小野伸二所属のWSW、その快進撃を支えたもの


4月23日に行われた凱旋パレードには驚くほどの数のサポーターが訪れた(写真=馬場一哉)

サッカーAリーグ、ウエスタン・シドニー・ワンダラーズ

ワンダラーズ革命
──快進撃を支えた赤と黒の熱き軍団

 小野伸二のウエスタン・シドニー・ワンダラーズ(以下WSW)の波乱万丈の初年度シーズンが終わった。チームの船出から11カ月、小野の加入から7カ月、日々成長していくクラブにいつも寄り添っていたのがリーグ随一との評判を得る熱いサポーター。そんな彼らにスポットを当てて、激動の初年度を振り返る。文=植松久隆 Taka Uematsu (本紙特約記者/スポーツ・ライター)

 

来季への糧となる敗戦


グランド・ファイナルではマリナーズの応援も負けていなかった(Photo: Richard Luan)

WSWの初年度の冒険譚たんが、21日のグランド・ファイナルの敗戦をもって、いったん、終わりを告げた。結果、WSWを完全に封じ込めたセントラルコースト・マリナーズが、4度目の正直で悲願のファイナル王者の座についた。Aリーグを長年追ってきた身にしてみれば、セントラルコーストのようやく叶ったタイトル奪取を祝福したい気持ちも少なからずある。WSWとしてみれば、メディアが「フェアリー・テイル(おとぎ話)」ともてはやした初年度の快進撃を、ファイナル制覇でハッピー・エンドで終わらせたかったろう。しかし、初年度でのシーズン優勝達成だけでものすごい成果であることには違いない。試合後、小野伸二が使った表現を借用すれば、このグランド・ファイナルでの敗戦を「来季へのバネ」として、来るべきシーズンで改めて逃したタイトルを狙っていけばよい。何ごとも始めから「もらい過ぎ」は良くない、ということにしておこう。

シーズンが終わってすぐのこのタイミングで、あまり先のことを書くと、それこそ「鬼が笑う」ことになりかねない。実際、小野本人に試合後、「7月の試合(筆者注:マンチェスター・ユナイテッド対Aリーグ選抜の試合)に向けて、早めに体を動かす予定は?」と尋ねると「今から、その試合を楽しみにするとかじゃなくて、まずはゆっくり体を休め、フレッシュな状態で次のシーズンに臨みたい」と苦笑混じりの答えが返ってきた。さもありなん、今、ようやくシーズンを終えた身としては、そんな先のことを聞かれても「まずは休みたい」と思うのが偽らざる本音。先のことを聞きすぎて「鬼」ではなく「小野」に笑われてしまった。そんな洒落はさておき、彼にはじっくり体を休めてもらって、万全の状態で7月のチームの始動に戻ってきてもらいたい。

 

スタジアムで感じた“胎動”


グランド・ファイナルのチャンピオン・リングはマリナーズに渡った(Photo: Richard Luan)

筆者は試合直前にある親しい知人から「こんな大事な試合、地上波でやらないってどういうこと!!」とメールを貰った。日ごろ、Aリーグをフォローしていないライトなファン層にしてみれば「リーグの決勝戦なんだから普通にテレビで見られるだろう」と思うのは当然。しかし、残念ながらAリーグの試合中継は有料放送であるFOXが独占、地上波での放映はない。これは、サッカー人気を今以上に高める際の大きな足かせとなっているのだが、豪州サッカー連盟(FFA)とAリーグは一向に意に介さず、FOXとの独占契約を続けている。ライトなファン層に興味を喚起するには、地上波での中継が何よりも必要だと思うのだが…。

閑話休題。実際のグランド・ファイナルに話を戻そう。試合当日、会場のアリアンツ・スタジアムは、熱戦をライブで楽しむことを選んだ4万2,102人の大観衆で膨れあがった。その満員御礼のスタジアムのほぼ7割を染め上げたのが、赤と黒。負けじと数は劣れど、黄色がスタジアムに鮮やかに映えるマリナーズ・ファンも雰囲気を大いに盛り上げていた。そこに、筆者は豪州サッカー文化の新たな胎動を感じた。この国にも「サッカーの時代が遠からず…」なんてことを思わせるには十分なスタジアムの光景だった。

 

We are football


パラマッタのタウン・ホールにもワンダラーズの垂れ幕がかけられていた(写真=馬場一哉)

盛り上がったのはスタジアムだけではなかった。試合開始の数時間前からスタジアム周辺には、赤と黒に身を包んだWSWサポーターが続々と集結。近隣のパブでチームや選手の応援歌を歌いながら気勢を上げた。その場には居合わせなかったが、WSWサポーターが試合会場まで練り歩く“マーチ・イン”も行われ、普段それを見慣れない周辺住民や一般のファンが「これはなんだ!?」と度肝を抜かれたと、記者席で一緒になった同業者から聞かされた。

地元デイリー・テレグラフ紙の著名なコラムニストであるフィル・ロスフィールドも「“フットボール”がストリートに君臨した日」と題した見開きのコラムで、グランド・ファイナル当日のスタジアム周辺の盛り上がりについて書いている。少し長いが、彼のコラムからの一文を引用したい。

「私は、今までクリケット、ラグビー・リーグの(ステート・オブ)オリジンやグランド・ファイナルなど、この街(シドニー)で行われる大きなスポーツ・イベントのほぼすべてを経験してきたが、そのいずれも、この熱狂的なWSWサポーターが創り出す雰囲気とは比べようがない。(中略)試合は確かにマリナーズが勝った、彼らは勝利にふさわしいチームだ。それでも、私はワンダラーズを敗者だとは表現したくない。ワンダラーズとその熱狂的サポーターは、今シーズンを通じて、我々にいろいろな熱い話題を提供してくれた。彼らは、今回逃したあと1歩を踏みしめるために、来シーズン、さらに大きく強くなって戻って来るに違いない」

 

赤と黒の革命


パレードではサポーターの姿を嬉しそうに眺めながら質問に答えてくれた(写真=馬場一哉)

WSWのサポーターは、とにかく熱い。クラブへの帰属心が強いがゆえに、熱くなり過ぎて、その一部は時折暴発する。1試合に必ず複数の発煙筒が焚かれ、グランド・ファイナルの晴れ舞台では、1本がピッチに届き、WSWのDFシャノン・コールが機転を利かせて手づかみで拾い上げ、ピッチ外に投げ出すようなことも起こった。赴く試合会場には暴動などに対応する警察の特殊部隊(日本でいう機動隊に相当)が必ず出張してきて警戒に当たるほど、熱い盛り上がりを見せるのがWSWのサポーターだ。

もちろん、ごく一部の過激分子の行いを肯定する気はさらさらなく、ヨーロッパのサッカー文化の暗部である“フーリガン行為”を模倣するような行いは、ここ豪州のサッカー・シーンには必要ない。他方、彼らの大多数は健全なサポーターであり、そんな彼らの熱い応援は純粋な“クラブ愛”の昇華であることも忘れてはならない。彼らがスタジアムの内外に醸成する雰囲気は、ほかのどのチームのサポーターにも、ほかのどのプロ・スポーツのファンにも真似ができない特別なものだ。

彼らが新たにもたらした豪州サポーター文化の新基準は、Aリーグという発展途上のリーグに新しいフレーバーと彩りを添えた。グランド・ファイナルのスタジアムにいた人ならば、私の言わんとするところは理解してもらえるはずだ。本場ヨーロッパのサッカー・シーンで見られるような光景が、メディア席から見渡す広範囲で繰り広げられたのは、まさに圧巻のひと言だった。

 

ワンダーランドの虜

ここで忘れてはいけないのが、WSWというクラブは、昨年の今ごろには、まだきちんとした形で存在してはいなかったという事実。FFAが、ゴールドコースト・ユナイテッドの消滅を受け、自らの肝煎りでクラブ設立を正式に発表したのが昨年の4月4日。在豪邦人社会を喜ばせた日本のレジェンド小野伸二のシドニー到着は、開幕をわずか5日後に控えた2012年10月1日で、ほんの7カ月ほど前の出来事だ。

そんな短期間で、新興クラブがほかに例を見ない成功を果たした今回の一連の流れを、メディアが “おとぎ話”と表現したくなるのも理解できる。

そんなおとぎ話が現実となる過程で欠かせなかったのが、本稿の主役でもあるクラブ愛に満ち溢れる熱きサポーターの存在。彼らの大多数は、市井で普通の生活を送るごくごく普通の人々で、WSW発足前はサッカーにさほど興味がなかった人も含まれる。WSWは、彼らのようなクラブ愛に満ちあふれる熱いサポーターとともにAリーグ屈指のビッグ・クラブへの道をひた進む。

今回のグランド・ファイナルの敗戦は、WSWがこれから長きにわたって紡いでいくネバー・エンディング・ストーリーの第1幕の終わりに過ぎない。来季の第2幕でも、替えのきかない“千両役者”小野伸二が主役を張る。主演・小野伸二/監督・演出トニー・ポポヴィッチで進行される第2幕も、今季に負けず劣らずドラマチックになりそうな予感大。もう、今から来季の開幕が待ちきれない——そんな思いを抱くようであれば、すっかり貴方も“ワンダーランド”の虜であることを自覚しなければならない。

時に過激にもなり過ぎるがサポーターの熱い応援は純粋な“クラブ愛”の昇華であることを忘れてはならない(Photo: Richard Luan、馬場一哉)

日豪プレスではウェブ版で定期的に最新記事をアップしています。トップページのウェブ特集内「小野伸二、活躍の軌跡」よりぜひご覧ください!
■Nichigo Pressウェブ版 Web: nichigopress.jp

 

来シーズンに向けて──小野伸二選手、インタビュー


セミ・ファイナルの勝利では満面の笑みを浮かべた(Photo: Richard Luan)

──改めて新しいチームで戦ったこの1年間を振り返っていかがですか?
「1から作ってきたものが、最後にシーズン優勝という結果に繋がって本当によかったと思います」

──モットーの“楽しむサッカー”に変化はありましたか。

「試合を重ね、経験するすべてがチームにとっての新しい歴史になるわけで、そういった状況を初年度からこのメンバーで戦えたことの意味は大きいです」

──今も楽しくやれていますか。

「そうですね、でも、試合に負けるのは悔しい。この悔しさは来年にとっておいて、バネにして、盛り返していきたいと思います」

──今日のマリナーズの出足が、以前の試合に比べて非常に良くなっていて、いつものサッカーができていなかったようにも見えました。

「もっと、自分なりにやらなければいけないことはあったので、それができなかったことが残念。チームがうまくいってない時こそ、自分がどうやって立て直せるかを考えなきゃいけないので、それが自分にとって一番大事なことだと思います」

──小野選手は「誰が出てきてもやることは同じ」といつもおっしゃっていますが、今回右サイドのレギュラーのヘルシを欠いたことでそれができなかった。マイナスになったようなことはなかったか?

「負けた試合で反省点がいっぱい出るのは当然ですが、自分は勝った試合でもいろいろな反省点を持っています。チームがうまくいかない状況で自分がどうやって立て直していくかということを考えなければならなかったので、そのあたりは自分にとって残念なところでした」

──リーグ優勝という大きな実りを得て、来季はACLと2年目のリーグ戦と併行して戦うことになるが、そのあたりの抱負を。

「ACLのような大きな大会で自分たちの力をきちんと発揮するためにも敗戦からの多くの反省点を修正し、どうやったら苦しい戦いを勝ち抜いていけるかを考えていかなければならない。そこに自分も協力できるように、スキル・アップをきちんとしていかなければなりません」

──明日の朝起きたら悔しいですよね。

「悔しいでしょうね。でも、これがサッカー。また来年チャレンジができることが嬉しいので、そのチャレンジに向けて頑張っていきたいと思います」

(取材:編集部、4月21日、グランド・ファイナル終了後)

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