【第5回】ラグビー五郎丸歩、世界への挑戦 – そして、仏蘭西へ

ブリスベンから現地レポート

ラグビー五郎丸歩、世界への挑戦

Photo: Nino Lo Guidice
Photo: Nino Lo Guidice

第5回:そして、仏蘭西へ

五郎丸歩(30)のスーパー・ラグビー(SR)挑戦にサンウルブズ戦でのまさかの負傷退場で幕が下ろされてから、早ひと月の時が流れた。既に、今年8月からのフランス移籍を正式発表した五郎丸のブリスベン滞在の残り時間はカウント・ダウンに入っている。五郎丸の“歩み”をつぶさに追うシリーズ第5弾は、現地在住記者ならではの情報でサンウルブズ戦前後の五郎丸の動向を振り返る。取材・文=植松久隆(ライター/本紙特約記者)

サンウルブズ戦を迎える週が明けて、クイーンズランド・レッズの練習場に“五郎丸フィーバー”が戻って来た。現地組のいつもの顔ぶれ以外の日本メディアの姿が、日増しに増え、気が付けば五郎丸来豪直後と同等かそれ以上のメディアが駆け付けた。ライバルのカーマイケル・ハントが股関節痛から復帰しないことで、本人も「特別」と語っていた試合での先発出場に当確ランプが灯ると、日本でのメディアでの取り扱いもさらに大きくなったようだ。その試合までの経過は前回既に書いているので、ここでは先月書いていない内容だけに留める。

代わりに、今回は他では見られないちょっとした特別なものを毎月熱心に読んでくれる読者にお届けしたい。実は、試合前々日のメディアの囲み取材の後、筆者を含む日系メディア数社に5分ずつの個別取材が許された。ランダムで一番最後に割り振られた筆者の番が回ってきた時には、練習後、暑い中でランチも取れないままの長いメディア対応にさすがの五郎丸の顔にも疲れの色が見えていた。

ひと月以上前、しかもけがをしていない段階で時宜を得ない内容もあるが、それでも、嫌な顔をせずに応じてくれた貴重なやり取りをこのままお蔵入りにするには余りに惜しいので、この場で公開することにした。

筆者は、この4カ月、気心の知れた仲と言うほど打ち解けた関係では無いものの、“五郎丸番”としてつぶさに彼の動向を追ってきた。そんな4カ月の経験から、五郎丸がメディア対応時に良く使うキーワードや言い回しがあることに気付いた。ここで、それが何なのかは「業務上の秘密」ということで開示しない。しかし、今回のこの5分に満たないマンツーマンのやり取りの中に、そういった表現はほとんど使われていないことだけは書いておく。囲みや試合後の会見で多用してきた言い回しが、無意識とはいえ、ほとんど含まれないとすれば、この短いやり取りの中で、よそ行きの公式の場とは違って、ほとんどオブラートに包まれていない限りなく本音に近い思いを引き出せたのではないか――そんな風に思った。

以下、インタビューの採録。

――初めての海外挑戦は出場機会が限られる苦しい展開。特に、5月に入ってからはかなりの浮き沈みがあった。そんな中でのモチベーション維持はどうなのか?

もちろん、試合に出る出ないが一番の評価のポイント。W杯で自分たちの目標を達成して、ひと山越えたという気持ちになった時、ラグビー選手として自分が何ができるかを考えた。それで「海外」という新しいチャレンジを選んだ。もちろん、そこには苦しいこともあるだろうと覚悟の上だったので、苦しんだ時間もとても良い経験となっている。

――プレーヤーとしての苦しい時間はあっても、日本の喧騒から離れたプライベートでの豪州滞在はどうか?

こっちに来てよかった。個人というよりは家族として(豪州に来たことで)のプラスが大きかった。

――選手としての今回のチャレンジに関して、先ほどの囲みで「もっと出られないと思っていた」との発言があったが。

本気でそう思っていた。本当にジャージが着られない(試合に出られないの意)可能性もあると思っていたから。

――周囲は「ゴロウのコミュニケーションが格段に進歩した」と言っているが。

 

それは、もう3カ月もいるから。まあ、(そう言ってくれるのは)みんな、とても優しい(笑)。

――実際、リラックスしたやり取りで他の選手と絡んだり、練習でも身振りを交えて指示したりという姿が多くみられるようになったが、それは自身のコミュニケーション力の向上でアプローチできるようになったのか?

いや、それは自然なもの。作られたものはすぐ壊れるから。自然に出てくるもの。仲良くなれば仲良くすればいい。試合に出るために仲良くとか、そういうぎこちないことはできない。

――アップダウンの続く状況にもアジャストしながら、今後もチャレンジを続けていくのか?

 

そうですね。本当に昨年のW杯が終わって目標を失いかけていた。そして、違う環境に飛び込んで、また違う何かを見つけて闘っていくという感じでやってきたから。

――SRで一番得られたものは何か?

いや、まだいろいろ学んでいる途中。たかだか3カ月しかいないので、まだ大きなことを言えるようなことは何もない。1つひとつ経験しながら、何か大きなものを得て帰りたい。(5月20日、バリモア・スタジアムで)

さて、本題に戻ろう。サンウルブズ戦前日、五郎丸の姿はブリスベン郊外の高級住宅街のブリスベン総領事公邸にあった。この日、チームメイトの日本代表ツイ・ヘンドリックらと出席した在ブリスベン総領事館主催のレセプションには、サンウルブズからもキャプテン堀江翔太(30)、立川理道(26)らが招待された。その結果、試合を翌日に控えたタイミングで、先のW杯で世界を驚かせた日本代表の主力4人が一堂に会することになった。そんな4人が歓談する様子を遠巻きに見守る報道陣は、SRという世界最高峰での未だかつてないレベルの“日本代表のプレゼンス”に深い感慨を覚えたのではないだろうか。

4人の日本代表選手が顔をそろえて、しばしの歓談(Photo: Nino Lo Guidice)
4人の日本代表選手が顔をそろえて、しばしの歓談(Photo: Nino Lo Guidice)

この日の五郎丸は、気心の知れたチームメイトとの久々の交流もあって、かなりのリラックス・モード。この日のために新調されたというチームのオフィシャル・スーツに颯爽と身を包んだ姿は、練習着やユニフォーム姿を見慣れた取材陣にとっては、非常に新鮮なものだった。

プライベートでも非常に仲が良い立川の囲み取材を遠巻きに見守った五郎丸は、立川に「(五郎丸との)対戦は楽しみだが、あまり意識し過ぎないようにしたい。ゴロウさんの弱点を知っているので、そこを突いていく」と笑顔で“公開挑戦状”を叩き付けられると、これには苦笑い。しかし、先輩だけにただでは済まさない。その後に行われた自らの囲みで、試合への意気込みを聞かれると、間髪入れず「立川選手に勝ちたい」と、当意即妙なカウンター・パンチで報道陣の笑いを誘ってみせた。

この日は、両チームの選手・関係者、ゲスト、メディアなどで大盛況。元々、関係者を交えての交歓会の予定だったのが、予想以上のメディアからの引き合いを受け、急遽、今回のようなレセプションという形式に変更されたと、この日の準備に奔走したブリスベン総領事館の平島領事は教えてくれた。そんなメディアの注目も、やはり、自然と五郎丸に集まる。何重にもなった報道陣に囲まれてのメディア対応では「特別な試合に興奮している。W杯の仲間と戦えるのは楽しみ。日本のファンが喜ぶサンウルブズ戦で、15番を着て試合に出られてうれしい」と特別な試合への熱い気持ちを素直に吐露。その時は、リラックス・モードから一転、きりっとした表情を見せていた。

そして迎えた試合当日の様子も、前回の記事で締め切り直前に無理を言ってねじ込んだので、ここであらためて触れることは避けたい。簡単に言えば、先発出場を果たすものの後半途中の負傷のアクシデントが襲い、「肩鎖関節脱臼で全治12週間で今季絶望」。五郎丸のSR挑戦が、多くの日本人ファンの前でまさかの強制終了となってしまったのだ。

そういう事態が起きると、世間の耳目が五郎丸の“去就”に集まることは避けられない。2月の入団直後に既に報じられていたフランスのトゥーロンへ移籍は、ほぼ既成事実になっていたが、この大けがを受け「8月のトゥーロン移籍自体が無くなるのでは……」という憶測も一部には流れた。しかし、肩の手術の経過も良好に推移したこともあって、「フランス移籍は既定コース」という見方が大勢を占めていく。そして、6月8日、五郎丸は家族を残し一時帰国していた日本から戻った翌日、自らの公式ブログで「トゥーロン移籍」を正式発表。同時にファンに報告した。その中で「『チャレンジせず後悔することほど一生悔やむものはない』と考え決断しました」との悩める心境を明かしたのだった。

五郎丸歩という日本ラグビー最大のスターのSR挑戦は、シーズン途中での負傷離脱という“不完全燃焼”に終わった。その蹉跌(さてつ)にも負けず、五郎丸は自身の海外挑戦の第2章をフランスで紡ぐことを選んだ。例え、それが今回のSR挑戦より厳しいものとなったとしても、彼はその選択を悔やむことはないのは、上のインタビューにもある答えからも明らかだ。

願わくば、“ブリスベンの五郎丸番”として、本人が当地を去る前に、今回のSR挑戦の「総括」を本人の口から聞きたいと思う。その時、五郎丸が何を語るのか――今から待ちきれない。

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