【政局展望】世代間報告書の公表

政局展望

世代間報告書の公表

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

3月5日、アボット保守連合政府が、アボット政府としては初めて、通算では第4回目に当たる、世代間報告書(Intergenerational Report)を公表している。

世代間報告書とは何か

この世代間報告書とは、ハワード保守連合政権が導入した公正予算憲章(Charter of Budget Honesty)の中で作成が義務付けられているもので、連邦財務省が向こう40年間の人口動態や、経済、財政状況等を分析、予測し、原則として各5年ごとに改訂版を作成、公表するものである。ハワード政府が同報告書の策定を決定し、実際に公表した理由だが、第1に、政府が長期ビジョンを持っていること、未来志向であることを喧伝したかったことが挙げられる。その背景には、01年11月の連邦選挙で勝利して以降、政権第3期目の改革アジェンダを何ら持っていないとして、ハワード政権が批判に晒されていたとの事情があった。第2に、反発が予想された医療や福祉関連予算の削減を正当化するためにも、制度の抜本的改革が不可欠との「お墨付き」が必要であったこと。そして第3点としては、ハワードの後継として、次期首相の座を虎視耽々と狙っていたコステロが、同報告書を作成した財務省の大臣として、自身の「売り込み」を図ったことが指摘できよう。第1回目の世代間報告書は、02年の5月に連邦予算案が公表された際に、予算書の第5部として作成、公表されたが、初回報告書は、(1)団塊の世代が引退年齢に差し掛かりつつあること、(2)医療技術の発達などによる平均寿命の延長、(3)出生率の低下(注:1女性当たりで子どもが1.75人であったのが、42年には1.6人に低下すると予測)、などにより、ほかの先進国と同じく豪州でも高齢化社会の到来、深化は不可避で、現在の1,900万人から2,500万人へと膨れ上がる42年の人口の内で、4人に1人は65歳を超える年齢層になるとものと予測していた。その結果、とりわけ医薬品助成スキーム(PBS)(注:高価な医薬品の購入者への助成スキーム)のコストをはじめとする医療関連費や、老人看護費などが急増する一方で、労働人口の伸び率は低く、したがって、社会保障/福祉制度に抜本的な改革を施してコスト急増を押えるか、相当な増税策を実施するか、あるいは、持続的な高経済成長を実現しない限りは、将来の財政が逼迫、破綻するのは必至と警鐘を鳴らしていた(注:初回報告書は、FY42/43の財政赤字幅を当時の通貨価値で870億ドル、GDP比で5%と予測)。一方、初回報告書から5年近くが経過した07年の4月、すなわち連邦予算案公表の1カ月程前に、ハワード保守政府は第2回目の世代間報告書を公表している。総計122ページからなる第2回報告書は、依然として将来の財政状況に警鐘を鳴らしつつも、わずかながら出生率の向上が見られること、高齢者を中心に労働力化率も上向きなこと、他方でPBS支出の伸び率もやや緩やかになることが予想されるなどから、第1回報告書での予測内容よりは明るいものとなっていた。第2回報告書が公表された年の11月には連邦選挙が実施され、11年8カ月に及んだハワード保守連合政権にも終止符が打たれたが、誕生したラッド労働党政権は、通常であれば12年となる第3回世代間報告書の策定、公表を一挙に2年間も早めて、10年の2月に合計164ページからなる報告書を公表している。

「3つのP」の議論

世代間報告書は、このままでは将来の政府歳入、歳出のギャップが大きく拡大し、財政が逼迫、破綻するのは必至と警鐘を鳴らしてきたわけだが、その中で盛んに取り上げられてきたのが、いわゆる「3つのP」の議論であった。上述したように、対策としては社会保障関連支出のカット、相当な増税策、あるいは持続的な高経済成長の達成があるが、高齢化社会の深化の意味するところは、医療費などがかさむ高齢層の政治的影響力が高まることにほかならず、そのため、医療関連費や看護関連費の削減などは政治的に困難と言える。また財政状況を大きく改善させるほどの増税策も、もちろん、政治的に困難である。そこで重視されたのが、持続的な経済成長の実現であった。その経済成長の鍵とされるのが「3つのP」で、具体的には、(1)人口(Population)成長、(2)労働力化率(Participation)の向上、(3)生産性(Productivity)の向上、の3つである。ただ、例えばラッド/ギラード労働党前政府は、このうちの人口成長についてはかなり軽視していたと言える。出生率の向上などは必ずしも不可欠ではないし、また一定ペース以上の人口成長には反対も多く、政治的にもマイナスとの判断があったからだ(注:より正確には、一定ペース以上の移民の増加には反対する向きが多い。また急激な人口増加については、環境への影響や水資源の不足、各種インフラへの影響などの観点からの懸念がある)。

これに対して、労働党政府の前のハワード保守連合政府は、出生率の向上を通じた人口成長にはかなり熱心で、向上策として、例えば新生児ボーナス・スキームを導入している。一方、労働党政府は老齢年金の受給年齢を上昇させるなど、ハワード保守政府よりも労働力化率の向上については熱心であったとの指摘もあるが、保守政府も母親の職場復帰促進策、さらに年金制度の改革を通じた退職の延期、あるいは高齢層の就労継続奨励策を導入するなど、労働力化率の向上にもかなり熱心であったことから、この「P」に関する両政府の差異は実のところ小さかったと言える。それどころか野党時代の労働党は、ハワード政府の高齢層労働力化率向上策を、「死ぬまで働け政策」と揶揄、攻撃していたという経緯がある。ただし、人口成長や労働力化率では十分な経済成長効果は望めない、というのが超党派的な認識であり、2大政党ともに「3つのP」の中で中核と位置付けてきたのは、生産性の向上である。ところが、生産性向上の実現の方策、手段については、両政党ではやや考えが異なっている。まず労働党の場合は、生産性向上の方策として、(1)経済インフラ投資、整備、(2)教育や職業訓練投資、(3)イノベーション投資、そして(4)規制緩和などのミクロ経済改革、の4つを挙げることが一般的である。一方、保守連合は、上記4つの方策には異存はないものの、ただ保守連合が(4)の中核を、柔軟な労働条件交渉制度の構築を目指した労使制度改革と位置付けているのに対して、労働党の場合、(4)には労使分野は含まれていない。その理由は、労働党の労使政策は、主として公正の実現や不平等の是正を目指したもの、具体的には、被雇用者の便益や権利増進を優先したもので、経済の成長を主目的とするものではないからだ。またラッド労働党政府が施行した現行の公正労働法は、同分野の規制緩和どころか、規制の復活、再導入という、時代の流れ、趨勢に逆行する内容のものである。ところで、アボット保守連合政府も経済成長路線を強調しているが、生産性向上の鍵としては、労使改革の他にインフラ整備を重視しており、アボットは「インフラ首相と呼称されたい」と述べているほどである(注:ギラード労働党首相は「教育首相と呼ばれたい」と述べていた)。

今次報告書の特徴と予測値

総計145ページの今回の報告書で特筆すべき点は、(1)13年時点の労働党前政府の政策路線を継続した場合、(2)現時点での保守連合政府の政策、すなわち、昨年5月公表の連邦予算案に盛り込まれた財政再建/節減政策の内、これまでに法制化が実現した政策を継続した場合、そして(3)同連邦予算案内の全ての財政再建/節減策が施行された場合、という3つのシナリオの下で、40年後の財政状況等を予測している点にある。すなわち同報告書は、重要なアンダーライング現金ベースでの財政赤字幅を、上記(1)のシナリオの下ではGDPの12%程度となるものの、(2)では6%弱、そして(3)のシナリオでは、FY19/20の時点で財政黒字に転換できるばかりか、政府純債務高もFY31/32の時点でゼロになるものと予測している。なお、上記(2)の下での40年後、すなわちFY54/55の各種経済予測値は、(1)実質の経済成長率が2.3%(注:FY14/15では2.5%)、(1)労働力化率79.3%(同76.2%)、(3)財政赤字の対GDP比は5.8%(同2.5%)、(4)政府純債務高の対GDP比は57.2%(同15.2%)、(5)連邦政府支出の対GDP比31.2%(同26.3%)、(6)人口は3,970万人(同2,390万人)、(7)65歳以上の人口に対する労働人口(注:年齢が15歳から64歳までの人口)の比率は1対2.7(同1対4.5)、⑧平均寿命は男性で95.1歳、女性では96.6歳(同91.5歳と93.6歳)、などとなっている。

世代間報告書と来年度連邦予算案


アボット政府は、競合した政治目標を追求することを余儀なくされている(photo: AFP)

アボット政府としては、今回公表された第4回世代間報告書の公表を契機にして、経済分野での政策論議、とりわけ財政再建論議を活発化させたいところであろう。活発化すれば、早晩、野党労働党に政策が欠如していることが浮き彫りとなり、国民が野党の政権担当能力に重大な不安感、疑念を抱く、との政府の期待がある。実のところ、政府の政策にことごとく反対するだけで、何ら代替政策を提示してこなかった労働党に対し、国民からの批判も出始めており、その証拠に世論調査では、昨年公表の政府予算案があれほど批判されてきたにもかかわらず、また自由党のリーダーシップ問題が顕在化したにもかかわらず、経済運営能力への評価では、依然としてアボットがショーテンを相当に凌駕している。また、来年度連邦予算案の公表を5月12日に控えた保守政府としては、このままでは深刻な事態となることを再確認した同報告書の内容をテコにして、あるいは報告書の内容を「お墨付き」にして、次期連邦予算案に盛り込む予定の各種節減策を正当化したいところであろう。グリーンズはもちろんのこと、野党労働党が「同報告書は政治的な文書」であると繰り返し強調しているのは、上述したように、露骨に政治的な「3つのシナリオ」の存在もあるものの、実は政府の正当化を阻むためにほかならない。ただ、連邦財務省が策定するとは言っても、この世代間報告書が政治的な文書であるのは当たり前である。というのも、各種予測の前提となる「仮定」については、政府のイデオロギー、政策路線や意向が大きく反映されているからだ。自由党よりは「大きな政府」を志向し、また社会的平等の実現を標榜する労働党政権がまとめた世代間報告書では、例えば社会保障支出のGDP比率予測値等は、自由党のそれに比べて当然高めとなる。このことは、世代間報告書が政府のビジョンを示したものであることも意味する。以上のように、世代間報告書は「色付き」で、しかも、必ずしも客観的なものとは見なされていないため、政府の正当化にも限界があるわけだが、そのほかにもアボット政府はかなり困難な立場に追い込まれている。すなわち、世代間報告書をテコにして、経済運営能力の高さを誇示すべく(注:選挙で多くの有権者の行動を決定する重要要因は、与野党の経済運営能力に関する「漠然とした」評価である)、来年度予算案でも財政再建のための各種節減策を追求したい一方で、現実には予算問題でタフ路線を採用することは困難との状況である。言うまでもなく、タフ路線が困難となった直接の要因は、驚天動地のQLD州選挙の結果によって、政権が1期のみで敗北する可能性が認識され、そのため政府としても、また党内支持基盤の脆弱化に直面しているアボット個人としても、国民の反発を招きかねない政策の追求、施行には及び腰になっているとの事情がある。実際に最近のアボット政府は、(1)メディケア関連政策の変更、(2)国防省制服組給与の上昇、(3)労使制度改革の後退示唆、そして(4)老齢年金政策の変更など(注:今年の初めには、公的有給産児休暇策も破棄)、立て続けに、批判にさらされてきた重要政策のソフト化を決定しているが、それはアボット個人の保身のため、そして何よりも有権者を懐柔するためのものにほかならない。要するにアボット政府は、競合した政治目標を追求することを余儀なくされており、そのため政府が国民に発信中の「メッセージ」も相当に混乱したものとなっている。

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