7月の重要政治イベント

政局展望

7月の重要政治イベント

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

7月には2つの重要政治イベントがあった。安部総理の来豪と炭素税廃棄法案の成立である。今回は両イベントについて簡単に解説する。

大成功裏に終わった安部総理の来豪

安倍総理が豪州を公式訪問している。主要政治日程は7月8日に集中し、同日午前には戦争記念館での献花、続いて連邦議会正面広場での歓迎式典、そして日本の総理としては初めて、連邦両院議員総会で演説を行っている。

また同日午後には、日豪首脳会談、日豪経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)や「防衛装備品および技術の移転に関する協定」への調印、アボット首相との共同記者会見、豪州国家安全保障会議への出席およびメンバーとの懇談、さらにビジネス関係者などとの晩餐会への出席と、精力的に行事をこなしている。

翌9日にキャンベラを出発してWA州へと向かったが、異例なことに、議会が開催中であったにもかかわらず、アボット首相が豪州の政府専用機に安倍総理と同乗し、5時間に及ぶフライトをともにしている。両首脳の個人的関係の親密さを、強く印象付けるものと言えよう。


7月、豪州を訪問した安倍総理とアボット首相(Photo: AFP)

さて、経済および安全保障分野での協定は画期的なものだが、やはり安倍総理訪豪のハイライトであったのは、連邦両院議員総会での安倍総理の演説で、同演説については豪州メディアも高く評価していた。その理由としてはいくつかあるが、まず何よりも、演説が英語で行われたことが大きかった。安倍総理の演説には、豪州国民が大のスポーツ好きであることを勘案して、日豪関係をラグビーのスクラムに喩えたり、また豪州の国民的英雄で、演説を傍聴していたドーン・フレイザーを称え(注:64年の東京オリンピックでも複数の金メダルを獲得した女子水泳選手)、しかも名前の「ドーン」を、新たな日豪関係の「曙」と言葉合わせするなど、ユーモアにあふれた、秀逸なものであったが、これも英語で演説したことによって、聴衆にストレートに理解され、大いに受けたと言えよう。

また安倍総理が演説の中で、第2次大戦中のココダの戦いに触れ、豪州人戦没者に哀悼の意を表したことも重要であった。周知の通り、「距離の暴虐」ゆえに常に孤立感を抱いてきた豪州は、大国の庇護を求めて、かつては旧宗主国の英国のため、そして第2大戦後には米国のために、さまざまな戦争に兵を送り犠牲を払ってきた。そういった経緯から、豪州では戦没者や退役軍人が大切にされるとともに、各地で頻繁に戦争関連のセレモニーを開くなどして、愛国教育にも力を入れている。そして、愛国教育の中核となってきたのが、「ガリポリの戦い」に関する啓蒙、教育であり、また同戦闘の「伝説化」である。

ところが、第1次大戦は遥か過去の出来事となり、依然として「ガリポリ」は極めて重要で、注目されてもいるものの、豪州政府としては、愛国教育のウエイトを、生存する元兵士や体験者も多い第2次大戦へと移しつつあるように思える。その中でも重視されているのが、豪州の「庭先」で起こり、また豪州軍の勝ち戦で、さらにPNG住民の豪州軍への献身的な支援があったとされる、それゆえ美談にも事欠かない、ココダの戦いである。したがって、安倍総理が演説でココダを取り上げたことは、時宜に適ったもの、政治的にも賢明なものであった。

ところで、「防衛装備品および技術の移転に関する協定」の調印だが、同協定によって、つい先ごろまでは夢想だにされなかった日豪防衛交流、例えば、コリンズ型潜水艦の代替潜水艦として豪州側が希求している、通常動力型潜水艦では世界最高性能とされる、日本の「そうりゅう型」潜水艦の推進技術ばかりか(注:いわゆるスターリング機関、すなわち非大気依存型の推進機関を搭載しているため、通常型であるにもかかわらず、連続して2週間以上の潜水作戦が可能)、ハードウエアそのものが豪州に供与される可能性も出てきた。

もちろん、その背景には、日本の「防衛装備移転3原則」、すなわち、日本政府による事実上の武器輸出解禁決定があったわけだが、安全保障分野における日豪の関係がここまで発展する契機となった、あるいはその礎を築いたのも、実は安倍総理であった。ただし、前回総理であった当時の安倍総理である。そして当時の豪州側の首相は、アボットの「師匠」に当たるハワードであった。この点に関して補足すれば、07年3月に当時のハワード首相が訪日したのだが、同訪問でのハイライトが、日本と豪州が安全保障分野で一層協調すべく、安保取極めに両首脳、すなわち安倍総理とハワード首相が署名したことであった。

署名された日豪安保取極めは、条約の「ステイタス」ではなかったものの、日米安保条約を別にすれば、戦後の日本が安保分野で他国と取り交わした初のものであった。同取極めの目的は、国際テロ対策をはじめとする非伝統的軍事分野における協力、さらに日豪の共同軍事演習などの軍事面での協調に関して、フレームワークを構築することにあり、具体的かつ詳細なアクション・プランについては、その後両国で検討するとしていた。いずれにせよ、これを契機にして、安保、軍事面での両国協調関係は大きく拡大、強化されることになったのである。

今回の安倍総理来豪は、日豪2国間のものとしては、02年の小泉総理の来豪以降では初めてのものであったが、日豪EPA/FTAの調印もさることながら、安全保障分野でも重大な協定が調印されるなど、正に日豪関係が21世紀の新たな「特別の関係」へと質的転換する、日豪関係の歴史の中でも特筆に値する意義深いものであった。

炭素税廃棄法案の成立

パーマー連合党(PUP)の要求に基づき、下院で修正を施された炭素税廃棄法案が、下院での採決を経て再度上院に送られ、7月17日に上院で採決に附されている。採決では、野党労働党とグリーンズが反対票を投じたものの、8人の「その他」議員全員が支持に回ったことから、廃棄法案は上院でも可決され、無事成立している。その結果、ギラード労働党政権によって、12年7月1日より施行された炭素税制度は、ちょうど2カ年度をもって早くも廃棄されることとなった。

さて野党保守連合のリーダーであったアボットは、昨年の8月から本格化した連邦選挙キャンペーンにおいて、4つの選挙公約スローガン、具体的には、①公費の浪費をなくす、②運輸インフラの整備、③ボート・ピープルの流入を止める、そして④炭素税の廃棄、の4つを掲げていたが、その中でも、アボットにとって最も重要な公約が、④の炭素税廃棄策であった。周知の通りアボット保守連合は、11年2月にギラードが導入を宣言して以降、一貫して炭素税に反対し、また政権の座に就いた暁には、可及的速やかに炭素税を廃棄し、その後は、いわゆる「直接行動」政策を採用すると繰り返し主張してきた。

昨年9月にアボット保守政権が誕生し、公約を実行にうつす環境が生まれたわけだが、仮にアボットが炭素税の廃棄公約を反故にしていた場合、それは「死亡が保証された自殺行為」となるところであった。というのも、国民の多くは炭素税が導入された後も、「生活コスト」に直接響く同税には反撥、あるいは不満を抱いてきたし(注:ニューズポールが7月11~13日にかけて実施した世論調査でも、炭素税廃棄への支持が過半数となっている)、何よりも、野党時代のアボットが高支持率を謳歌し、ひいては先の選挙で圧勝したのも、元をただせば、炭素税への攻撃、主として「ギラードは選挙公約を反故にした」との攻撃が効果を上げたことの御蔭であったからだ。そのため、アボットが廃棄公約を反故にした場合、それはギラードの公約違反をも大きく凌ぐもので、国民の大反撥は必至であった。アボットとしては、是が非でも廃棄する必要があったのである。

以上のように、アボット政府にとっての炭素税廃棄問題の重要さに鑑み、パーマー連合党の介入による紆余曲折はあったとは言え、アボットが無事公約を果たせたことの意味は相当に大きい。しかも現在、保守連合政府が深刻な問題に直面にしている、すなわち、各種節減策を盛り込んだ予算案関連法案の成立の目処が立っていないことから、炭素税の廃棄に成功したことは、保守連合内の士気を高めるものであったし、疑問視されていた政府の統治能力への評価を高めるものであった。また炭素税の廃棄実現は、少なくとも両院解散選挙の最大の実施要因が払拭されたことを意味するものでもある。

他方で、炭素税廃棄を巡る一件は、野党労働党を困難な立場に追い込むものであった。その理由は、労働党が政府の「直接行動」政策を一笑に付し、そして「総量規制と取引き方式」に基づく(注:制度開始年度以降、規制対象となる排出主体全体の毎年の排出量枠を設定し、それを徐々に縮小する)、温室効果ガス排出権取引き制度(ETS)への移行を前提としない限り、炭素税の廃棄には反対するとの立場を貫いたことによって、労働党は今後もETS政策に固執することを余儀なくされたからだ。要するに、通常通りであれば16年の8月以降に実施される次期連邦選挙でも、労働党はETSの導入を主張せざるを得ないこととなる。しかも、与野党で政策路線に大きな差異が存在することから、同問題が次期選挙で重要争点化することも確実である。その場合、保守政府の「直接行動」が「報償」を通じて、温室効果ガスの削減インセンティブを高めるものである一方、労働党のETSは、いわば「制裁」を通じて、削減インセンティブを高めるものである点に留意する必要があろう。

これまでの炭素税よりは遥かに軽微になるとは言え(注:豪州のETSは欧州連合EUのETSとリンケージされることから、EU市場の排出認可証価格が豪州の価格となる。ちなみに、現在のEU価格は二酸化炭素換算値1トン当たりで8ドルほどである。なお、昨年度の豪州の炭素税価格は1トン当たり24ドル15セントであった)、ETSも、産業界ばかりか国民生活にもコストを強いる政策であることに鑑み、同問題で与野党のどちらが選挙上有利となるかは明白であろう。実際にアボット政府は、ショーテンのETS保持宣言にほくそ笑んでおり、既にアボットは、市場の需給で上下するETS価格であろうと、固定価格の炭素税であろうと、産業界や国民生活を苦しめる税金と言う点では同じ、などと述べつつ、野党時代を彷彿とさせるスケアー・キャンペーンをスタートさせている。

ただ炭素税は廃棄されたものの、その後のアボット政府の温暖化政策である「直接行動」にも、不透明感が漂っている状況である。鍵を握るのは、やはりパーマー連合党(PUP)の去就だが、そのパーマーはこれまで、「直接行動」を金の浪費と一蹴してきた。しかしPUPは、同党が先日公表した、条件付きのETS導入策を政府が受け入れるのなら、「直接行動」を支持すると主張している。

PUPの地球温暖化政策の中のETS政策とは、労働党のそれとは異なるもので、すなわち、PUPのETS導入策は厳格な条件が付いたものである。具体的には、豪州にとって最重要な経済・貿易パートナー国である、米国、日本、中国、そして韓国が、豪州やEUのETSとリンケージされたETSを導入した時点で、初めて豪州のETSを本格的に稼動するというものである。それまでの豪州ETSでは、排出認可証価格はゼロに設定される。PUPは、提案するETSの詳細設計はおろか、温室効果ガスの総量規制値といった、ETSの基本設計の内容も明らかにしていないが、近い将来に豪州の重要経済パートナーが、本格的なETSを導入する見込みは低く、実はパーマー自身もその点を充分に認識している。要するに、PUPのETSなど、少なくとも当面の間は実現の見込みのない絵空事であり、ETSの提案は単なる政治的な「スタンド・プレー」に過ぎないものである。

ただ、そうであっても、炭素税ばかりか、ETSも「広範囲な重税」と批判してきたアボット保守連合としては、PUPの条件はなかなか受け入れ難いものと言えよう。保守政府は、むしろ何らかの方法で上院を「バイパス」し、「直接行動」を実施する道を探求するかもしれない。例えば、連邦憲法第96条に則って、「使途指定交付金」という形で資金を州政府に交付し、州政府に「直接行動」を施行させる、あるいはPUPの要求で存続が決まったクリーン・エネルギー・ファイナンス公社(CFEC)の活用、具体的には、CFECの融資対象を、「直接行動」プロジェクトへと振り向けるといったものである。

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