就任1周年を迎えたギラード労働党首相

政局展望

就任1周年を迎えたギラード労働党首相

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

昨年の6月24日、当時のラッド首相が「クーデター」によって失脚し、副首相であったギラードが首相に就任してからちょうど1年が経過した。ところが起死回生の一打と期待されたギラードも、昨年8月の連邦選挙では敗北の一歩手前まで行ったばかりか、その後も支持率は低迷を続けており、次期選挙までもたないのではとの声すら出ている。

ギラード労働党政権の現状

2010年6月23日の午後10時半過ぎ、労働党のラッド連邦首相が突然臨時記者会見を開き、ギラード副首相が党首挑戦を宣言した結果、翌24日の午前9時より、連邦議会内で臨時の連邦労働党両院議員総会「コーカス」を召集し、正副党首選挙を実施する旨、公表している。24日の9時には予定通りコーカスが開かれたが、選挙の直前になってラッドが自ら辞任を表明。そのため与党労働党の新党首、すなわち新首相には、唯一の党首挑戦者であったギラードが「異議なし」で選出された。

ギラードは同日、キャンベラの連邦総督公邸での認証式に臨み、24日をもって、正式に豪州の第27代連邦首相に就任している。女性が首相に就任するのは、連邦が発足した1901年以降、ギラードが初めてのことであった。

失脚したラッドと言えば、07年11月の連邦選挙で、実に11年8カ月にわたったハワード保守連合長期政権を葬った最大の功労者である。選挙後には党内でも「英雄視」されていたラッドが、しかも第1期目の首相に過ぎなかった時点で失脚したことは、豪州政治史上、正に驚天動地の出来事であった。

その劇的事件からちょうど1年が経過したが、皮肉なことに、現在のギラード並びに与党労働党への評価、支持率は、ラッドの失脚直前の水準をかなり下回っている状況である。例えば、信頼度が最も高いとされるニューズポール社が、6月10日から12日にかけて実施した世論調査によると、政党支持率で与党労働党はわずかに31%であったのに対し、野党自由党・国民党保守連合の方は46%もの高率となっている。

選好票の流れも加味した、いわゆる「2大政党選好率」ベースで見ると、与党が45%に対して野党は55%と、仮にこれが本選挙であった場合には、野党が地滑り的な大勝利を上げることを示している。

また「好ましい首相」の項目でも、ギラードのアボットに対するリードは3%にまで縮小している。さらにギラードのパフォーマンス評価では、満足との回答が30%に対して不満足は55%、ネットでは(注:満足マイナス不満足)実にマイナス25%と、惨さんたん憺たる有り様となっている。

ギラード政権の問題点とリーダーシップ問題

各種の世論調査でギラード労働党政権の評価が大きく低迷している背景には、政府の掲げる重要課題、政策のすべてが困難に直面しており、また各層からの批判に晒さらされているとの事情がある。

具体的には、鉱物資源利用税(MRRT)の導入策、ボート・ピープル対策、炭素価格の設定政策、全国医療制度の改革、そしてマレー・ダーリング河川の水量回復問題などである。

確かに、ギラード政府には同情すべき点も十分にある。それは、下院が70年ぶりの「ハング・パーラメント」の状況にあり、そして7月1日からは、上院で緑の党(グリーンズ)が単独で「バランス・オブ・パワー」を掌握するという、不安定かつ複雑な議会情勢だ。これでは政策の執行は極めて困難となる。

だが、ギラード政府への評価が低迷している主因は、依然として目先の政治的利益、得点だけを考え、熟慮することなしに政策を決定する、しかも関係各層に根回しもせずに単独で決定するという、ラッド首相の時代と同様の政府の姿勢にある。またギラード首相やスワン財務大臣といった指導部ばかりか、上記政策分野を主管する閣僚の中に、政策の「売り込み能力」を備えた人物がいないことも大きい。

いずれにせよ、ギラード政府の体たらくにより、労働党内部からも不満の声が出始めており、それどころか一部からは、ギラードが2013年の後半と見込まれている次期選挙までもたないのでは(注:ギラードは政権を支える無所属議員の要求を呑んで、ほぼ下院の任期を全うすることを約束している)、との声まで上がっている。

上述したように、07年選挙における党の「英雄」で、しかも第1期目の首相に過ぎなかったラッドですら失脚したこと、また現在のギラード並びに与党への支持率が極めて深刻な状況にあること、さらに政府は重要政策のすべてで苦境に陥っていることなどから、労働党が再度驚天動地の動きを行う可能性も全く否定はできない。

リーダーシップ問題の行方

しかしながら、メディアが取り上げる労働党のリーダーシップ問題なるものは、「クーデター1周年記念」を迎えたこと、そしてラッドが相変わらずの利己的行動、自己宣伝活動を続けていることもあって、メディアが同問題を大げさに強調した、それどころか煽ったというのが真相に近いと言える。要するに、党内にギラード降ろしの動きが顕在化しているわけでは決してない(注:この点はメディアも認めているが)。それも当然のことで、というのも、ここでギラードを引きずり下ろすことは、以下のような事情から、現在の悲惨な状況をむしろ悪化させる可能性すらあるからだ。

第1に、ギラードに代わる人材がいない。例えば、一部で話題に上っているラッドの返り咲き云々だが、確かに最近のヘラルド/ニールセンの世論調査によると、「好ましい労働党リーダー」の項目で、ギラードがわずかに31%に過ぎなかった一方、ラッドは60%もの高率を獲得している。ただし、これを額面通りに受け取るべきではない。

というのも、ラッドへの高支持率は、単にギラードへの評価が低いことの裏返しに過ぎず、多くの国民のいわば「絶対的評価」では決してないからだ。相当数の国民のラッドへの印象は既に固まっており、それは「頻繁に信条を変えるカメレオン」、有言不実行、あるいは自己顕示欲が強いといった、かなりネガティブなものである。

また、労働党内のラッドへの評価は、国民の評価よりもはるかに低い。労働党議員はラッド首相時代の独裁ぶり、情報統制、朝令暮改といったことを忘れておらず、またこれらの特徴がラッドの性格に根ざすものである以上、「新ラッド首相」が改善したものとはなり得ないことも十分に承知している。

一方、労働党のリーダー候補として以前から名前が挙がっているのは、政界入りするまで労働界の大物であった、コンベイ気候変動・エネルギー効率化大臣とショーテン財務大臣補佐大臣兼金融・年金大臣の2人だが、両者ともに有能ではあるものの、07年11月の選挙で初当選したばかりの2年生議員に過ぎない。しかもコンベイの場合は、人柄の良さでは定評があるものの、地味、あるいは「暗い」イメージであり、このような党の危機を脱するためには不適と言える。

一方、ショーテンの方には、やや胡散臭いイメージが付きまとっている。すなわち労働運動に身を挺したのも、しょせん自己の利益や野心、キャリアのためであったのでは、と疑問符が付いているのに加え、より重要な点として、ショーテンが昨年のラッド降ろしの中核プレーヤーの1人であったことは大きなマイナス点と言えよう。

両者ともに将来のリーダー候補の最右翼ではあるものの、近い将来にギラードを押し退けてまで、リーダーに据えるのが相応しいかには大いに疑問がある。

附言すれば、リーダー候補としては、最近になってスミス国防大臣の名前も挙がっている。このスミスは、ベテラン議員であるばかりか、実力もあり、人柄も良いという政治家ではある。ただ「平時」であれば労働党のリーダー候補になるような人物ではなく、むしろリーダーの懐刀や参謀といったタイプと言える。スミスの名前が挙がること自体、現在の労働党には「即戦力」となるリーダー候補がいないことを示すものと言えよう。

ギラードが失脚する可能性が低い、あるいは引きずり下ろすことが愚行と考える第2の理由は、予想される国民の反発である。

周知の通り、豪州の国民は現状維持志向が強いとされ、そのために政権が1期だけで終わることは極めて稀である(注:連邦選挙史上で1期のみの短命政権は1回のみ)。これは国民が比較的寛大であることの裏返しで、国民の多くは政権にしてもリーダーにしても、短兵急に評価を下すべきではないと考えている。

したがって、国民の間にラッドへの不満が醸成されていたとは言え、労働党が政権第1期目の中途にラッドを葬ったことは、労働党のパニックぶりを印象付けたばかりか、一部国民の労働党への反発を招いたし、またギラード人気が予想よりも遥かに低く、他方で、「謀反人」のギラードに比較すると、「犠牲者」のラッドへの評価が依然として高いことの理由の1つともなっている。

そのため、仮に初の女性宰相であるギラードが、しかも在任期間がわずかな中で引きずり下ろされることにでもなれば、ラッドとギラードとの上記の関係が、ギラードと新リーダーとの関係にとって替わられて、新リーダーは再度低人気に喘ぐこととなろう。

第3の理由は、アボット野党代表がいみじくも指摘している通り、現在の労働党政府の問題は、むしろ政府の政策の問題であるからだ。

確かにそういった政策を立案した点で、また政策の売り込みが失敗している点でも、トップとしてのギラードは責任を免れない。ただ、これらの政策をそのまま保持した場合には、仮にリーダーが交代しても、労働党への評価が大きく改善することは難しいと言えよう。

最後に第4点としては、労働党政権を支える保守系無所属議員の動向である。

昨年8月の連邦選挙の後、労働党はグリーンズのバント、左派系無所属のウィルキー、保守系無所属のオークショットとウィンザーの4議員の支持を得て、辛うじて下院で76議席を確保し、政権の維持に成功したわけだが、その際の労働党と4議員との取り決め、少なくとも無所属議員との取り決めは、あくまでギラード首相と無所属議員との間の個人的なものである。

換言すれば、ギラードが失脚すれば、取り決めも無効であると無所属議員が宣言する懸念があり、まさにウィルキーやオークショットはその点を強調しつつ、既に労働党内の潜在的反ギラード勢力を恫喝し、牽制している(注:実は無所属議員が恐れているのは、新リーダーが現状打開を狙って解散選挙に訴える可能性である)。

実際に、ウィルキーあるいはオークショットのどちらか1人が労働党への支持を取り下げただけで、政権が崩壊する可能性がある。以上のような理由から、次期選挙前にリーダーをすげ替えることは、労働党にとっては極めて危険な賭けであり、党としては将来に状況が改善することを期待しつつ、ギラードに固執する以外に選択肢はないように思える。

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