューション」に)であった。

その主要骨子は、①同政策の公表以降に豪州領土のクリスマス島に到達したボート・ピープルについては、健康診断を行った後に全員をPNGのマヌス島等の抑留施設に移送し、同地で難民認定の審査を実施する、②難民条約に基づき難民と認定されたボート・ピープルについては、PNGでの定住が認められる、③難民と認定されなかったボート・ピープルについては、出身国に送還されるか、もしくは豪州以外の安全な第三国に送還される、④PNGに移送するボート・ピープル数、およびPNGでの定住を認可される難民認定ボート・ピープル数には上限を設定しない、⑤豪州とPNG間の今回の取り決めの適用期間は、とりあえず向こう12カ月間とし、その後毎年見直しを行うなどというものであった。

同政策は、ギラードの政策をさらに大きく「右傾化」したもので、タフとされてきた保守連合よりも一層タフなものであった。というのも、「パシフィック・ソリューション」でも、最終的には豪州に定住するボート・ピープルが多かったのに対して(注:結局は「没」となった「マレーシア・ソリューション」にしても、一部の難民認定者が豪州に送られる可能性はあった)、ラッドの「PNGソリューション」では、同施策の公表後に豪州に到着するボート・ピープルから、将来豪州に定住する可能性を完全に奪い去っていたからだ。豪州に到着するボート・ピープル、しかも急増していたイランからのボート・ピープルのほとんどは、政治難民などではなく、単なる経済難民であるとされる。生活水準の向上を主要動機とする経済難民にとって、先進国の豪州で生活したいからボート・ピープルになるのであって、開発途上国で、しかも治安も悪いPNGに定住することの魅力は全くない。要するにラッドの施策は、少なくとも経済難民が豪州密入国ボート・ピープルとなるインセンティブを大きく阻害するものであった。ところが、新政策の公表から連邦選挙まで2カ月未満であったとはいえ、「PNG/ナウル・ソリューション」の効果も薄く、昨年8月には、08年8月の政策転換以降、豪州に到着したボート・ピープル数は、実に5万人の大台に乗っている。

アボット保守政府のボート・ピープル政策


暴動が起きたPNGのマヌス島に設立されたオーストラリア領外難民処理センター(Photo: AFP)

13年9月の連邦選挙では、予想通りアボット保守連合が圧倒的勝利を収めたが、新政権の重要選挙公約の1つは「ボート・ピープルの到着をストップさせる」というものであった。その保守連合の政策は、依然として旧ハワード政権の「パシフィック・ソリューション」である。ただ、広義の「パシフィック・ソリューション」は、外地難民審査のほかにも2本の柱、すなわち合計で3本の柱から構成されていた。ほかの2本とは、永住査証への切り替えがほぼ不可能な暫定保護査証(TPV)の導入と、そして状況が許す限り、ボート・ピープル船を「追い返す」というものであった。また保守連合は、ラッド労働党政府が極めてタフな「PNGソリューション」を公表した直後に、「3ツ星」の軍人をトップとするボート・ピープル対応統合タスクフォースの設置策を公表し(注:関係省庁間のコーディネートを担当させ、同タスク・フォースは移民大臣に対して直接責任を持つ)、実際に政権奪取後に同タスクフォースを発足させている。タスクフォース設置の動機、目的は、ボート・ピープル問題の国境保全、安全保障の側面を国民に印象付けることで、その背景には、第1に、安全保障問題では伝統的に労働党よりも自由党への評価が高いこと、第2に、安保問題であれば、秘密主義も正当化しやすい、第3に、ボート・ピープル問題が移民や人権問題の観点から論じられることを、できるだけ阻止するため、そして第4に、ボート・ピープル問題でインドネシアの協力を得る上でも、また豪州の行動を正当化する上でも効果的、といったアボット保守連合の判断があった。

ボート・ピープル問題の行方

アボット保守政権が誕生して早くも5カ月ほどが経過したが、豪州に到着するボート・ピープルの数は既に激減している。それどころか、昨年の12月中旬以降、到着数はゼロとなっている。これは新政権が、ボート・ピープル船の「追い返し」を積極的に実施していることにもよるが、やはり2大政党では、政策の「信頼性」に大きな差があるためと考えられる。というのも、ラッドが「PNG/ナウル・ソリューション」という、極めてタフな政策を採用したことから、2大政党の政策上の差異はますます小さなものとなっていたからだ。ところがラッドの政策も、わずかの効果はあったものの、9月の連邦選挙までに目に見える効果を顕すまでには至らなかった。一方、政権が交代するやいなや、ボート・ピープルの流入数は目に見える勢いで低下している。超党派的な政策、ほぼ類似した政策であるにもかかわらず、抑止効果が大きく異なった最大の理由は「保守連合は労働党に比べてはるかにタフ」とのパーセプションが、密入国斡旋業者の間ではもちろんのこと、ボート・ピープル予備軍の間にも醸成されているからだ。

要するに、保守連合の政策が労働党のそれと大差はなくとも、ハワード旧保守政権の過去の実績に鑑み、政策への信頼性が大きく異なると言えよう。ただ、重要公約を果たしたかに見えるアボット政府も、今後も引き続きさまざまな問題に直面するものと考えられる。例えば、アボット政府の「追い返し」政策などによって、インドネシアとの関係が緊張しており(注:インドネシアとの関係は、アボット保守政権の誕生直後に暴露された、ユドヨノ大統領や大統領夫人への盗聴問題で一挙に悪化した)、これが継続することが予想される。また外地難民審査に伴う、莫大なコストの問題、具体的には、抑留施設の拡充や運営のコストばかりか、ホスト国であるPNGやナウル政府への援助コストの問題もある。連邦財政が逼迫している中、こういったコストの発生は政府には大きな負担である。さらに、アボット政府の過度の秘密主義に対する批判も続くものと思われる。

ボート・ピープルの激増を招いた労働党政府だが、少なくとも同政府は、ボート・ピープル問題では相当に「ガラス張り」で、ボート・ピープル船が到着するたびに、すなわち相当な頻度で移民大臣が記者会見を開き、関連情報の開示に努めていた。ところが、アボット政府はこれを1週間に1度だけの、モリソン移民大臣と、同問題を直接担当する統合タスクフォースの陸軍中将の共同記者会見に切り替えている。しかも、つい先日、保守政府は、この定例記者会見をも中止し、今後は必要に応じてプレス・リリーフを出すことだけを約束している。

確かにアボットも指摘する通り、情報の開示によって密入国業者に「塩を送る」ことになる恐れはある。ただ過度の秘密主義は、国民の政府への不信感を醸成するだけで、肝心の時に政府は国内世論を味方につけることに失敗することとなろう。だが何と言っても、最大の懸念点は、外地抑留施設の運営、管理問題である。政府施策の基本コンセプトは、ボート・ピープルの「有利さを否定」することによって、ボート・ピープルの豪州密入国インセンティブを阻害することにある。

したがってナウルやマヌス島での難民認定審査が、短期間に終了することは有り得ないし、また難民の認定を受けても豪州への受け入れは否定される。これまで豪州本土内の抑留施設でも頻繁に発生してきたように、長期の抑留は一部のボート・ピープルの精神に相当なダメージを与え、自傷行為などの過激な抗議行動や、暴動の発生を惹起する。豪州への移民が不可能となればなおさらであろう。実際につい最近、マヌス島の抑留施設で相当な規模の暴動が発生し、死者まで出している。暴動事件が発生する度に政府は対応を迫られるが、同時にアボット政府は、国内ばかりか国際社会からの批判も浴びることとなろう。

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