豪州の移民政策と457査証を巡る動き

政局展望

豪州の移民政策と457査証を巡る動き

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

1788年に英国人が豪州への植民を開始して以降、他国からの移民は豪州の持続的経済成長ならびに国内産業の発展を実現する上で、必要にして不可欠なものであった。ただ歴史的に見て移民関連問題は、しばしば国民を分断する政治イシューでもあった。

移民の歴史

第2次世界大戦前後からの過去70年ほどを振り返ってみると、豪州の移民政策の重要目的は時代により変遷を遂げている。当初の移民政策で重視されたのは、国防、安全保障上の観点からの人口増加であり、そして主として英国からの移民を惹きつけることであった。

移民数が大きく拡大したのは、第2次世界大戦時および戦後のことで、政府は戦争の末期になると、戦後の経済復興のため、また再度戦争が勃発した場合に備えるために、移民数の増加を熱心に進めている。

1950年代ならびに60年代は、国内製造業の振興が移民受け入れの重要目的であったが、一方、90年代初期までには、政府の移民政策の目的はより多様なものとなり、具体的には、後述する「家族呼び寄せ」を通じた社会的目的、「難民受け入れ」を通じた人道的目的、「技能移民」による経済的目的の達成、などが並行して志向された。そして90年代中期以降の移民政策では、技能労働者不足の問題により、上記3つの中でも技能移民の重要性が高まりつつある。

ちなみに第2次世界大戦終了以降、2009年までの間に、豪州には合計680万人が移民している。このうちの70万人が、難民受け入れの人道的プログラムの下で移民した人々である。

ところで、豪州は1788年に誕生した英国植民地を起源とする移民国家で、現在も英国女王を国家元首とする英連邦の一員である。その歴史的経緯から、現在でも多数派を占めるのは、英国のアングロ・サクソン系を中心とした欧州系の白色人種である。しかしながら、移民を白人に限定した白豪主義の撤廃と多文化主義政策の導入により、70年代以降は欧州以外からの移民も増加し、アジア系を中心とする欧州系以外の住民の割合が拡大している。

移民と、その子孫の異人種間の混血が進んでいること、人種別の死亡者数や国外移住者数に関する統計が存在しないことなどから、正確な人種別の人口および全人口に占める構成比は不明である。ただし、5年に1度実施される国勢調査(センサス)は、住民の人種や文化に関連して、①出生国・地域、②人種・文化的系統、③家庭で話されている言語、などのデータを明らかにしており、いずれのカテゴリーにおいても、英国系がほぼ現状を維持しつつ、南欧のイタリアやギリシャ系が占める割合が相対的に低下する一方、中国やインド系が勢力を拡大している、という大まかな傾向が確認できる。

上記①について補足すれば、人口のおよそ3人に1人が海外生まれであり、また移民の1世と2世の合計は人口の半数近くに達している。2011年に実施され、翌12年に豪州統計局(ABS)が公表した最新の国勢調査の結果によると、11年の豪州人口は、06年の前回の調査時に比べて8.5%増加し、合計で2,150万7,717人となった。このうち、海外で出生した人は529万4,200人であった。単純計算では、全人口に占める海外生まれの割合は24.6%となる。

海外出生者の出身国・地域で最も多いのは、現在でも旧宗主国の英国である。11年の国勢調査によると、海外生まれの多い出身国・地域は、1位が英国の110万1,100人(注:英国だけで海外出身者全体の20.8%を占めている)、2位がNZの48万3,400人(9.1%)、3位が台湾を除く中国の31万9,000人で(6%)、4位がインドの29万5,400人(5.6%)、5位がイタリアの18万5,400人(同3.5%)となっている。

これらの上位5カ国だけで、海外出生者数全体の45%を占めている。なお、日本生まれは3万5,377人で、日系移民の規模は全人口の0.16%と、ごく少数派に留まっている。ほかの人種グループと日系グループとを比較すると、女性の割合が68.3%と非常に高いことと(注:海外生まれ全体では51%)、豪州市民権の取得者の割合が17.8%と圧倒的に低いことが(同62.5%)、大きな特徴となっている。

移民関連制度の概要

豪州への入国者は永住者と一時滞在者とに二分できるが、前者は移民プログラム、もしくは人道的プログラムのいずれかを通じて定住した人々で、一方、後者は、例えば観光査証、短期訪問のビジネス査証、若年層のワーキング・ホリデー査証、学生査証、そして一時滞在の雇用者保証査証などを取得して豪州に入国した人々である。

移民プログラムへの申請者は、連邦政府の設定した審査基準に則って審査されるが、その際には、豪州の利益に適うか否かの観点から、また豪州社会にスムーズに溶け込むことが可能か否かの観点から、申請者の技能や学位の有無、そして健康状態といった要因が検討されることとなる。

また連邦政府は、年度ごとの永住移民受入れ枠である、移民ならびに人道的プログラムの年間受け入れ枠を決定し、毎年3月から5月にかけて公表する。

移民プログラムは3つのカテゴリー、すなわち、①技能移民カテゴリー、②家族呼び寄せ移民カテゴリー、そして③ごく少数の枠である特別移民カテゴリーに分類されるが、上記の①はさらに3グループに分類される。上記②の家族呼び寄せ移民カテゴリーとは、豪州に在住する豪州国籍保持者、永住者、あるいはNZ国籍保持者が、海外に在住する近親者を豪州に呼び寄せるためのカテゴリーである。

以上の移民プログラムの受け入れ枠に加えて、連邦政府は毎年の人道的プログラム受け入れ枠も併せて決定する。同プログラムは、難民条約に加盟している豪州の国際上の義務に基づき、一定数の難民を受け入れるものである。

さて、豪州への入国者には永住査証保持者のほかにも、一時滞在査証を取得した人々がいるわけだが、これらの査収保持者の多くが、豪州で就労する権利を有している。最近まで、一時滞在査証保持者の中でも急増していたのが、大学や専門学校において、フルタイムで勉学する者に与えられる学生査証の保持者である。一方、学生査証制度と同様に、豪州国内の労働市場に影響を与え得る査証が、「457査証」と呼称される一時滞在の就労査証である。この査証の有効期限は最高4年間で、国内では見つけることが困難な技能の持ち主に対し、有資格の豪州の雇用者がスポンサーとなった場合に発給される。

少なくとも世界金融危機(GFC)が勃発するまで、この457査証の発給数は急増傾向にあった。政府によって年間の受け入れ枠が決定される移民プログラムや人道的プログラムとは異なり、457査証の発給数には年間の受け入れ制限枠などはなく、発給数は「需要主導」(Demand Driven)、すなわち国内の需要次第で上下することとなる。

豪州への入国者に対する政策については、最近の趨勢としては、まず移民プログラムの3カテゴリーの中で、技能移民が重視される傾向にあることと、労働力の供給を一時滞在者に依存する傾向が指摘できる。

457査証を巡る動き


WA州のニッケル鉱山で働く労働者(BHP Billiton)

一時的な技能不足に対処するために導入された457査証、すなわち長期滞在の就労査証は、現在では豪州労働市場に深く浸透した恒久的な制度となっており、実際にFY2007/08には、457査証の発給数が、初めて移民プログラム下の技能移民数を上回った。同査証の数も、08年に発生した世界金融危機(GFC)以降は、一時大きく減少したものの、457査証の重要度は着実に増している。

この事実は、これまでのように政府が、移民や査証関連問題をすべて計画、管理し、優先目標を設定してきた状況から、同問題が雇用者からの需要により柔軟に変動するような制度へと、着実に変遷しつつあることを物語るものである。ただ、一時滞在の就労者の重要度が増している状況については、国内の労働者を蔑ろにし、外国人労働者を跋扈(ばっこ)させるものと、労働組合は懸念を抱いており、反対もしている。また労組は、457査証制度が一部の雇用者に対して、豪州国内法などに疎い外国人労働者を搾取する機会を与えているとも批判している。

労組側はハワード保守連合政権の末期に、こういった457査証反対キャンペーンを張ったのだが、その際に当時のラッド野党労働党党首は、政権奪取に成功した暁には、同査証制度の改善を図ることを約束したという経緯がある。そのため07年に誕生した労働党政府は、457査証に関しては保守政府よりも厳格になるものと予想された。具体的には、雇用者が同査証制度を豪州人労働者の雇用、あるいは訓練の恒久的な代替手段として使わないよう、監視するものと考えられたのである。

実際に、ギラード首相下の労働党政府は、同査証が悪用されていると述べつつ、同査証の厳格化を行うことを宣言している。しかもギラードは、「(就労の)列の先頭に立つ外国人労働者を最後尾に回し、国内労働者を先頭に立てる」といった、極めて排外的で、扇情的なセリフを口にしつつ、457制度の変更の必要性を強く訴えたのである。

こういったギラードのタフ路線の背景には、極めて政治的な動機があった。すなわち、ラッドからの恒常的な脅威に晒されてきたギラードは、党内の支持基盤をこれ以上脆弱化させないためにも、労働組合幹部の支持を強くあてにしていたのだが、その労組は457査証には相当に批判的であったからだ。

労組が同査証を嫌うのは、上述したように、一時滞在の就労者の利用度が増すと、国内の労働者が蔑ろにされ、外国人労働者が跋扈するとの労組の懸念があるからだが、実のところ、国内技能労働者だけでは必要な労働者を確保できないとの深刻な事情もある。好例が資源・エネルギー部門である。豪州は長期にわたる資源・エネルギー・ブームを謳歌し、これがほかの先進諸国に比べて豪州経済が堅調であることの主因となっている。

ただ「生産の隘路(あいろ)」の発生により、せっかくのブームの恩恵が極大化されてきたとは言い難い。「生産の隘路」とは、具体的には道路、鉄道、港湾といった、資源・エネルギー関連、輸出関連インフラストラクチャーの不備問題であり、また、より深刻な問題として、技能・熟練労働者の不足がある。

確かに、資源・エネルギー・ブームによってもたらされた豪州ドル高の趨勢もあって、製造業部門では業績の悪化、それどころか、倒産に追い込まれる企業も出ており、その結果、相当数の技能労働者が失職している。しかしながら、製造業の中心地は、主としてメルボルンといった南東部の大都市で、一方、資源・エネルギー・ブームの中心地はWA州、しかも近くには地方小都市すら存在しないような僻地である。

そのため、資源・エネルギー部門の技能労働者には驚くほどの高賃金が約束されているものの、東部に住む家族持ちの労働者にとって、資源・エネルギー部門への再就職、転職は、決して容易なものではない。

さらに労働党政府は、国内技能労働者の育成のために、職業訓練制度の整備なども行ってきたが、言うまでもなく、一朝一夕に技能労働者が誕生するわけでもない。そこで457査証を通じた外国人技能・熟練労働者の活用が、実は一層重要となっているのだ。

また労組は、457査証制度が一部の雇用者に対して、豪州国内法などに疎い外国人労働者を搾取する機会を与えているとも批判しているが、そういった例は確かにあるものの、不正活用の件数は極めて少ないのが実情である。むしろ労組が強く反対する真の理由は、外国人労働者の労組加入率が低いためとされる。

いずれにせよ労組側は、457査証の活用制限、制度の厳格化をギラード政府に強く要求し(注:457査証制限運動の首謀者格は、ギラードの中核支持者であったハウズ豪州労働者組合AWU書記長であった)、これがギラードの457査証への消極姿勢、それどころか、政府が同査証の審査を厳格化した真の動機であった。

これに対して当時の野党保守連合は、産業界の要求もあって、ギラード政府の457査証の制限策を強く批判していた。その保守連合は、9月の連邦選挙で政権奪取に成功したが、野党時代には、「労組の主張する雇用者側の制度の悪用云々は、針小棒大も甚だしいもの」として、労組ばかりか、ギラード政府の主張を一蹴してきた保守連合だが、つい最近モリソン移民大臣は、制度を悪用する者には厳罰をもって対処するなどと、従来とはニュアンスの異なる発言をしている。

保守政府は、457査証の問題については、より正確には、ギラード労働党政府の制度厳格化措置を緩和するか否かについては、現在鋭意検討中としているが、保守政府の対応ぶりが注目されている。

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